シュコール領内の小さな町で生まれ育ったリンは、鍛冶屋を営む祖父と暮らしていた。いつもならば武具の納品は祖父が自分で行くのだが、今回はどうしても手が離せなくて孫娘が代わりにアヴェンへやって来た。

「最近、冒険者の間で武具に拘る人が増えたらしいのよ」

 そのおかげで鍛冶の仕事が増えたみたいなんだけど、なんでか知ってる? と問われて、ジークは思わず苦笑した。おそらくだが、魔法使いが杖を持ち始めたのが関係しているのだろう。攻撃力の上がった魔法使いに感化されてとか、そんな感じか。
 杖の件もそうだが、基本的に冒険者は流され易い。

 追加で買って貰った肉串もぺろりと平らげて、トラ猫は満足そうに前足で顔を洗っていた。ベンチで二人の間を陣取って毛繕いする猫の背を、リンは撫で続けていた。縞々の触り心地がよっぽど気に入ったらしい。

 お互い、今日シュコールへ戻るという話をしていて、ジークはふと気になった。

「リン、護衛は?」
「そんなのいないわ。だから魔石が空だったし焦ったわ」

 女一人、魔獣除けの石だけで領越えして来たと聞いて、耳を疑った。魔鳥の心配は減ったとしても、納品予定の品を積んでいてよく盗賊に狙われなかったものだ。

「ってことは、帰りも護衛なしか」
「そうよ。そんな商人みたいな贅沢できないわ」

 今から出れば日が暮れる前の明るい内には帰れるだろうが、歳若い女が一人は無謀過ぎる。聞いてしまった以上、放ってはおけない。

「俺らの後ろに付いて走れる?」
「一緒に帰ってくれるの?!」

 明るく振舞ってはいたが、やはり心細かったようだ。ジークの提案にリンは目を潤ませて喜んでいた。勝手な変更をすることに、依頼主であるルイと報酬の相談をしないといけないな、とジークは栗色の前髪をわしゃわしゃと掻いた。

「ああ。構わないよ」

 ジークの心配をよそに、若き商人は二つ返事で承諾してくれた。ジークからも報酬の減額を提案してみたが、それは笑いながら断られてしまう。護衛対象を勝手に増やすのだから、帰路分は減らされて当然なのにだ。

「君なら、どっちも護れるだろ? それに、ジーク君じゃなかったら、僕は行きで死んでたんだよ」

 報酬の上乗せだって厭わないよと逆に言われてしまい、それはさすがに遠慮した。すでに仲介料分を含めた3割増しで受け取っているのだから。

 ルイの幌馬車には往路で積んでいた商品に代わって、魔石が入った木箱が積み込まれていた。行きと違って随分と空きが出来た荷台に、ジークは一人で乗り込んだ。

「お利口にしてるんだよ」

 そう言って猫を乗せたのは、リンの繰る荷馬車。納品を終えた後なので荷台には空の木箱が数個あるだけだ。御者席に座る彼女の横に、トラ猫はちょこんとおとなしく座った。

「この子は俺より強いから」

 二人ともジークの言葉を軽い冗談だと受け取っていたようだが、事実、聖獣の光魔法に勝てる人間はいない。

 ジークは幌の後ろを開けて周囲の様子を警戒しながら、アヴェンの街を出た。ルイの幌馬車を追いかけるように、リンは荷馬車を走らせていた。彼女が住んでいるのはシュコールの中央街の手前の小さな町。ちょうど通り道だ。

 行きと同じく、何度も馬を休ませながらシュコールへ向かい戻る。まだ明るい時間ということもあり、物騒な盗賊の気配は無く、平和な道中だった。
 後ろの荷馬車ではティグが御者席に座るリンの横で丸くなって眠っていた。長い髪を一つに結わえて姿勢良く手綱を握るリンは、街で出会った時よりも幾分か凛々しく見えた。

 後ろを走る荷馬車に目を奪われていた時、ふいに頭上に気配を感じた。見上げると、魔鳥の小さな群れ。今朝に駆除した生き残りだろうか、すでに新しい群れを形成しているようだ。
 まだ規模としては小さいが、放っておけばまた大きな群れとなって人々の脅威になりかねない。ジークは上空に向かって風魔法を放つ。

 馬車が通り去った道に、次々に魔鳥が落下して来たことは幌馬車を繰るルイは気付いていなかった。リンも目の前で走る馬車から身を乗り出してジークが魔法を撃ったことまでは分かったが、何が起こったかまでは理解できなかった。しかし、彼らの後にその道を通った者は、転がった数十の魔鳥の死骸に驚いたことだろう。
 相変わらず、ティグは眠り続けていたが、耳だけはピクピクと動かしていた。

 その後は何事もなく、リンを町の近くまで見送ると「今度、何かお礼させて」と言う彼女に、またお昼を奢ってよと笑って答える。中央街へはよく出かけると言っていたので、すぐに会えそうな気がする。

 ジーク達の泊まる宿屋へと戻った頃、ようやく日が暮れかけていた。ルイは仕入れて来た魔石を知り合いの商店に卸す為、また出掛けて行った。相場が変わる前に捌かないとと、商人もなかなか慌ただしい。

 部屋に戻ってローブから猫を出すと、ティグは迷わずにベッドに駆け寄っていった。あれだけ寝ていたのにまだ眠るんだと、ジークは呆れた。