四月はあまり得意じゃない。
 何故なら出会いの時期だから。

 桜吹雪が容赦なく頭から降りかかり、煩わしく思いながら肩にかかった花弁を払う。
 今年もまた、視覚的にも感覚的にも華々しい春がやってきた。
 太陽も新しい一年の始まりを祝福するように、燦々と嫌気が差すほど照りつけてくる。

 ……――僕はこんな天気が、大嫌いだ。



《第78回××高校入学式》
 そう書かれた看板を見やりつつ、妙に威厳のある校門をくぐる。所々黒ずんでいる校門は学校の古さを象徴しているようだ。
 今時校門がちゃんとある高校もあるもんなんだな……なんてどうでもいい事に思考を使い、校舎に近付くにつれ段々と増えてくる人に怯える。何歳になってもやはり人混みには慣れそうにない。

 右を見ても左を見ても、これから始まる高校生活に静かに思いを馳せ……てはいなさそうな、もうすでにはっちゃけて友達を作っている新入生で溢れ返っている。もちろん正面も後ろもだ。
 よくもまぁ初対面の人とすぐに打ち解けられるな……僕じゃそんな芸当、到底できない。

 ……とりあえず受付済ますか。
 偶然目に入った受付看板を目標に、なんとか人混みをかき分けて進む。進んでいくと段々酔ってきた。完璧な人酔いだ。
 さっさと出たい。そうしないと無理やり胃に押し込んだ朝食が出てきてしまう。

 口元を抑えながらやっとの思いで受付に辿り着き、自分の名前を探して丸を付ける。
 そして貰った校内地図で、自分が行くクラスを確認した時だった。

「やっぱこっちの棟だろ! あっち実習教室ばっかだったし!」
「ちょ、お前入学式だからってテンション上がりすぎ! 廊下は走んなよーっ!!」

 いきなり背後から耳を劈くような大きな声が聞こえたかと思ったら、ドンッ!と衝撃が走った。
 痛っ……。
 どうやら背中にぶつかられたらしく、思わず前のめりによろける。

 反射的に痛みの原因に振り返ると、目の前にはやたらとチャラそうな男が。
 けれどその男は僕には気付かずに通り過ぎ、上がった階段の上で誰かを呼んだ。

「おい太陽おせーぞ!!」

 声でかいな……もう少し抑えてほしい。
 入学早々ぶつかられた挙げ句無視され、大声も浴びる事になるなんてツイていない。
 これが高校か……。そう先の事を考えるだけで、吐き気が更に増した。

 やっぱり僕は社会不適合者みたいだ。高校でも大人しく、空気に溶け込んで過ごそう。
 ……なんて、意気込んだ拍子。

「あの、俺の連れがごめんね。」

 風が頬を掠めるように、柔らかい言葉が耳に流れ込んできた。
 不意に訪れたその声はまるで陽だまりのように明るく、僕と到底相容れないようなもの。
 振り向きたくなかったのに、反射的に振り向いてしまった。

「わっ、急に振り向いてどうしたの……――あ! どっか打ったとか!? 大丈夫!? 痛いとことかあったら教えて!! 俺、君くらいならおぶっていけるから!」

 振り向いた先には、まず金色にも見える茶髪。それと高い身長。どう見ても170以上はある。
 そして、どこかの芸能人かってくらいに整った顔。正統派日本アイドルの顔立ちをしている。

 いかにも童話の中から出てきましたって感じの男は、僕に確認を取りながら慌てていた。
 眉尻が明らかに下がっていて、今にも泣きそうな情けない顔。
 そんな目の前の男に僕は……、一種の疑惑を覚えた。言いようのない、靄がかかったような疑惑が。

 強いて言うなら……変な奴。自分の落ち度じゃないのに謝ってくるなんて、変な男だなって。

「……別に、平気。」

 だからだろうか、なんてことのないつまらない返答が口を突いて出てきた。
 呟きのような、聞こえるか聞こえないかの微妙な返事。
 それなのに目の前の男はへにゃりと頬を緩ませ、気が抜けたように零した。

「それなら良かった! 怪我してたら本気でおぶっていくつもりだったけど、大丈夫そうで何より!」

 ……やっぱり、変な男。というかおぶっていくって……どれだけ貧弱に見えるんだろうか。失礼極まりないと思う。
 そんな幼稚な意見しか抱けなくて、僕はそそくさと逃げるように自分のクラスに向かった。



 これが、僕とポジティブな彼との出会いだったのかもしれない。