歩夢はあいつと何回もリフトに乗った。さっき歩夢が転んだ時、歩夢を助けたのもあいつだし。
俺じゃなくて――。
最近の歩夢は俺よりもあいつと一緒にいる時間が多い。それだけでもなんかムカつくのに、実際に目の前で仲良くしている姿を見ていたら……。
『 もっとムカつくー!』って雪山を滑っている時、心の中でおもいきり叫んだ。
今日のスキーだってあいつが来ること、俺だけが知らなかった。知ったのは朝、あいつの姿を見た時だし。
はぁ……。ふたりで滑った方が楽しいのに。
俺と歩夢の間にいきなり割り込んでくるなよ。今年はあいつがいるからつまらん!
ずっとそんなことをもやもや考えていた。
そしてリフトに乗るのがラストの時「最後、俺と乗ろ」って、気がついたら誘っていて、歩夢といつの間にかリフトに乗っていた。
歩夢に恋人が出来た辺りから、今までの歩夢とは違う歩夢に見えてきていた。
今まではずっと弟のような、小さい頃の歩夢のままだったのに、急に成長して大人に近づいて。俺の手の中にいた歩夢がするりと手の隙間から抜けていき、遠くに歩いていっている気がした。
リフトにふたりで乗った時も今までと違う感じだった。今までは普通に会話出来ていたのに。
隣にいる歩夢を意識すればするほど、話し方を忘れたみたいに、何も言葉が出てこなくて。なんか胸の鼓動も早くなって、心がバグってた。
ホテルに着いた。
スマホの時計を確認すると15時。
今日泊まるホテルは山の中にあって、ちょっと古めなホテル。くすんだ白い色をしていて結構大きい。
幼稚園に通っていたころから家族ごとに泊まる部屋を分けていた。けれど歩夢が中学になった時だったか「子供たち一緒の部屋にした方が子供たちは楽しめるかもね」って親が言って。歩夢と俺の両親それぞれと、俺と歩夢の部屋、3部屋に分かれるようになった。
今回俺たちの部屋は2人じゃなくて、あいつも含めての3人。
部屋は5階にある和室だった。部屋の入口すぐ近くにトイレとかがあって、進むと低いテーブルが置いてある畳の部屋。そして窓側は木の床になっていて、背の高いテーブルと肘掛けつきの椅子がふたつ向かい合わせに置いてあった。
部屋は古い独特の匂いがする。ここのホテルには何回か泊まりに来ていて、その匂いを昔、歩夢が「怜くんっぽい匂いがしてこの部屋好きかも」って言っていた。だから俺もこういう匂いが好きになった。
夕ご飯はレストランでバイキング。時間が来るまで部屋で休むことにした。歩夢たちふたりは窓側にある椅子に座りながらスマホのゲームをしていた。俺は畳のとこにある低いテーブルの座椅子に腰掛けスマホを見ている。
いつもみたいにダンス動画をながしているけど、全く集中できない。俺の視線はスマホを通らないで歩夢たちの方へ行く。
「ここのクエスト、火系の敵多いらしいから、水系の武器防具で行けば強いと思う。だから歩夢くんの装備は――」
俺にはさっぱり分からないゲームの単語とかも会話に出てきて、聞いていてもよく分からない。
このまま部屋にいるのが苦痛だった。ひとりになりたい気分になって部屋を出て、ひとりで温泉に入った。それでも夕食の時間までまだ時間がある。お土産売り場の近くにあった、古めのゲームがいくつか置いてあるコーナーでUFOキャッチャーとかして、適当に時間をつぶした。
夕飯は1階のレストランでバイキング。大きな広場で大きな窓があって外の雪景色がはっきりと見える。俺らは人混みを通り抜けて窓側の席に案内され、窓側から俺、歩夢、あいつの順番に座った。俺の向かいには俺の両親、その横に歩夢の両親が並んだ。
母さんが「やっぱりバイキングって性格でるのかなぁ?」って、俺ら子供のおかずを見比べた。視線につられて俺もお皿の中を見比べる。
俺は全体的におかずの量が多い。揚げ物ばかりのおかずの他に、お刺身のエビやサーモン、そして白ご飯と味噌汁がちょびっと。好きなものを中心に盛った。歩夢はウインナーやオムレツ、からあげと混ぜご飯に味噌汁。ちょっとお皿の上がぐちゃぐちゃ。食べ切れるのかな?ってぐらいの量。あいつの皿は、漬物や豆腐……和食洋食中華。今日あるメニューのほぼ全部のおかずが均等に盛り付けられている。
