「今日、これ全部終わらせてかえろうぜ。1回休んだらやる気無くなりそう」

さっきの発言なんて、なんてことなかったみたいに、折れたパンフレットを段ボールに入れて、のびをした田島くんを俺は、口を開けて見ていた。

「口、あきっぱやで。コーヒー飲む?」

「あ、結構です。…じゃなくて」

さっきの発言の真意を聞きたくて言葉を続けるけど、

「手、止めたら終わりがおそなる。今日は花火大会やからな。電車、混むやろな」
と、折り目をつけるために使っていた物差しで、俺を指した。

「わかった」

俺は、作業に取りかかる。無言の空間になればなるほど、俺の心の声が大きくなっていく。

まってさっきの発言なに?告白?新手過ぎる。だいたいの告白は呼び出されるか、DMか、なのに。この流れるような告白ははじめて過ぎる。あと男の子に告白されたのもはじめてだ。

でもまって。これって勝手に俺が告白と捉えているだけであって、今までのこいつの言動を鑑みれば、そのときの自分の気持ちに素直になって、すぐに出た、あんまり意味のない言葉という可能性も捨てきれない。

ぐるぐる言葉が、明朝体、ゴシック体と形になって頭を回りながら手作業スピードは保ち続ける。
同じ作業を繰り返すことは没入感があり余計なことは考えなくていい、という説をきいたことある。
でも、俺にとっては真逆だった。
今まで、女の子に告白されるとき、甘い響きの「好き」が左から右へ、と過ぎていくばかりだった。
けして、今までの彼女や好きになってくれた人たちを侮辱したいわけではない。
でも、たった数トーン、ソプラノからテノールになっただけで、その言葉の重さが変わるだなんて知らなかった。
いや、そもそも田島くんに好きとは言われてないんですけど!

「そう言えばさ。なんとなく、若王子くんのこと、ちょっと分かったかもしれん」

急に話が切り替わったから、さっきの発言も特に意味はなかったのかもしれない。脳内トップスピードで回る俺の思考は急ブレーキをかけた。ゆっくりと息を吸う。
肺から、二酸化炭素が抜けていき、無駄な考えも少し一緒に連れて行ってくれた。

一口、いちごミルクの紙パックを啜る。
水滴がついた紙パックから
かなり時間が経った事を知らされる。

「言ってみなよ」
冷静なふりして、語りかけた。

カサカサと鳴り続ける紙が擦れる音は、いつの間にかノイズキャンセリングされていて、

田島の、掠れた声だけがした。
大きくなくて、俺にだけに響く声だった。

「クラゲ」

「人じゃないじゃん」

「透明で、ふわふわ流されて生きてる、綺麗な生き物」

「バカにしてる?」

「そうやって言われることもお前は内心嫌がってるんだろうなっていうのも分かるよ。多分お前自身がそうやって自分を認識してるから」

俺の手が、止まった。