「お前が綺麗なの、見た目だけじゃないよ。中身ないとか言いながら相手に合わせてあげられる柔軟性があるやん。」

「びっっくりした」

「なんで」

「また喧嘩売られたんかと思った」

「ふはっ、俺が圧勝する喧嘩とか無駄やん」

手を一切止めず、俺を見る事なくずっと机に向かい続けた。
田島が今どんな顔しているか、知らない。
俺もどんな顔してるのか分からない。
笑ってるんだろうか、困ってるんだろうか。

「だから、自分の中身を空っぽとか否定しすぎんな。結局、流される、相手に委ねるって答えを自分で選んでるんやから、中身ないわけじゃないと思うねんな。
てか若いし
モラトリアム期なんやからいっぱい悩んだほうがええで」

「モラトリアム期、ねぇ。それは田島くんもでしょ」

「実は俺、人生2回目やからモラトリアムとかないねん。やりたいことはやる。もし俺がお前なら、めちゃめちゃモテまくって表舞台に出まくって億万長者になる。お前は今モテまくっての部分は達成してるな」

よくわからない冗談を言いながらも手を止めない。
やっと俺を見た田島くんは、やっぱり口元を大きく開けて笑っていた。犬歯が鋭かった。

「野心がすごいね…」

「せやろ。俺はやりたいことはやり切るねん。最後まで」

「やりたいことがある、っていいよね」

「あ、じゃあめちゃめちゃモテまくって表舞台に出る案、あげるわ」

「いらね」

ふふふ、と笑い合う二人だけの教室。
絶対、田島くんと、話すことなんかないまま進級するんだろうなとばかり思っていた。
半ば流されるように決まった文化祭実行委員。
渋々だった作業も田島くんがいるなら、楽しく取り組める気がした。

「あのさ、田島くん。連絡先―――」
俺の声をかき消すように、教室の引き戸がガラガラと開く音がして、2人で振り返る。

「お、お前らお疲れ〜。夏休みも精が出るな」
普段よりもずっとラフな格好(Tシャツとハーフパンツ)で、俺等を実行委員に任命した担任が邪魔に入ってきた。

せっかく、連絡先を聞こうとしたのに。
ドキドキとした胸が、まだ走っている。
今までは女の子から連絡先を聞いてくれていて、俺から聞くのは初めてだったのに。


「田島、ちょっと職員室来てくれないか?」

「えー、作業中ー!」

「すぐすぐ!すぐ終わる!あとお前、小論文模試寝たな!試験監督の先生に俺が怒られたんだからな!!」

田島くんが俺に、両手を合わせて去った。

しん、と静まり返った教室に俺しかいない。

するする、と紙が擦れる音が、また耳に返った。

のも一瞬だった。