中心街の大通り沿いにはちょっとした催しが出来る広い公園がある。祭りの季節以外も常に屋台が立ち並び、いつも夜中まで賑わっていた。普段ジークが夕食を調達しているのもこの辺りで、トラ猫の好物でもある肉串も数軒は並んでいる。
昨夕は依頼帰りに石壁の近くでロンとマックスの囮コンビと偶然出会い、せっかくだからと一緒に屋台巡りをし、公園に設置されたベンチで夜中まで詰まらない話で盛り上がった。
途中、酒を飲んでいた二人が悪乗りし始めて、どうしようかと頭を抱えているところへエルが偶然に通りかかり、酔っ払いの相手を引き受けてくれた時は、本気で神かと思った。飲まないジークには酔っ払いの相手はキツイ。
同じような経験をした者同士、囮コンビはとても上手くやっているようで安心した。酒の量とピッチも同じくらいだったので、冒険者活動以外でも結構気があっているようだった。
依頼によってはエルも加わって三人で行動していることもあるらしく、トリオでも十分にやっていけそうな感じだ。
朝日が出る前には帰って来たが、さすがにまだ眠い。今日は昼前まで寝て依頼以外のことをしようと壁に向かって寝返りを打つと、ティグが枕を踏みながら顔を覗き込んできた。ジークのこめかみに頭突きするように頭を擦り付けてくるので布団から片手を出し、その頭を撫でる。猫はゴロゴロと喉を鳴らして擦り寄ってから、ジークの目元を舐め始めた。
「ティグ、痛い……」
猫の舌はヤスリ状に毛羽立っていてザラザラとしている。毛繕いに特化しているのだろうが、毛皮を着ていない人肌には凶器でしかない。しかも皮膚の薄い目元を狙ってやられると、もう起きるしか選択肢はない。
諦めてベッドから起き上がったジークに、トラ猫は満足そうによじ登った。寝る前に用意しておいた朝食はいつの間にか食べ終わっていて、皿の上は空っぽだった。カップに手をかざして魔法で水を注ぎ入れてやると勢いよく飲み始めたので、喉が渇いていたようだ。
自分の分に買っておいたパンを手に取ってみるが、夜中まで飲み食いしていたのであまり腹は減っていない。半分を小さくちぎってから猫の皿に乗せてやり、残り半分を水で流し込むように口に入れる。ティグは追加された朝食も勢いよく食べ切っていた。
出掛ける支度を手早く終えると、ジークはローブの中で猫を抱きながら街の東へと向かった。東通り沿いに品揃えが良い書店があるらしく、以前から気になっていた。冒険者稼業にも少し余裕が出てきたので、たまには本でも読んでゆっくりする時間を持つのも悪くはないだろう。
東通りには子供達が学ぶ為の学舎もある関係か、文具屋などの学芸品に関する店が多くあった。粗雑なギルド前通りとは対照的に、とても和やかな雰囲気だ。
木造の歴史ある学舎の建物の隣に、お目当ての書店はあった。こちらもまた学舎に劣らずの年季の入った木造建築で、書籍の重さでいつ床が抜けてもおかしくなさそうだ。けれども、天井までぎっしりと並んだ書籍の数は、噂に違わず。きちんと分類された棚はとても選び応えがありそうだ。
順に棚を見て回ってから、シュコールの領土史に関する本を一冊手に取ると、パラパラと捲ってみる。実家のグラン領との関係についても触れられていたので、購入を決めた。他に魔術に関する物も一冊選んだ。
それら二冊が入った袋を脇に抱えて書店を出たところ、涼やかな声に名を呼ばれた。
「……ジーク?」
声がした方に視線を流すと、長い髪の女性が文具屋の袋を抱えて立っていた。
「リン!」
「久しぶり。こんなにすぐ会えるとは思わなかったわ」
アヴェンで出会った鍛冶屋の孫娘が目を丸くして微笑んだ。彼女の住む町はここ中心街からは割と近い、買い出しによく来るとは言っていたが、今日もまさにそれだった。文具屋で買い物した後、リンは見覚えのある黒いローブを見つけてまさかとは思った。
「ねえ、お昼はもう済んだ? まだだったら、約束通りに奢るわ」
また会った時にはお昼を奢るという約束を、リンは覚えてくれていた。先日の護衛のお礼ということなので、ジークは遠慮なく受けることにする。
大通りまで並んで歩いている間、ローブの間からぴょこぴょこと出てくる毛むくじゃらの手をリンは掴んだり引っ張ったりしては大笑いしていた。
まだ昼の少し前ということもあり、広場には穏やかな時間が流れていた。噴水横に設置されたベンチに並んで腰掛ける。
「小さいのに、ほんとよく食べるわよね」
屋台で買って貰った肉串をあっという間に一本食べ切り、二本目が串から外されるのを身を乗り出して催促しているティグに、リンは感心して言った。
