その日の7限はLHR(ロングホームルーム)で、ステージショーの時間を貰っていた。
 担任に言われるがまま教卓まで歩いていき、説明会の時に貰った用紙を目の前に置く。
 隣には一応副委員長がいてくれるものの、既に頭は真っ白だった。

 ええっと、まず何を言えばいいんだったか……いや、最初はステージショーの説明から入るべき、だよな……。
 思考が上手く纏まらない。慣れない事はするもんじゃないと、頭が訴えている。
 それでもどうにか気まずい沈黙を破りたくて、震える唇で用紙の説明文を読み上げた。

「え……っと、ステージショーの説明をします。ステージショーでは、クラスの団結力やショーの完成度、などを見るらしく……各学年の主任の先生が審査員をされるそう、です。基本的に縛りとかはなく、火薬などの危険物を扱わなければ大丈夫、との事です。それから、ショーのジャンルは……――」

 拙すぎるけど、なんとか説明できている。その事実に安堵を覚えながら、一通りの説明をやり終える。
 おそらく漏れはないだろう……そう思うも、とりあえず締めとして投げかけた。

「な、何か不明な点とかありますか……?」
「はいはーい、ちょっと聞きたい事ありまーす。」

 来ないとほぼ確信していたのに、挙げられた手を見て息が詰まった。
 ……落ち着け、ここで取り乱したらダメだ。
 自分にそう言い聞かせ、一呼吸置いてから尋ね返す。

「どうしましたか……?」
「えっとー、さっき主任の先生の審査するーって言ってたじゃないですかー? 審査ってどんな感じでされるんですかー?」

 審査……審査の基準なんて、どこにも書かれてない。
 急いで用紙に目を通すも、ただ審査をすると書いてあるだけ。詳細は何も書かれていなかった。
 
 突然の質問と答えが用意されていない事実に、余計に思考が回らなくなる。
 と、とりあえず何か答えないと……。そう焦っても、気の利いた返答がひとつも思いつかない。
 じわりと、冷や汗が額に浮かぶ。
 クラスメイトから冷ややかな視線を送られている気がして、手汗が滲んだ拳を握り直す。
 何か、何か言わないと。

「質問してくれたところ悪いんだけど、実は審査については公平性を保つ為にどんな質問においても答えられないんだよね。」

 あ、と思った時にはもう既に隣から助け船が出されていた。
 僕の代わりに答えた副委員長は爽やかな笑みを浮かべていて、僕に目配せすると更に頬をゆったり緩ませる。

「そうなんかー……、まぁそういう事なら仕方ないか。あんがとな一条。」

 質問者の感謝を耳にしながら、後ろめたい気持ちがのしかかる。
 ……不甲斐ない、な。
 こうして助けられる度、あの時の選択を後悔してしまう。もう何度考えたか分からない、『本当に僕でよかったのか』。
 僕以外にも思ってるはずだ、質問一つにも答えられない責任者なんて心配で仕方ないと。

「気にしないでね真島君。さっきの審査の事は執行部員にしか伝えられてないから、真島君が知らなくても無理ないよ。進行よかったよ。」

 長い長いLHRが終わると、クラスメイトは各々帰宅する準備を始める。
 そのざわめきに紛れて副委員長からフォローの言葉を貰ったけど、今の僕にとっては惨めな気持ちになるだけだった。
 ……もっと、もっとしっかりしないと。
 やるって決めてしまったんだから、変更できないのならやるしかない。逃げなんて、そんな勇気もない僕にはできないから。
 場数の少なさはどうにか努力で補って、人の目にいちいち反応しないように。
 何度も何度も、染み込ませるように口の中で反芻する。
 実際行動に移せるかなんて分からないし、きっとできないだろうけど。

 ……――少なくとも、自分自身で限界まで追い込まなくちゃ。



《本日説明をしたステージショーについてですが、大体の内容を決めたいので案がある人は|》

 これはちょっと堅苦しすぎな気が……いや、少し上から目線な気もするな……。

《ステージショーでやりたい内容がある人は、集計をしたいので早めにメールをお願いします|》

 いや、これはカジュアルすぎだよな……。やっぱりさっきくらいの堅い文章のほうがいいか……。

《内容を早めに決めたいと思っているのですが、|》

 ……これは絶対ナシ、あまりにも直球過ぎる。

「クラスにメールなんて、どんな感じで送ればいいんだよ……。」

 打っては消し、打っては消しの繰り返し。
 そもそも家族以外にメールなんて送った事ないのに、急にクラスメイト全員に……とか、僕にはハードルが高すぎる。何度も訂正したくなってしまうのも仕方がない。
 
