花畑に着いた。この辺りでは有名な観光地だからか、朝から観光客で賑わっている。花畑全体は、赤やピンクや紫、黄色などの花が色鮮やかに、バランスよく綺麗に咲いていた。
「混んでるね。叶人、俺にちゃんとついてきてな?」
「うん、迷子にならないように頑張る!」
叶人は方向音痴だ。
俺がしっかりと守ってあげないと――。
着いてから早速花畑を背景に、羊毛フェルトで作った俺のキャラを撮影する叶人。まだ始まったばかりだけど、ひとまず無事に叶人のやりたい事は達成し、安堵する。
そして俺は、一生懸命に撮影している叶人の姿が可愛すぎて、その姿を俺のスマホで撮った。撮影スポットを調べたお陰もあり、花畑を背景に羊毛フェルトキャラのソロや、全メンバー並べて撮ったりと、叶人は満足そうな様子で次々と撮影をしている。俺は写らないようにキャラを持ったりして、助手的な役割を果たしていた。
順調だったけれど、そろそろランチの時間になる時。俺がひとりでトイレに行った時だった。
「叶人が、いない――」
トイレの前にあるお土産屋付近で待っていてって言ったのに、俺がトイレから出ると叶人はいなくなっていた。
「叶人、叶人?」
しばらく辺りを探すも、叶人は見つからなかった。多分ふわふわしながら、どこかさまよい歩いているだけな気がするが、心配だ。どうしようかなと思っていた時だった。
見つけた――!
トイレから離れた場所にある、花畑の前に叶人はいた。
「叶人!」
相手の男たちは後ろを向いていて顔が見えないが、叶人は今、二人組の男たちに話しかけられている。
ナンパか? 叶人は誰が見ても可愛いからな。
イライラした気持ちと、助けなければならない使命感を交差させながら、叶人がいる方へ急いだ。
「叶人!」
「あっ、陽向くんに会えた! 良かった!」
叶人の声が合図のように、男たちも振り向いた。
「あっ――」
叶人をナンパしていると思っていた男たちはなんと、クラスメイトの夏樹とバイトの先輩、隼人先輩だった。
「何故夏樹と隼人先輩が一緒に?」
「陽向がバイトしてるカフェに友達と行ってみたらさ、隼人くんと意気投合しちゃって、仲良くなっちゃった」
「いつ俺のバイト先に来た?」
「最近、陽向が休みの日」
夏樹は隼人先輩と目を合わせ、微笑みあった。なんとなくだけど、ふたりの間には特別な空気が流れている気がした。
「昼飯、一緒に食べる?」と、夏樹が聞いてきた。
「叶人は、どうしたい?」
「……僕は、どっちでもいいよ」
叶人の気持ちを確認すると、叶人は低めの声で答えた。そして叶人は俺らから少し離れた場所へ行き、花畑の写真を撮り始めた。
「陽向、あの子がこないだ言っていた子?」
隼人先輩は叶人をそっと指さす。
「はい、俺が隼人先輩に相談したのは、叶人についてです」
「叶人くんって名前なんだ? 叶人くんはランチ、陽向とふたりで食べたそうだよね。ふたりきりの世界を邪魔されたくないタイプか……」
隼人先輩が顎に手を当てた時、夏樹がはっとした。
「……そうだったのか! そういえば、ふたりが中睦まじく羊毛フェルトを教室でやってた時、話しかけると雪白はいつもあんまり良い反応ではなかった気がする……」
叶人は俺とふたりだけで過ごしたいから今も、教室でも、間に誰かが入ってきたら素っ気ない態度になるのか。
叶人がいつもと少しでも様子が違うと、どうしたのかな?って、すごく気になる。
ふたりの間に誰も入れない。そんなことぐらい、簡単にできるし……叶人に嫌な思いをさせないように、きちんと話を聞けばよかったな。
「夏樹、ふたりの邪魔しないで、俺らもデート楽しも!」
夏樹と隼人先輩は手を繋いで去っていった。
ふたりの間には特別な空気を感じていたけれど、ふたりは恋人か、それに近いぐらいに仲が良いのかな?
