宿屋の狭いベッドで身を寄せ合うように眠っていたジークと猫が目を覚ましたのは、外が完全に暗くなった頃だった。
彼らと同じようにここを拠点としている冒険者の何人かは帰ってきたようで、耳を澄ませば話し声も聞こえてくる。まあ、基本的には依頼が終わって真っ直ぐ帰ってくるやつは少数派。ほとんどは深夜に酔っ払って帰ってくるか、酔い潰れて外で寝てしまっての朝帰りだ。冒険者の生活は不規則決まりない。
部屋の扉を叩く音に気付いて、ジークは壁の燭台を灯した。
「こんばんはー」
聞こえてきたのは幼い女の子の声。宿屋の一人娘のエリーだろうかと、起き上がって扉を開けば、綺麗に結われた二つのおさげの少女が緊張した面持ちで立っていた。
「やあ、エリー」
「お母さんが、魔石のお礼にって」
そういって料理を乗せた大きなトレーを差し出してくる。ジークが礼を言って受け取ると、普段の人懐っこい笑顔をようやく見せた少女は、落とさずに無事に届けられたとホッとしているようだった。小さな身体で重い料理を持って階段を上がってくるのは大変だっただろう。
湯気の立つ作り立ての夕食の香りに、すぐさまティグが反応しているのが背後で分かった。
「こんなにいっぱい、一人で食べられるの?」
皿にこんもりと盛り付けられた料理に、エリーは純粋に驚いているようだった。ティグと分ける為にいつも昼食を二人前頼むから、差し入れもそれに見合う量を用意してくれたようだ。
「あー、うん。食べれるよ」
「ねえねえ、あれ、何?」
適当に答えるジークの脇から部屋の中を覗くと、ベッドの上にいる見たこともない獣の姿が目に入った。茶色の縞模様の方も、目を丸くしてこちらを向いている。
「えっと……虎の子供、だよ。俺の契約獣の」
「へー」
子供の好奇心に火が付いたのが分かった。エリーの視線は完全にティグに固定されている。もっと近くで見たいとウズウズしてるのが見て取れた。
「いつもお腹に隠してたのって、あの子?」
「え?」
「お洋服の中に入れてたでしょ?」
子供の観察眼には叶わないなと、ジークは諦めてエリーを中へと入れてやる。バレてるのならしょうがない。猫も嫌がっている様子はないから大丈夫だろう。
「にゃーん」
興味津々で近付いて来た少女に、ティグは愛想良く挨拶をすると、ストンとベッドから降りて、エリーの脚をクンクンと嗅ぎ始める。初めて見る縞々の獣のことを怖がっている様子はないが、少女は動かずにじっと見ている。
「触っても、大丈夫?」
ジークが穏やかに頷いたのを確認すると、恐る恐る手を伸ばしてみる。差し出された小さな手に猫は丸い頭を擦り付けた。その仕草と感触に、エリーはふぁぁと感嘆の表情を見せる。
「ふわふわ……」
しゃがみ込んで、毛並みの良い背中も撫でてみる。ふんわりと温かい触り心地に思わず笑みが漏れた。ティグもまんざらでもない顔をして、少女に身体を擦り寄せていた。
エリー達の様子を見ながら、ジークは差し入れてもらった夕食を取り分けていく。遊び相手がいる内は食べないだろうと、ティグの分は別の皿に除けてから先に一人で料理を口にした。猫と一緒だと食堂の利用もなかなか難しいから、つい屋台のテイクアウトが中心になっていた。作り立ての夕食は久しぶりだ。
「エリー、もうお手伝いはいいのか?」
「うん、大丈夫。食べ終わるの待っててあげるよ」
食べ終わるまで戻らないよ、と暗に宣言されてしまい、ジークは思わず噴き出した。なら、たっぷり遊べるように、ゆっくり食べてあげないとな、と。
揺れるおさげが気に入ったらしく、ティグは必死でじゃれついている。柔らかな肉球の攻撃に、少女は声を出して笑っている。
「この子のお父さんとお母さんは?」
「さあ。俺が出会った時にはティグしかいなかったから」
当たり前なことなのに、これまで一度も考えたことが無かった。ティグは森の中で一匹で生きていたのだろうか。家族や仲間はいなかったのだろうか。
「迷子だったのかな?」
そうかもね、と答えると、エリーは可哀そうにとティグの頭を慰めるように撫でていた。
ジークが食べ終えると、空になったトレーを抱えてエリーは名残惜しそうに厨房へ戻って行った。去り際に「また遊びに来ていい?」としつこく聞いてきたので、間違いなくまた来る気だ。
洋服が猫の毛だらけになったのを、叱られないと良いのだけれど……。
エリーの話だと、女将もジークが何かを連れ込んでいることには気付いているらしい。今頃、娘から虎の子供がいたと聞いて驚いているだろうか。否、あの女将のことだ、他の冒険者からジークに契約獣がいることはとっくに聞いているかもしれない。実際には虎じゃなし、契約獣でもないけれど。
