「若王子くんは?ないん?そういうの」
「うーん…ない、かも」

かも、というかない。
座右の銘や好きな言葉とか、俺を構成してくれていた言葉や気持ちは全部置いてきてしまった。
身軽になった俺は、ただ、なんとなくを繰り返して揺蕩いながら生きていた。

かも、なんて言葉で自分の気持に保険をかけた。

田島くんほどしっかり両足付けて歩ける自信ない。

「そっか。ない人もあるわな」

田島くんは俺から目線を外した。
ホッとした自分がいた。

「あったほうが、助けてくれんねん。言葉と知恵と経験は」

「…急に賢くなったね」

「は?遺憾の意やわ。俺、賢いねん元々…じゃなくて。

俺のオカンの受け売り。全部、自分の意志で手に入れたそれらは使い方を間違えない限りは、自分の事、ある程度助けてくれんねんって」

あっつ、と言いながら彼は立ち上がった。

白いシャツの第二ボタンまで開けて、あつい、と空気を胸元まで送り込む。

「絶対、あるよ。若王子くんにも。自分を助けてくれるやつ」

そろそろ帰ろ、と昇降口を指差した田島くんにうなづいて、俺も席を立つ。



『そんなもんかよ』

後ろからあの時の少年の声がした気がした。

ツリ目で、真っ黒の肌と白目のコントラストがはっきりしたサッカー少年がそこにいたけど、蜃気楼だったのかすぐに消えた。

いつもいた、俺を支える、叱ってくれるサッカー少年。

未だに小学生のとき、一度だけ会った少年に発破かけられているのを、田島くんが知ったら笑うだろうか。