仲良く手を繋いでるふたりの後ろ姿を見送る俺。ふと叶人に視線を向けると、叶人もふたりの後ろ姿を見ていた。叶人は寝ぼけながら、俺を恋の人として意識している、恋人になってもいいって言っていたっけ? 叶人も、俺と手を繋ぎたいって思っていたりするのかな? 俺は叶人とかなり手を繋ぎたい。
――俺は、叶人に触れたい。
花畑の前にいる叶人の隣に立った。
そして、勢いよく手をギュッと握り「俺らもランチに行こう?」と誘い、一緒に歩き始めた。
叶人と繋がっている手の先にまで心臓があるみたいだ。手の先まで、もう、自分の全てがドキドキしている。
叶人は今、手を繋いでどんな気持ちなんだろう。
叶人の顔を見ると、俺と視線を合わせないように反対方向を向いている。わずかに見える叶人の表情は歪んでいた。
ドクンと強く心臓が波打ち、明るかったドキドキの色は一気にどす黒い色へと変化した。
もしかして、嫌だったのか?
そういえば最近は、好きって伝えてくれる回数も減ったな。マイナスな思考が止まらなくなってきた。
俺は叶人の表情を確認すると「ごめん」と言いながら急いで手を離した。
――最近の自分、くよくよしていて自分らしくないな。叶人にきちんと、聞いてみるかな。
――陽向くんのクラスメイトと先輩が手を繋いでいて、羨ましかった。
ふたりをじっと見ていたら、陽向くんが僕の手をぎゅっと握ってきた。
ドキドキが溢れてきて、また倒れそうになったし、どうすればいいのか分からなくなって、頭がパニックになった。陽向くんは何も謝ることはないのに……謝りながら手を離してきた時に、きちんと伝えたかった。
「謝らなくてもいいよ。だって、僕も手を繋ぎたかったんだから」って。
離れないように、僕もぎゅってすれば良かったな。
僕たちは手を離してから、建物の二階にあるレストランへ行くと、窓がわの席に案内された。この席は花畑のグラデーションが綺麗に見える。ランチセットを注文すると花畑が背景になるように、羊毛フェルトの陽向くんと僕を窓のところに置き、手を繋がせて並べた。そしてカメラとスマホで写真を撮った。
写真はとても良い感じに撮れた。
カメラとスマホの画面を眺め、今日撮った写真をひとつひとつ確認していると、ランチセットが来た。ランチセットは、ハンバーグやエビフライ、そして唐揚げとポテトサラダ。ミニオムライスにたまごスープだった。僕の好きなものばかりだ。
記念に、お昼ご飯と持ってきた羊毛フェルトのキャラ全員を並べて一緒に撮った。そして羊毛フェルトの陽向くんと僕以外をバッグに入れる。出したままのふたりは「外の景色を楽しんでいてね」と声をかけて窓に置き、視線を外に向けた。
そういえば、注文してからずっと陽向くんの声を聞いていない。
ちらっと陽向くんを見ると「叶人に聞きたいことがあるんだけど、いい?」と真面目な顔して言ってきた。陽向くんが真面目な顔をして何かを言ってくる時も、最近陽向くんに対してしているようなドキドキとは違うドキドキがする。
「僕が答えられることなら、何でも答えるよ」と僕は返事をした。
「叶人、さっきは急に手を繋いでごめん。正直、俺と手を繋ぐのは嫌だった? 嫌だったら……叶人が嫌がることはしたくないから、もうしない」
陽向くんはしおれて、しゅんとした様子。
陽向くんに本当の気持ちを言うのは、今しかないかも――。僕は人に気持ちを丁寧に伝えるのは苦手だ。だけど、いつもだったら心の中で呟きそうな言葉も、全部頑張って伝えたい。
「陽向くん、ちょっと待ってて。今、頭の中で陽向くんにお手紙書くから」
「あ、頭の中に? う、うん。分かった」
「でもお腹すいているから、ゆっくり食べながら書くね!」
美味しいお昼ご飯を味わいながら頭の中で、陽向くん宛に手紙を書き始めた。学校の勉強をしている時とかはあんまり僕の頭の中は回転しない。けれど、好きなことや大切なことを考えている時は頭の中がいっぱい回転して、言葉やアイディアがたくさん浮かんで……自分はもしかして頭がいいのかも?って思う時もある。
今もすごく陽向くんへの言葉が浮かんできて溢れている。
――伝えるんだ、恋の意識をしてから伝えるのが苦手になった気がする、一番陽向くんに伝えたい気持ちも。
