傘が大きいといえども、身長が高い男子2人が入ると狭かった。

「ごめんな。狭いよな」

「ううん。こっちが入れてもらってるから。狭くしてるのは俺だから。謝らないで」

雨足は次第に弱まったけど、それでも傘の生地の部分に雨が当たる音が止まずに響いた。

肩が当たるほど、手の甲が当たるほど、体をよせて入っても左肩が濡れているのを感じていた。

「若王子くん、俺考えたんやけど」

「何?」

ぐい、と今度は腰を引き寄せられた。田島くんの体にもっと密着する。

あの時、後ろから引き寄せられたのと違って、もっと田島くんの胸板や鎖骨が、顔に近づく。

「こんだけ近寄れば濡れんよな。あとこれでダッシュやな」

「へ?ダッシュ?」

俺の疑問は耳に届かなかったのか、次の瞬間、田島くんの一歩が大きく踏み込まれた。ピシャ、と飛沫が飛ぶ。

「え!?ちょ!?これで走るの?!無理!!」

「無理ちゃう!やるんや!これで1本早いやつ乗れる!」

「無理だよ!足ビシャビシャだよ!」

ほぼに二人三脚のように繰り出されるステップは、やっぱり続くことなく、俺が3度程静止を求めると止まってくれた。案の定、2人して足元が濡れていた。

「左肩と、足元、濡らしてしまってごめん」

「いや、俺もごめん」

“止まれ”と記された道路標識の下で、2人して立ち止まる。こんな馬鹿みたいなことをしたのが久々で、俺は声をあげて笑ってしまった。

「濡れないために帰ってるのに、2人して馬鹿みたい」

「ほんま、いけると思ったんやけどな」

真剣だったようで、田島くんは恥ずかしさを隠そうと頭をガシガシとかいていた。
さっき、俺はこの人にちょっと説教じみたことをされていたのを思い出した。

「でも、本当、あとちょっとで駅だから。さっきので、少しでも早く駅に着くよ」

傘の中で、俺の声が反響する。

そういえば、傘の中で聞く音は、空間で聞く音よりも壁があるから反響して聞こえるのだという。

田島くんは俺を覗き込むようにして、眉毛をハの字にして笑った。
さっきの悲しそうなとは違う、困ったような、いつもと違う、情けない笑顔だった。

「そうやって言うてくれるん、優しいな。若王子くんは」

田島くんのいつも高らかに響く声は、傘のおかげかいつもより霞んでいるように感じた。クリアじゃなくて、マットな素材のその音は、聞いていて、居心地いい。

駅まで、あと500mくらいだ。この距離を2人で横並びでゆっくり歩く。
手の甲が当たっても、左肩が濡れててもいい。

結局、田島くんは俺を駅構内まで送った後、来た道を引き返していった。

田島くんは嘘つき、という新たなデータを書き加えた。