晴太は今夜も一人で食卓に着く。父親は仕事に打ち込み、遅く帰る日がますます増えていた。今日も遅くなる、晴太のスマホに届く短いメッセージに、絵文字ひとつだけの返信で終わりだ。
 父親の分にラップを掛け、温めればすぐに食べられるようにしておく。晴太がこうして高校に通えて部活も塾にも行けるのは、ひとえに父親のおかげに他ならない。分かっているから晴太は黙る。

 本当のことを言えば、サッカー部は三学期で辞めたいと思っている。けれど、そんなことすら父親に打ち明けられていない。晴太がサッカーを続けたいと言ったから父親がここに残ったのに、言える訳がない。
 夏休み明けに先生と保護者をまじえた進路相談もあるのだけれど、これも言えていなかった。顔を合わせる時間もあるにはあるのに、何故か父親を前にすると言葉を飲み込んでしまう晴太だ。

 晴太は自分の部屋に戻ると、少し古い型のカメラを手に取り、ファインダーを覗いてみた。最後に兄と会った日、新しいのを買うからと譲ってもらったデジタル一眼レフカメラだ。

 このカメラで、あのステンドグラスの光に浮かんだ横顔を撮ってみたい、そんな風に思い始めて数日経った。
 夏休みの早朝から学校へ行く理由がサッカーからそれに代わっているようにも思えて、晴太はレンズ越しの知らない世界に少し戸惑う。

 譲ってもらってからしばらくは学校や部活に夢中で、カメラなんかに興味はなかった。高二の春、部活紹介で集合写真を撮ろうとなった時だ。じゃあ自分が撮りますと挙手をしたのがきっかけだったことを晴太は思い出す。
 集合写真だけじゃなんとなく物足りなくて、ボールを蹴る仲間の様子やなんかを撮りまくって、部員のみんなに大笑いされたっけ。
「晴太、カメラマンにでもなる気か?」「どうせならJリーグでも撮って来いよ」

 笑い合って水を飲んで、また走って。その光景の中に自分はいなくてもいいんじゃないか、と晴太はその時思った。
自分のいる場所はここじゃなくてもいい。けれど、じゃあどこなんだ、と言われたら晴太自身まだ答えることは出来ない。だから余計に父親には何も話せなくなってしまうのだ。

 前はもっと、いろんなことを話していたと思うんだけれど。父親にも、部活の仲間にも、学校の先生にも。
 晴太は自分の気持ちを飲み込んで、明るい笑顔でいつも笑っている。