「これで人間分析出来たりするのかなぁ?」と歩夢の母親が言うと、うちの母さんが「なんか出来そうじゃない?」って言いだして分析を始めた。
俺の盛り方は好きなものに一途。歩夢は深く考えるのが苦手で流れるまま生きる、らしい。
「悠生くんの盛り方は大人だね」とか「バランス安定してるね」とか。親たちがべた褒めしていた。
歩夢が「うんうん、分かる」ってあいつの分析に対してうなずくから、俺は心の中で舌打ちをした。
本当に当たってるのかこの分析。
俺は一途とか言われたけど、おかず結構な種類皿に盛ってるし。
「あれ? エビフライあった?」
歩夢が親たちの話をさえぎり、あいつのお皿を覗く。
「あったよ。歩夢くん食べたかったの?」
「うん。エビフライ好きなの。あったんだ……見つけられなかったなぁ。取りに行ってこようかな?」
「これ、歩夢くんにあげるよ」
「いいの? ありがとう! 優しいね、悠生くん」
歩夢の顔をちらっと覗くと、目を輝かせていた。
目の前でいちゃいちゃ。
あいつのエビフライは1本しかお皿にないけど、俺なんて3本もあるんだからな。歩夢が欲しいって言えば、全部あげるのに――。
ご飯を食べ終えると、部屋に戻った。
「歩夢くん、ちょっと休憩したら温泉に行く?」
「そうだね。怜くんは?」
「俺は――」
歩夢とあいつは少し休んでから、部屋に置いてあった浴衣やタオルの準備を始める。そしてふたりで温泉に行った。俺はあいつらと一緒に行っても、自分だけ浮いて虚しくなる予感しかしなくて。聞かれたけど「さっき入ったから、俺は行かないわ」って答えた。歩夢と旅行に来て一緒に温泉に入らなかったのはこれが初めてだ。
俺らがご飯を食べている時にホテルの人が引いてくれた布団。そこにごろんとしながら、歩夢とあいつのことについて考えていた。
――歩夢が完全に離れていったら俺、生きていけるのかな。
今頭に浮かんだ言葉は大げさかもしれない。生きていけるとは思う。だけど歩夢がそばにいないことを想像したら、心が本当に痛い。
目を閉じているとふかふかな枕と布団が気持ちよくて眠りそうになった。ちょうどそのタイミングでドアが開く音と、歩夢たちの声がしたから目を開けて、布団の上に座った。
「歩夢くん、部屋で休んでて?」
「うん、迷惑かけてごめんね」
「大丈夫だよ、歩夢くん。迷惑じゃないから」
あいつが消え、歩夢だけが部屋に入ってきた。歩夢はふらついていた。
「歩夢、どうした?」
「温泉に長く入りすぎちゃって、のぼせちゃったみたい」
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
「水飲むか?」
布団を引くため奥に追いやられたテーブルの上には、出しっぱなしの水のペットボトルがあった。歩夢が布団の上に座り、俺は水をコップに入れようとして立ち上がる。
「あ、今ね、悠生くんが冷たいお茶を買って、氷も持ってきてくれるって」
「……そうなんだ」
悠生くん、悠生くん、悠生くん……。
あれもこれも悠生くん。
「歩夢は、俺がいなくても生きていけそうだな」
「……怜くん、何を言っているの?」
〝俺がいなくても生きていけそう〟
自分で言ったその言葉はあっという間に尖っていき、自分の深い部分に突き刺さってきた。
歩夢の質問には答えられなくて、今の表情を歩夢に見せたくなくて。俺は歩夢に背を向けた。
俺じゃなくて――。
最近の歩夢は俺よりもあいつと一緒にいる時間が多い。それだけでもなんかムカつくのに、実際に目の前で仲良くしている姿を見ていたら……。
『 もっとムカつくー!』って雪山を滑っている時、心の中でおもいきり叫んだ。
今日のスキーだってあいつが来ること、俺だけが知らなかった。知ったのは朝、あいつの姿を見た時だし。
はぁ……。ふたりで滑った方が楽しいのに。
俺と歩夢の間にいきなり割り込んでくるなよ。今年はあいつがいるからつまらん!
