清沢柚月は本を読むのが大好きだ。逆に、この暑い夏に外で汗を流しながらボールを追いかける学生の気持ちがわからない。
 夏休みは良い。涼しい図書室で好きなことに没頭出来る。柚月は今、所属している文学部と演劇部とのコラボで、舞台の脚本制作を任されているのだ。

 本好きが高じて、自分でも小説を書いては投稿サイトに上げていたのを、文学部と演劇部の女子に目ざとく見つけられた。
「ペンネームだけど、あれ清沢君だよね?」
「国語の小テストで、後ろから回ってきた時に見た文章と似てた」
「私も見た、めちゃくちゃエモかった」
 まったく女子の勘は鋭い。それも今度小説のネタにしてやろうと柚月は思っている。

 ただし脚本を書くのは初めての経験だ。小説を書くのとはわけが違う。しかも演劇部が秋の文化祭で上演する台本だと言う。夏休み後半には仕上がった状態で演劇部に渡したい。柚月は焦っていた。
 こんな言い方は申し訳ないのだけれど、宿題そっちのけで別のことをしている柚月へあれこれと口を出してくる伯母さんから逃れて集中するには、学校の図書室はうってつけだった。

 柚月の両親は海外の研究所で働く仕事をしていて、日本には殆ど帰って来ない。子供のいない伯母夫婦が親代わりだ。
 伯母さん達はとても優しい。小さい頃から柚月のことを可愛がってくれているし、きちんと親のように叱ってくれる。最近は少し目の上のたんこぶだけれど、とてもありがたい存在だ。

 性格や偏った能力にいくらかというかかなり難のある柚月は、友達と呼べる仲間を作れないまま小学校、中学校を過ごしてきた。海外にいる父母は、
「友達なんて一生に一人出来ればいい」
 と笑い飛ばしていたけれど、せめて新しい環境で共通の趣味を持つ友達が作れればと伯母さんが見つけてきた青南高校に、一年の終わりに編入した。
 著名な作家や文芸関係者を輩出してきたこの学校では、スポーツと同じくらい文系の学習にも力を入れている。学生のノルマである体育の授業でさえも苦痛な柚月にしてみれば、蔵書数の多い青南高校の図書室はご褒美といってもいい。

 演劇部から受け取ったテーマを元に、脚本の書き方と睨めっこをしながら夢中になってノートにシャープペンシルを走らせる。
 ステンドグラスを通して入ってくる夏の日差しも、柚月には気にならなかった。