いっぱい遊んでお腹が空いたのか、ティグは取り分けておいた料理をあむあむと貪っていた。
彼らと同じようにここを拠点としている冒険者の何人かは帰ってきたようで、耳を澄ませば話し声も聞こえてくる。まあ、基本的には依頼が終わって真っ直ぐ帰ってくるやつは少数派。ほとんどは深夜に酔っ払って帰ってくるか、酔い潰れて外で寝てしまっての朝帰りだ。冒険者の生活は不規則決まりない。
部屋の扉を叩く音に気付いて、ジークは壁の燭台を灯した。
「こんばんはー」
聞こえてきたのは幼い女の子の声。宿屋の一人娘のエリーだろうかと、起き上がって扉を開けば、綺麗に結われた二つのおさげの少女が緊張した面持ちで立っていた。
「やあ、エリー」
「お母さんが、魔石のお礼にって」
そういって料理を乗せた大きなトレーを差し出してくる。ジークが礼を言って受け取ると、普段の人懐っこい笑顔をようやく見せた少女は、落とさずに無事に届けられたとホッとしているようだった。小さな身体で重い料理を持って階段を上がってくるのは大変だっただろう。
湯気の立つ作り立ての夕食の香りに、すぐさまティグが反応しているのが背後で分かった。
「こんなにいっぱい、一人で食べられるの?」
皿にこんもりと盛り付けられた料理に、エリーは純粋に驚いているようだった。ティグと分ける為にいつも昼食を二人前頼むから、差し入れもそれに見合う量を用意してくれたようだ。
「あー、うん。食べれるよ」
「ねえねえ、あれ、何?」
適当に答えるジークの脇から部屋の中を覗くと、ベッドの上にいる見たこともない獣の姿が目に入った。茶色の縞模様の方も、目を丸くしてこちらを向いている。
「えっと……虎の子供、だよ。俺の契約獣の」
「へー」
子供の好奇心に火が付いたのが分かった。エリーの視線は完全にティグに固定されている。もっと近くで見たいとウズウズしてるのが見て取れた。
「いつもお腹に隠してたのって、あの子?」
「え?」
「お洋服の中に入れてたでしょ?」
子供の観察眼には叶わないなと、ジークは諦めてエリーを中へと入れてやる。バレてるのならしょうがない。猫も嫌がっている様子はないから大丈夫だろう。
「にゃーん」
興味津々で近付いて来た少女に、ティグは愛想良く挨拶をすると、ストンとベッドから降りて、エリーの脚をクンクンと嗅ぎ始める。初めて見る縞々の獣のことを怖がっている様子はないが、少女は動かずにじっと見ている。
「触っても、大丈夫?」
ジークが穏やかに頷いたのを確認すると、恐る恐る手を伸ばしてみる。差し出された小さな手に猫は丸い頭を擦り付けた。その仕草と感触に、エリーはふぁぁと感嘆の表情を見せる。
「ふわふわ……」
しゃがみ込んで、毛並みの良い背中も撫でてみる。ふんわりと温かい触り心地に思わず笑みが漏れた。ティグもまんざらでもない顔をして、少女に身体を擦り寄せていた。
エリー達の様子を見ながら、ジークは差し入れてもらった夕食を取り分けていく。遊び相手がいる内は食べないだろうと、ティグの分は別の皿に除けてから先に一人で料理を口にした。猫と一緒だと食堂の利用もなかなか難しいから、つい屋台のテイクアウトが中心になっていた。作り立ての夕食は久しぶりだ。
「エリー、もうお手伝いはいいのか?」
「うん、大丈夫。食べ終わるの待っててあげるよ」
食べ終わるまで戻らないよ、と暗に宣言されてしまい、ジークは思わず噴き出した。なら、たっぷり遊べるように、ゆっくり食べてあげないとな、と。
揺れるおさげが気に入ったらしく、ティグは必死でじゃれついている。柔らかな肉球の攻撃に、少女は声を出して笑っている。
「この子のお父さんとお母さんは?」
「さあ。俺が出会った時にはティグしかいなかったから」
当たり前なことなのに、これまで一度も考えたことが無かった。ティグは森の中で一匹で生きていたのだろうか。家族や仲間はいなかったのだろうか。
「迷子だったのかな?」
そうかもね、と答えると、エリーは可哀そうにとティグの頭を慰めるように撫でていた。
ジークが食べ終えると、空になったトレーを抱えてエリーは名残惜しそうに厨房へ戻って行った。去り際に「また遊びに来ていい?」としつこく聞いてきたので、間違いなくまた来る気だ。
洋服が猫の毛だらけになったのを、叱られないと良いのだけれど……。
エリーの話だと、女将もジークが何かを連れ込んでいることには気付いているらしい。今頃、娘から虎の子供がいたと聞いて驚いているだろうか。否、あの女将のことだ、他の冒険者からジークに契約獣がいることはとっくに聞いているかもしれない。実際には虎じゃなし、契約獣でもないけれど。
いっぱい遊んでお腹が空いたのか、ティグは取り分けておいた料理をあむあむと貪っていた。