「いっその事メールしないで、口頭で伝えたほうが……」

 そこまで思いついて、言葉を失う。
 僕に“口頭で”なんてできるわけがない……! メールですら送れないのに、クラスメイト全員に口頭で伝えるなんて無理な話だ。
 できる限り今日やったみたいな、司会進行なんてやりたくないし……やっぱりメールを送ってしまったほうが早いだろう。
 
 夜7時30分。どうしてここまで僕が葛藤しているかなんて、理由は一つしかない。
 今日クラスメイトに説明した、ステージショーの概要。あの説明をしただけは、もちろん何をするかなんて決まらない。
 締め切りまでそんなに時間があるわけじゃないから、ざっくりとした内容だけでも早く決めてしまいたい……そんな気持ちがあり、懸命に送る内容を考えているところ。

 入学当初になんとなくで入ったクラスメールの履歴を見ると、これまでの学校のイベントの楽しそうな写真や何気ない会話、時間割変更の内容などが目に入ってくる。僕もこうして、気軽に会話ができればいいのに。
 持っていないものを羨んだって仕方がないと理解しつつも、悩む指先で文字を打っていく。
 
 あまり気を遣わせないように、かといってラフ過ぎない言葉遣いに。言葉はできるだけ簡素にして、要点だけを伝える。
 その事に留意しながら、打っては消しを3回ほど繰り返した後。
 ポンッという音と共に、メールを送った。

《ステージショーの内容のざっくり決めたいと思うので、案がある人はこのグループ内にメッセージをお願いします。》

 やっとの思いで送ったメッセージは考えすぎたあまり、思っていたよりも簡素になってしまった。
 でも、これ以上のメッセージを送れるとも思えないし……これでいい。
 なんてぼんやりと考えている間、ひとつふたつと既読が付いていくのが見えた。

 途端、ぶわっと不安と緊張が襲ってくる。
 怖い。もし何か言われたら、もし気に触ったら。
 そんな否定的な考えばかりが湧いて出てきて、拭おうとしても欠片が残る。

 どうか、どうか変だと思われてませんように……。
 心からそう願い、画面を見たくなくて目を瞑る。
 
 その瞬間、特徴的なポンッという音が耳に入った。おそらく誰かが返信したのだろう。
 確認しなきゃ……と嫌々ながら目を開け、スマホを手に取った。

《10分は時間あるっぽいし、演劇とかやってみたいかも! ロミジュリとか!》

 同時に視界に入ってきたのは、嬉々としたメッセージ。この感じからして、僕の送ったメッセージには何の不満もなさそうだ。
 その事にほっと胸を撫で下ろし、近くにあったメモ用紙に出してもらった案を書き出した。
 そうしている間にも連続してメッセージがいくつか送られてきていて、スクロールしつつ纏めてみた。

 数分した後には一旦メッセージの嵐は落ち着いていて、シャーペンを動かす手を止めた。
 ……ジャンル的に見ると、ざっと4つくらいか。
 細かいものはもちろんあるけど今のところ出ているのは演劇、ダンス、合唱、ファッションショーだった。
 
 この中からどうやって一つに絞ればいいんだろう……アンケートでも取ってみるか?
 幸いな事に利用しているこのアプリには投票機能があり、簡単に多数決をする事ができる。
 ただ……仮に多数決で決めた場合、揉め事が起きてしまう気がする。理由も聞かずに数だけで決定するのは、納得しづらいものだし下手したらクラス内に亀裂が生まれる。

 できるだけそうなるのは避けたい。ならば明日この案を持っていき、意見を聞きつつ決めたほうが安心……だろう。
 なんてそこまで思案した時に聞こえたのは、独特な通知音。
 思わずスマホに視線を戻すと、アプリ内の通知にこんな文字が送られてきていた。

《K-MISUZUさんが『ステージショー係グループ』にあなたを招待しました》

 その通知を指で押すと、『ステージショー係グループ』と名前の付いたグループトーク画面に移った。
 メンバーを見てみると僕以外にもステージショー係が参加しているみたいで、間髪入れずにメッセージが届いた。

《ステージショー係の人全員を招待しといたから、休みの時のやりとりとかここ使ってねー》

 よろしく!とポップな書式のスタンプも送られてきて、みんなが同じようにスタンプで反応していく。
 とても、ありがたい。
 僕だったら自主的にグループも作れなかっただろうし、誰かが行動してくれるのは素直に嬉しかった。
 結局は人任せ、でしかないけど。
 ……いや、適材適所って言葉があるじゃないか。不得意な事は無理にするもんじゃないはずだ。

 僕もみんなと同じく、挨拶のスタンプを送る。
 ――弱い自分を覆い隠すように、たくさんの言い訳に埋もれながら。