「失礼しまっす!あれ、うわ!本物の若王子さんじゃん」

ガラガラとほぼ同時で聞こえたバカでかい声は、田島のそれとは違った。

びっくりして、声の主を見つめる。

引き戸から顔だけ覗かした。
どれだけ記憶を巡っても覚えのない顔だった。

「噂通りの凄いイケメン…じゃなくて。すみません一輝さん、みてないっすか?」

色黒で日に焼けすぎて焦げ茶になった短髪の彼は、誰かを探している。

「一輝って、田島くんのこと?」

「そうっす。あ、自分は、スポーツ科の木本翔也っす」

そのままズルズル教室にはいってきて、田島くんがさっきまでいた椅子に腰掛けた。
この図々しさ、確かに田島くんの後輩だな。
俺は無視して、作業を再開した。

さっきから、邪魔が入ってばかりで、連絡先が聞けないショックを早く忘れたかった。

彼からジャージ姿で、汗を打ち消そうとする制汗剤がかなり匂う。

「一輝さん、最近部活顔出さなくなって。監督に話聞いたら休部したとかいうから、様子見に来たんすけど。風の噂で文化祭実行委員とかやっちゃってるって聞いて、今っす」
簡潔に話をまとめて彼は、聞いてないのに教えてくれた。

「田島くん、サッカー部だったんだ」

「それはそれはサッカー、めちゃめちゃお上手だったんですよ」
木本くんはしょんぼり、と口を尖らすようにそっぽを向いた。

「若王子さんだって、サッカー。やってたでしょ」

「なんで知ってるの?」
思わず、手を止める。
俺のこと、知らない高校に来たはずなのに、この話題に上がらないと思っていたのに。

「小学生の時、1回だけ試合で当たったことあるんすよ。まさか若王子さんがサッカー辞めちゃったとは思わなかったす。あんなにお上手だったのに」

「まあ、色々あるのよ」
本当に色々あった。
サッカーが嫌いになって止められたらよかった。

そんな理由じゃなくて、サッカーが嫌いになるその前に止めてしまった。