魔法使い二人との依頼から数日経った頃、ジークはいつもよりは早い時間に石壁の検問所に戻って来ていた。この時間帯に戻ってくる冒険者は割と多いようで、見知った顔もちらほらと何人かいるようだった。
「やあ、ジーク」
呼ばれて振り向くと、魔法使いのマックスだ。片手に持った杖を見せるように掲げるとニヤリと笑っている。
「実際に使ってみて、どう?」
「ジークが言った通り、威力は上がったし、小型なら一撃だ」
エルも杖を買ってたぜ、と付け加える。あの後、武具屋で鉢合わせし、二人して似たような杖を買ってしまったと照れくさそうに言う。
「武具屋に行くことがあったら、角の店に行きな。ジークならサービスして貰えるかも」
え、なんで? との問いかけには、大笑いで返された。行けば分かる、と。手を振って仲間のところへ戻って行くマックスに、ジークは首を傾げた。彼の言う店にはこれまで訪れた覚えはない。
「角の武具屋か……行ってみてもいいかな?」
「にゃーん」
フードに隠しながら抱いたティグの了解を得ると、検問所からほど近い店へと向う。鍛錬用の剣を探そうと思っていたところだ、丁度良い。
古い小さな武具屋はすぐに見つかった。あまり明るくない店の中にはぎっしりと商品が並んでいた。品数は多いが種類ごとに区分されていたので探しやすそうだ。
武具屋というからには剣や槍などの武器ばかりなのかと想像していたが、調理用ナイフなどの種類も豊富だった。冒険者御用達の店だけあって、野営時に必要な刃物も一通り揃っている。
幼い頃から弟と共に剣術の指南も受けてはいたが、魔力が目覚めてからは剣の方はそこまで真剣には向き合うことは無くなった。身体を動かしたい時にたまに振り回していた程度だ。いくら魔法が使えると言っても、体力が無ければ冒険者は勤まらない。基礎鍛錬用の模擬剣があればと店の中を見て回る。
「魔法使い用の杖なら、あっちの棚だよ」
店の中をウロウロと見回していると、店主らしき老人が奥の棚を指さす。歳をとってはいるが、鍛えられた身体をしているところを見ると、元は冒険者か狩人だろうか。体格からすると大剣持ちあたりだろう。
「あ、いや。鍛錬用の剣があれば」
「魔法使いが、か?」
どう見ても魔法使いなのにと、ジークの恰好を上から下までジロリと眺め見る。そして、彼のローブの中からちょこんと顔を出した縞々の獣と目が合い、ギョッとした顔をする。
「なんだ、そいつ?!」
「虎の子供です。俺の契約獣」
なんだ契約獣か、と胸を撫でおろしながら、ふと気付く。虎の話はどこかで聞いたことがあったなと、しばし視線を天井に移して記憶を巡ってみる。
「ああ、虎を連れた魔導師って、あんたか」
魔導師なら何でもありなんだな、と妙な納得をしたようで、鍛錬用の模擬剣が並ぶ棚へと案内される。長さも重量も様々な木製の剣が立て掛けられた棚は、店の片隅にひっそりとあった。
ジークはその中から手頃な長さの剣を手に持ち、順に重さを確かめていく。以前に使っていた物と近い物があれば、それが一番扱い易いはずだ。
「一本サービスしてやるから、好きなの持ってってくれや」
「え、なんで?」
「あんたなんだろ? ギルドの魔法使いに杖を持つように勧めてるのって」
数日前からひっきりなしに魔法使いが杖を買いにくるから何事かと聞いてみると、ギルドNo.1の魔導師に杖を使うように勧められたとか、実際に杖を使った奴から魔法の威力が上がった話を聞いたとか、そういうのばかりだった。
「今までは置いてても全く売れてなかったのに、おかげで最近は杖ばかり売れてるよ」
元々から魔法使いが少ない上に、杖無しがほとんどだったから不良在庫になりかけていた。けれど最近では毎日誰かしらは噂を聞いて買いにくるようになったと店主はご機嫌だった。あまりにも売れないから店の隅に追いやっていたが、今では一番の売れ筋としてカウンター前に陳列棚を移動させたくらいだ。
「杖を使うと、そんなに違うのか?」
武具屋の店主にあるまじき問いだったが、魔力の無い彼には自然な疑問だった。
「魔力が広がりやすいタイプだと、杖で照準を絞ると威力が上がるんです」
「ほー、なるほどねぇ」
客から聞かれても何て答えたらいいのか分からなくて困ってたんだよ、としきりに感心している。実際のところ、どの杖が良いんだとも聞かれたが、ジークもさすがにそこまでは分からない。持ちやすさで決めればいいんじゃないかと適当に答えておいた。
店主に勧められるままに鍛錬用の剣をタダで貰って、ジークは店を後にする。店の中でティグはおとなしく抱かれていたが、常に顔を出し、時にはローブの隙から手を伸ばして気になるものを突いたりしていた。
武具屋を出た後はそのまま宿屋に猫を送り届け、いつも通りにジークは一人でギルドに討伐報告に向かった。言われてみれば、ギルド周辺ですれ違った魔法使いの何人もが杖を手にしている。ほんの数日前までは杖を持つ魔法使いの姿なんて全くなかったのに。
