「待ってや、若王子くん。今日、準備ない日やろ」

「ないよ。ごめんね。嘘に巻き込ませちゃって」

「どしたん急に怒って」

「怒ってないよ。さっきだって笑顔だったじゃん」

「怒ってるやん。分かるよ。周りをバカにしすぎ」

俺よりも広い一歩で、近づいてきた田島くんは、俺の肩を掴んだ。

また、俺は渡り廊下でコイツに捕まえられる。
アハ体験みたいな、でもあの日と違って俺の中にはグツグツの煮えて煮えて焦げ始める飴のような気持ち悪い何かがあった。この感情は、あの子じゃない。俺に対して向かったものだと言うのだけ分かる。

田島くんの手は力強いけど、肩に食い込むほどの圧力もない。
この前肩を引き寄せられた時みたいな柔らかさはない。
ただ、引き止めたいという気持ちが手のひらから伝わってきた。 

「何でも良いように返事して、嫌な事には嫌そうな笑顔をして、相手に察してもらおうとするんはどうなん?」

田島が背中越しから俺を刺してくる。
「は?」

「は?じゃなくて、ヘラヘラ何でも返事して」

「いや、俺の耳が聞こえてないとかじゃなくてさ」

同じ言葉を繰り返しだした田島を制止したいのと、いつまでも肩を掴まれ続けるのも癪だったから、振り返った。

まっすぐ俺を射抜くツリ目に背筋が伸びた。
力強い彼の目は俺を絶対離さないとずっと訴えてくる。どうしてそんなにお前のほうが俺に執着するんだよ。

「嫌なら嫌と言ったほうが相手もやりやすいと思う」

「嫌って言ったら、相手の段取りが崩れるだろ。嫌って言ったら困るだろ」

「言い方次第やろそんなん」

「そもそも、多分、俺の笑顔を嫌そうな笑顔だって思ったのは田島くんだけだよ。勘違いじゃない?」

「そうか?あんな嘘くさい笑顔みたら分かるけどな。お前の考えてることマジで分からへん。やから知りたい」

はっきり分からないと言われて、ぐうの音も出ない。

少しは共感するとかないんだろうか。
いままでの田島くんの言動を軽く振り返ったが、無理だろうなと思った。

今朝の出来事を思い出す。
スカウトを拒絶できなくて、曖昧な返事と笑顔で乗り切ろうとしたこと。
周りが困っている俺を見捨てていくこと。
誰も俺の外見しか興味ない。


今更になって、その事実を自分にとって足枷のように感じる、だなんて都合が良すぎる気がした。だって、たくさんの人を傷つけてきたから。

「顔が良いからさ、俺。

俺の外身しかみんな必要じゃないわけ。
俺の中身なんかどーでもいいのよ。
俺だってどーでもいいの。
みんなから必要とされるならそれでいいよ。
嫌そうな笑顔に見えたならごめん。もうちょい頑張る」

べ、と舌を出して誤魔化す素振りをする。

自分で口にした事実が胸に深く突き刺さる。

俺は『かっこよく』て『王子様みたい』で『笑顔』で『優しい』ひとになったつもりなだけ。

本当は、自分の意見を言えなくて、なんとなく周りに流されて生きているだけ。

俺の中身は周りが作り上げたものだから、周りが使いやすい俺であるべき。

そう思っていたはずなのに、傷ついているというのは、
きっと、本当はもう、こんな自分に嫌気がさしているからなんだろうな、と気がついているからだろう。
分かってるのに分かりたくない。
そんな二律背反みたいな感情を彼は、周りは分かってくれるんだろうか。

「なんというか、お人形に自らなりに行くタイプやな」