僕たちはお昼ご飯を食べ終える。
ちょうど手紙も完成した。
「陽向くん、今から頭の中で完成したお手紙を読みますので、聞いてください」
「わ、分かりました」
ふたり一緒に背筋を伸ばした。
「では、読みます。陽向くんへ。まず一番に伝えたいのは、小さい時からずっと、陽向くんが大好きです。だけどなんだか最近は『大好き』の気持ちが変わった気がします。大好きにドキドキも加わりました。さっきも手を繋いだ時、ドキドキしすぎて大変でした……あれ? 続きなんだっけ?」
「叶人、思い出すのゆっくりでいいから、続きも聞かせてね」
緊張しすぎて、頭の中で書いた手紙が真っ白になった。だけど優しい顔で僕を見つめてくれる陽向くんと、窓にいる羊毛フェルトの僕たちを見たら思い出してきた。
僕が伝えたいことを――。
「……本当に、陽向くんと手を繋ぐのは嫌だとは思ってはいなくて、外を眺めている羊毛フェルトの僕たちみたいに手を繋ぎたいなって思っています。えっと、あとは、陽向くんとなら、恋人になってもいいよって毎日思っています……もっと長くお手紙を書いたけれど、忘れちゃった。最後に、僕は陽向くんが、本当に……大好きです!」
伝えたい気持ちを伝えたら、泣きそうになる。って、あれ? 陽向くん、いっぱい泣いてる?
どうしよう。陽向くんは、一度も僕の前で泣いたことはなかった。困った――。とりあえずポケットティッシュを袋ごと陽向くんに渡した。陽向くんは僕が渡したティッシュで涙をふいた。
「陽向くん、大丈夫?」
「いや、寝ぼけた叶人から恋人になってもいいって話は聞いていたけれど、直接完全に意識がある叶人から言われると、やばい」
「えっ? やばい? 寝ぼけた僕から聞いてた? 恋人についての気持ちを陽向くんに伝えるのは、初めてのはず」
僕の頭の中は、てんやわんやしている。
てんやわんやしている間に陽向くんの涙は止まってきて、落ち着いてきたようだ。
「叶人、とりあえずソフトクリーム食べに一階の売店に行こ?」
「う、うん」
頭の中がてんやわんやしたまま、羊毛フェルトの僕たちをバッグに入れて、席から立つ。その時に陽向くんは僕の手をぎゅっと握ってくれた。僕はもうその手を離したくはない。ぎゅっと握り返して、離れないようにしながらレストランを出た。だけど、陽向くんは手を緩めてきた。
「叶人、俺も手をずっと繋いでいたいけれど、階段は他の客も通るから一列だよ」
「わっ! そっか!」
僕は慌てて手を離した。
「ぬい活の午後の部で手を繋ご?」
「うん!」
ソフトクリームは、ラベンダー味にした。
陽向くんはバニラ味にしていて、気になったから陽向くんのソフトクリームの、大きなひとくちをもらった。
「ソフトクリーム、どっちの味も美味しかった!」
「また今度食べような! 叶人、口元にソフトクリームついてるよ」
陽向くんは優しく僕の顔についてるソフトクリームを拭いてくれた。久しぶりに拭いてくれた気がする。
美味しいお昼ご飯とソフトクリームを食べて、そして陽向くんに僕の気持ちを伝えて――。ほくほくした気持ちのまま、ぬい活午後の部が始まった。午後の部といっても、午前中にほとんど回れた感じだから、時々羊毛フェルトのキャラを撮っているけれど、ほとんど手を繋ぎながらただ散歩をするみたいな感じになっていた。
一回伝えられたら、もう怖がらずに恥ずかしがらずに、何でも伝えられる気がする。
「ねぇ、陽向くん、これってデートみたいだよね?」
陽向くんは僕と目を合わせて、ふっと笑った。
気持ちを伝える前だったら、デートって言うのも恥ずかしかったよ。
「陽向くん、本当に僕と恋人になっちゃおうよ。っていうか、僕、陽向くんの気持ち聞いたっけ?」
「叶人、急にストレートにものを言うようになったな」
「なんだか楽しくなっちゃって」
「俺も、叶人と恋人になりたいよ。付き合おうか」
「うん!」
今、陽向くんと恋人になった瞬間――!
目の前にあるカラフルな花畑みたいな気持ちになってきた。この気持ちもこの景色も、陽向くんと交わした会話も。ずっと頭の中の、宝物コーナーにしまっておこう。