マックスとエルは、一体どれだけ吹聴して回ったのだろうか。
「やあ、ジーク」
呼ばれて振り向くと、魔法使いのマックスだ。片手に持った杖を見せるように掲げるとニヤリと笑っている。
「実際に使ってみて、どう?」
「ジークが言った通り、威力は上がったし、小型なら一撃だ」
エルも杖を買ってたぜ、と付け加える。あの後、武具屋で鉢合わせし、二人して似たような杖を買ってしまったと照れくさそうに言う。
「武具屋に行くことがあったら、角の店に行きな。ジークならサービスして貰えるかも」
え、なんで? との問いかけには、大笑いで返された。行けば分かる、と。手を振って仲間のところへ戻って行くマックスに、ジークは首を傾げた。彼の言う店にはこれまで訪れた覚えはない。
「角の武具屋か……行ってみてもいいかな?」
「にゃーん」
フードに隠しながら抱いたティグの了解を得ると、検問所からほど近い店へと向う。鍛錬用の剣を探そうと思っていたところだ、丁度良い。
古い小さな武具屋はすぐに見つかった。あまり明るくない店の中にはぎっしりと商品が並んでいた。品数は多いが種類ごとに区分されていたので探しやすそうだ。
武具屋というからには剣や槍などの武器ばかりなのかと想像していたが、調理用ナイフなどの種類も豊富だった。冒険者御用達の店だけあって、野営時に必要な刃物も一通り揃っている。
幼い頃から弟と共に剣術の指南も受けてはいたが、魔力が目覚めてからは剣の方はそこまで真剣には向き合うことは無くなった。身体を動かしたい時にたまに振り回していた程度だ。いくら魔法が使えると言っても、体力が無ければ冒険者は勤まらない。基礎鍛錬用の模擬剣があればと店の中を見て回る。
「魔法使い用の杖なら、あっちの棚だよ」
店の中をウロウロと見回していると、店主らしき老人が奥の棚を指さす。歳をとってはいるが、鍛えられた身体をしているところを見ると、元は冒険者か狩人だろうか。体格からすると大剣持ちあたりだろう。
「あ、いや。鍛錬用の剣があれば」
「魔法使いが、か?」
どう見ても魔法使いなのにと、ジークの恰好を上から下までジロリと眺め見る。そして、彼のローブの中からちょこんと顔を出した縞々の獣と目が合い、ギョッとした顔をする。
「なんだ、そいつ?!」
「虎の子供です。俺の契約獣」
なんだ契約獣か、と胸を撫でおろしながら、ふと気付く。虎の話はどこかで聞いたことがあったなと、しばし視線を天井に移して記憶を巡ってみる。
「ああ、虎を連れた魔導師って、あんたか」
魔導師なら何でもありなんだな、と妙な納得をしたようで、鍛錬用の模擬剣が並ぶ棚へと案内される。長さも重量も様々な木製の剣が立て掛けられた棚は、店の片隅にひっそりとあった。
ジークはその中から手頃な長さの剣を手に持ち、順に重さを確かめていく。以前に使っていた物と近い物があれば、それが一番扱い易いはずだ。
「一本サービスしてやるから、好きなの持ってってくれや」
「え、なんで?」
「あんたなんだろ? ギルドの魔法使いに杖を持つように勧めてるのって」
数日前からひっきりなしに魔法使いが杖を買いにくるから何事かと聞いてみると、ギルドNo.1の魔導師に杖を使うように勧められたとか、実際に杖を使った奴から魔法の威力が上がった話を聞いたとか、そういうのばかりだった。
「今までは置いてても全く売れてなかったのに、おかげで最近は杖ばかり売れてるよ」
元々から魔法使いが少ない上に、杖無しがほとんどだったから不良在庫になりかけていた。けれど最近では毎日誰かしらは噂を聞いて買いにくるようになったと店主はご機嫌だった。あまりにも売れないから店の隅に追いやっていたが、今では一番の売れ筋としてカウンター前に陳列棚を移動させたくらいだ。
「杖を使うと、そんなに違うのか?」
武具屋の店主にあるまじき問いだったが、魔力の無い彼には自然な疑問だった。
「魔力が広がりやすいタイプだと、杖で照準を絞ると威力が上がるんです」
「ほー、なるほどねぇ」
客から聞かれても何て答えたらいいのか分からなくて困ってたんだよ、としきりに感心している。実際のところ、どの杖が良いんだとも聞かれたが、ジークもさすがにそこまでは分からない。持ちやすさで決めればいいんじゃないかと適当に答えておいた。
店主に勧められるままに鍛錬用の剣をタダで貰って、ジークは店を後にする。店の中でティグはおとなしく抱かれていたが、常に顔を出し、時にはローブの隙から手を伸ばして気になるものを突いたりしていた。
武具屋を出た後はそのまま宿屋に猫を送り届け、いつも通りにジークは一人でギルドに討伐報告に向かった。言われてみれば、ギルド周辺ですれ違った魔法使いの何人もが杖を手にしている。ほんの数日前までは杖を持つ魔法使いの姿なんて全くなかったのに。
マックスとエルは、一体どれだけ吹聴して回ったのだろうか。