魔の森の入口付近に着いた時、太陽は丁度真上にあった。魔獣に追われて逃げながら、マックスは一人で長い時をこの森の中で過ごしていることになる。
 自力で戻って来れないということは、歩けないほどの怪我を負っているのか、それとも……。
 嫌な想像を追い払うように、ジークは栗色の前髪をわしゃわしゃと掻いた。

 例の二人がギルドで報告していた、魔獣と遭遇したという場所へ向かうべく、三人は森に足を踏み入れた。毎日のように入っている森だが、いつもと違う張り詰めた空気を感じる。

「無事でいてくれ……」

 エルが小さな声で祈るように呟くのが後ろから聞こえてきた。それは誰もが思っていること。

 名を叫んで探し回りたい気持ちを抑えて、黙々と歩を進める。大きな声を出せば、魔獣を必要以上に呼び寄せる危険がある。周囲の音や気配に五感を集中させながら、行方不明者の姿を求めた。

「あいつら、大型2頭と遭遇したって言ってたな」
「ああ、1頭と戦ってる最中にさらにデカいのが来たから、逃げたって」

 ギルド職員達に詰め寄られて、問題の冒険者達は青褪めながら状況報告させられていた。先に逃げて来たが、マックスもすぐ戻ってくると思っていたとか何とか言い訳していた。

「多分、この辺りだな」

 木々が少し開けた場所に到着すると、三人は辺りを見回した。奴らの報告通りなら、この場でマックス達は大型魔獣を見つけ、依頼の為に戦っていたことになる。
 剣士二人と魔法使いの即席パーティで討伐を行っている時、騒ぎを聞きつけたもう1頭が加わってきたらしい。

 昨日の今日だ、何かその痕跡らしきものは無いかと探してみたが、見当たらない。マックスが撃った風魔法の跡がどこかに残っていてもおかしくないはずなのに――報告の場所が違うのかもしれない。

 焦りから来る苛立ちだろう、ロンが舌打ちするのが聞こえた。報告まで偽るのかと、エルも杖を握る手が怒りで震えていた。
 ジークはローブの中で隠すように抱いていたトラ猫をそっと地面に降ろす。

「ティグ、君なら分かる?」
「にゃーん」

 人間よりも鋭い五感を持つ猫なら、マックスのいる場所が分かるかもしれない。ロンの時にも、ティグはジークよりも先に彼の危機に気付いて駆け出していた。

 それまで大人しく抱かれ続けていた猫は、大きく伸びをして一度だけ身体を震わせた。そして、様子を伺うように木々の間から空を見上げると、迷いの無い足取りで森の奥に向かって歩きだした。

「こっちみたいだ」

 ロンは以前に助けられた時に見ていたが、エルがティグの姿をまともに見たのは初めてだ。たまにローブの中から縞々の手が出てたり、顔の一部が見えていることはあったが、ちゃんと表に出てるのは初だ。不思議そうにその姿を眺めながらも、ジーク達と共に猫の後を追った。

 最初の場所からは随分と奥まったところの、大岩がごろごろと転がった場所でティグは後ろを振り返った。

「にゃーん」

 直径2メートルはありそうな岩の上にトンと飛び乗ると、その裏を覗き込んでいる。ぐるりと岩の周りを回ってみると、大岩と大岩の間で身を潜めるように、男が横たわっていた。
 そのすぐ傍らには、繰り返し何度も風魔法を受けて身体中に無数の傷を負ったらしき熊型の魔獣の死体が横たわっていた。

「……マックス?!」

 駆け寄った三人の声には反応が無い。白く色の消えた顔に冷え切った身体。それでも顔を近付けて確認すれば、今にも消え入りそうな程ではあったが小さい呼吸を繰り返していた。

 ジークは背負っていた荷物から回復薬の瓶を急いで取り出す。飲む力があることを願って、マックスの口に少しずつ流し込む。最初の一口がなかなか飲み込まれないことに焦ったが、最初にこくりと喉が鳴った時には安堵した。
 ゆっくりゆっくりと時間をかけて瓶の半分を飲ませることができた後、マックスの顔色は随分とマシになった。

 大型魔獣と格闘して魔力を完全に使い果たした身体で、一人きり森の中で夜を過ごしたのだ、生きていること自体が奇跡だ。

「俺がおぶってやるよ。お前らには無理だろ」

 無事が確認できてホッしたのか、軽口を言いながらロンがマックスの身体を背に乗せた。確かに剣士である彼が一番力も体力もありそうだ。ジークとエルは困惑した顔を互いに合わせて肩をすくめた。

「よくやったね、ティグ」

 丸い頭を撫でて褒めると、トラ猫は得意げに尻尾を伸ばして「にゃーん」と鳴いた。

 街まで戻ると、マックスはギルドが手配した診療所に運ばれ、数日間の安静の後にまた冒険者活動を再開したようだ。退院してすぐにロンと共に例の二人の除名申請を行ったらしいが、それがキッカケか二人はパーティを組み始めた。影で彼らのパーティは「囮コンビ」と呼ばれていることは本人達には内緒だ。