すぐに大きくなりそうね、と虎の子だと信じて疑っていないリンから同意を求められたが、多分これで成猫だとは伝えられず、ジークは笑ってごまかした。
昨夕は依頼帰りに石壁の近くでロンとマックスの囮コンビと偶然出会い、せっかくだからと一緒に屋台巡りをし、公園に設置されたベンチで夜中まで詰まらない話で盛り上がった。
途中、酒を飲んでいた二人が悪乗りし始めて、どうしようかと頭を抱えているところへエルが偶然に通りかかり、酔っ払いの相手を引き受けてくれた時は、本気で神かと思った。飲まないジークには酔っ払いの相手はキツイ。
同じような経験をした者同士、囮コンビはとても上手くやっているようで安心した。酒の量とピッチも同じくらいだったので、冒険者活動以外でも結構気があっているようだった。
依頼によってはエルも加わって三人で行動していることもあるらしく、トリオでも十分にやっていけそうな感じだ。
朝日が出る前には帰って来たが、さすがにまだ眠い。今日は昼前まで寝て依頼以外のことをしようと壁に向かって寝返りを打つと、ティグが枕を踏みながら顔を覗き込んできた。ジークのこめかみに頭突きするように頭を擦り付けてくるので布団から片手を出し、その頭を撫でる。猫はゴロゴロと喉を鳴らして擦り寄ってから、ジークの目元を舐め始めた。
「ティグ、痛い……」
猫の舌はヤスリ状に毛羽立っていてザラザラとしている。毛繕いに特化しているのだろうが、毛皮を着ていない人肌には凶器でしかない。しかも皮膚の薄い目元を狙ってやられると、もう起きるしか選択肢はない。
諦めてベッドから起き上がったジークに、トラ猫は満足そうによじ登った。寝る前に用意しておいた朝食はいつの間にか食べ終わっていて、皿の上は空っぽだった。カップに手をかざして魔法で水を注ぎ入れてやると勢いよく飲み始めたので、喉が渇いていたようだ。
自分の分に買っておいたパンを手に取ってみるが、夜中まで飲み食いしていたのであまり腹は減っていない。半分を小さくちぎってから猫の皿に乗せてやり、残り半分を水で流し込むように口に入れる。ティグは追加された朝食も勢いよく食べ切っていた。
出掛ける支度を手早く終えると、ジークはローブの中で猫を抱きながら街の東へと向かった。東通り沿いに品揃えが良い書店があるらしく、以前から気になっていた。冒険者稼業にも少し余裕が出てきたので、たまには本でも読んでゆっくりする時間を持つのも悪くはないだろう。
東通りには子供達が学ぶ為の学舎もある関係か、文具屋などの学芸品に関する店が多くあった。粗雑なギルド前通りとは対照的に、とても和やかな雰囲気だ。
木造の歴史ある学舎の建物の隣に、お目当ての書店はあった。こちらもまた学舎に劣らずの年季の入った木造建築で、書籍の重さでいつ床が抜けてもおかしくなさそうだ。けれども、天井までぎっしりと並んだ書籍の数は、噂に違わず。きちんと分類された棚はとても選び応えがありそうだ。
順に棚を見て回ってから、シュコールの領土史に関する本を一冊手に取ると、パラパラと捲ってみる。実家のグラン領との関係についても触れられていたので、購入を決めた。他に魔術に関する物も一冊選んだ。
それら二冊が入った袋を脇に抱えて書店を出たところ、涼やかな声に名を呼ばれた。
「……ジーク?」
声がした方に視線を流すと、長い髪の女性が文具屋の袋を抱えて立っていた。
「リン!」
「久しぶり。こんなにすぐ会えるとは思わなかったわ」
アヴェンで出会った鍛冶屋の孫娘が目を丸くして微笑んだ。彼女の住む町はここ中心街からは割と近い、買い出しによく来るとは言っていたが、今日もまさにそれだった。文具屋で買い物した後、リンは見覚えのある黒いローブを見つけてまさかとは思った。
「ねえ、お昼はもう済んだ? まだだったら、約束通りに奢るわ」
また会った時にはお昼を奢るという約束を、リンは覚えてくれていた。先日の護衛のお礼ということなので、ジークは遠慮なく受けることにする。
大通りまで並んで歩いている間、ローブの間からぴょこぴょこと出てくる毛むくじゃらの手をリンは掴んだり引っ張ったりしては大笑いしていた。
まだ昼の少し前ということもあり、広場には穏やかな時間が流れていた。噴水横に設置されたベンチに並んで腰掛ける。
「小さいのに、ほんとよく食べるわよね」
屋台で買って貰った肉串をあっという間に一本食べ切り、二本目が串から外されるのを身を乗り出して催促しているティグに、リンは感心して言った。
すぐに大きくなりそうね、と虎の子だと信じて疑っていないリンから同意を求められたが、多分これで成猫だとは伝えられず、ジークは笑ってごまかした。