古代竜を倒した英雄が目を覚ましたという噂は、瞬く間に街中はおろかシュコール領内に限らず、隣のグラン領内にまで広がった。

 ギルド長のディゼル自らがジークの病室に訪れて来て、古代竜の遺体の回収も無事に終わったという報告と、討伐に対する報酬とその素材買い取りの提案を受けた。ジークの魔法すら通さなかった竜の硬い鱗は、加工すれば最強の武具になるだろう。その金額にはジークに付き添っていたリンの方が目を丸くして言葉を失ってしまったほどだった。

「王都側からも聞き取りがあるかと思いますが、そちらは出来得る限りギルドの方で対応させていただきます」
「お願いします」

 確認の為に森へ入ったギルド職員からの報告と合わせ、ある程度の状況をギルドも把握できているということだった。負傷したジークを気遣っての対応なのだろう、ありがたいことだ。

「ああ、それから竜本体と共に回収させていただいたので、こちらはお返しさせていただきます」

 そう言って、ディゼルは後ろに控えていたギルド職員から長い布に包まれた物を受け取り、中から黒い柄の剣を出してベッド脇の机にそっと置いた。竜との戦いの最中に鞘は帯剣ベルトごと紛失してしまったが、代わりの物を新たに誂えてくれたようで真新しい鞘に納められたそれは、紛れもなくジークの魔剣だった。

 猫達と一緒に古代竜と戦ったことをまざまざと思い出させる魔剣。それにちらりと視線を送り、ジークは嫌な物でも見たかのように眉を寄せた。竜の腹に突き刺さったまま回収された剣はジークの魔法と猫の光魔法の導入口となっていたせいで、柄は焦げ付き、刃こぼれでボロボロになっていた。

「剣もですが、契約獣も無くされたということで、貴殿への補償については――」
「いえ、それは不要です。剣は貰い物だし、そもそも依頼を受けた冒険者なら誰しもが覚悟していることですから」

 そっとしておいて欲しい、それが本音だった。竜との戦いを思い起こさせられる度に、消えていった猫達のことを思い出して辛くなる。ティグと過ごした日々はそこまで長い期間ではなかったが、冒険者としてのジークには必要不可欠な時間だった。

 見舞いに来た者達から古代竜を倒した英雄と呼ばれ、賞賛の言葉を掛けられても、虚しさしか感じなかった。猫達の力が無ければ竜の討伐はできなかった。自分が受けた依頼のせいで猫達を犠牲にしてしまった。
 時間稼ぎに徹して王都からの応援を待っていれば、もしかしたらこんな結果にはならなかったのだろうか。

 胸に手を当て、深く頭を下げてから病室を立ち去っていくギルド長と職員の後ろ姿を見送ると、ジークは長い溜息を付いた。部屋の隅で彼らのやり取りを静かに見守っていたリンは心配そうな表情でベッドの傍に丸椅子を持ち寄って腰掛ける。

「ジーク……」

 ベッドの上で半身を起こし、毛布の上で握りしめられたジークの手にリンは自分の手を重ねた。ティグと彼の絆の強さは傍で見ていてもよく分かった。大切な仲間を失った喪失感は、幼いころに両親を亡くした彼女には理解できる。

「ティグは、虎の子じゃなくて、猫なんだ」
「うん、そうかもとは思ってた」
「そっか……」

 虎だろうが聖獣だろうが、ジークにとってティグが大切な存在だったのは確かだ。もしかしてと思った時も、リンはそれ以上は何とも思わなかった。

「宮廷に行ったら、少し調べてみようと思ってる。ティグ達がどこに行ったのか、分かるといいんだけど」

 あらゆる研究者が集まる王都なら、聖獣について詳しい人がいるかもしれない。光に包まれて消えてしまった猫達の行き先について、何か分かる者と出会えるかもしれない。
 ジークの決心に、リンは黙って頷き返した。


「聖獣の光魔法には転移の力があるとされています。具体的なその転移先はまだ解明されてはいませんが、聖獣にとっては癒しの世界であると考えられております」

 王都での生活が落ち着いてきた頃、宮廷の魔導師仲間からの伝手を辿って出会った研究者は専門は聖獣の中でも猫ではなく梟だと恐縮しながら、ジークの問いに答えた。現状では聖獣について知る術は古文書などを探るしかなく、その数はおそろしく少ない。

「癒しの世界、ですか」
「ええ、光の力を使って移動する先が苦痛に満ちた世界なら、わざわざ転移する価値はありませんからね」

 こじつけのような仮説ですがね、と穏やかな笑みを浮かべて研究者は語った。その言葉に、ジークは納得したというよりは、そうであって欲しいと願いながら大きく頷き返す。

 傷付いた猫達が消えた先が、彼らが心身ともに安らげ癒される場所ならば、いずれまたティグ達と再び会える日が来る可能性はゼロではない。彼らが消滅してしまった訳ではないという考えは、ジークの心を随分と楽にしてくれた。

 ――だったら、その時までに猫達を守れる力を付けておこう。ティグ達が堂々と飛び回れるように、その存在を守り抜ける力を。

 宮廷魔導師の証である銀の刺繍入りのローブの襟元を握り締めて、ジークは猫との再会を信じて誓った。


 (完)