ずっとそんなことをもやもや考えていた。
そしてリフトに乗るのがラストの時「最後、俺と乗ろ」って、気がついたら誘っていて、歩夢といつの間にかリフトに乗っていた。
歩夢に恋人が出来た辺りから、今までの歩夢とは違う歩夢に見えてきていた。
今まではずっと弟のような、小さい頃の歩夢のままだったのに、急に成長して大人に近づいて。俺の手の中にいた歩夢がするりと手の隙間から抜けていき、遠くに歩いていっている気がした。
リフトにふたりで乗った時も今までと違う感じだった。今までは普通に会話出来ていたのに。
隣にいる歩夢を意識すればするほど、話し方を忘れたみたいに、何も言葉が出てこなくて。なんか胸の鼓動も早くなって、心がバグってた。
ホテルに着いた。
スマホの時計を確認すると15時。
今日泊まるホテルは山の中にあって、ちょっと古めなホテル。くすんだ白い色をしていて結構大きい。
幼稚園に通っていたころから家族ごとに泊まる部屋を分けていた。けれど歩夢が中学になった時だったか「子供たち一緒の部屋にした方が子供たちは楽しめるかもね」って親が言って。歩夢と俺の両親それぞれと、俺と歩夢の部屋、3部屋に分かれるようになった。
今回俺たちの部屋は2人じゃなくて、あいつも含めての3人。
部屋は5階にある和室だった。部屋の入口すぐ近くにトイレとかがあって、進むと低いテーブルが置いてある畳の部屋。そして窓側は木の床になっていて、背の高いテーブルと肘掛けつきの椅子がふたつ向かい合わせに置いてあった。
部屋は古い独特の匂いがする。ここのホテルには何回か泊まりに来ていて、その匂いを昔、歩夢が「怜くんっぽい匂いがしてこの部屋好きかも」って言っていた。だから俺もこういう匂いが好きになった。
夕ご飯はレストランでバイキング。時間が来るまで部屋で休むことにした。歩夢たちふたりは窓側にある椅子に座りながらスマホのゲームをしていた。俺は畳のとこにある低いテーブルの座椅子に腰掛けスマホを見ている。
いつもみたいにダンス動画をながしているけど、全く集中できない。俺の視線はスマホを通らないで歩夢たちの方へ行く。
「ここのクエスト、火系の敵多いらしいから、水系の武器防具で行けば強いと思う。だから歩夢くんの装備は――」
俺にはさっぱり分からないゲームの単語とかも会話に出てきて、聞いていてもよく分からない。
このまま部屋にいるのが苦痛だった。ひとりになりたい気分になって部屋を出て、ひとりで温泉に入った。それでも夕食の時間までまだ時間がある。お土産売り場の近くにあった、古めのゲームがいくつか置いてあるコーナーでUFOキャッチャーとかして、適当に時間をつぶした。
夕飯は1階のレストランでバイキング。大きな広場で大きな窓があって外の雪景色がはっきりと見える。俺らは人混みを通り抜けて窓側の席に案内され、窓側から俺、歩夢、あいつの順番に座った。俺の向かいには俺の両親、その横に歩夢の両親が並んだ。
母さんが「やっぱりバイキングって性格でるのかなぁ?」って、俺ら子供のおかずを見比べた。視線につられて俺もお皿の中を見比べる。
俺は全体的におかずの量が多い。揚げ物ばかりのおかずの他に、お刺身のエビやサーモン、そして白ご飯と味噌汁がちょびっと。好きなものを中心に盛った。歩夢はウインナーやオムレツ、からあげと混ぜご飯に味噌汁。ちょっとお皿の上がぐちゃぐちゃ。食べ切れるのかな?ってぐらいの量。あいつの皿は、漬物や豆腐……和食洋食中華。今日あるメニューのほぼ全部のおかずが均等に盛り付けられている。
「これで人間分析出来たりするのかなぁ?」と歩夢の母親が言うと、うちの母さんが「なんか出来そうじゃない?」って言いだして分析を始めた。
俺の盛り方は好きなものに一途。歩夢は深く考えるのが苦手で流れるまま生きる、らしい。
「悠生くんの盛り方は大人だね」とか「バランス安定してるね」とか。親たちがべた褒めしていた。
歩夢が「うんうん、分かる」ってあいつの分析に対してうなずくから、俺は心の中で舌打ちをした。
本当に当たってるのかこの分析。
俺は一途とか言われたけど、おかず結構な種類皿に盛ってるし。
「あれ? エビフライあった?」
歩夢が親たちの話をさえぎり、あいつのお皿を覗く。
「あったよ。歩夢くん食べたかったの?」
「うん。エビフライ好きなの。あったんだ……見つけられなかったなぁ。取りに行ってこようかな?」
「これ、歩夢くんにあげるよ」
「いいの? ありがとう! 優しいね、悠生くん」
歩夢の顔をちらっと覗くと、目を輝かせていた。
目の前でいちゃいちゃ。
あいつのエビフライは1本しかお皿にないけど、俺なんて3本もあるんだからな。歩夢が欲しいって言えば、全部あげるのに――。
ご飯を食べ終えると、部屋に戻った。
「歩夢くん、ちょっと休憩したら温泉に行く?」
「そうだね。怜くんは?」
「俺は――」
歩夢とあいつは少し休んでから、部屋に置いてあった浴衣やタオルの準備を始める。そしてふたりで温泉に行った。俺はあいつらと一緒に行っても、自分だけ浮いて虚しくなる予感しかしなくて。聞かれたけど「さっき入ったから、俺は行かないわ」って答えた。歩夢と旅行に来て一緒に温泉に入らなかったのはこれが初めてだ。
俺らがご飯を食べている時にホテルの人が引いてくれた布団。そこにごろんとしながら、歩夢とあいつのことについて考えていた。
――歩夢が完全に離れていったら俺、生きていけるのかな。
今頭に浮かんだ言葉は大げさかもしれない。生きていけるとは思う。だけど歩夢がそばにいないことを想像したら、心が本当に痛い。
目を閉じているとふかふかな枕と布団が気持ちよくて眠りそうになった。ちょうどそのタイミングでドアが開く音と、歩夢たちの声がしたから目を開けて、布団の上に座った。
「歩夢くん、部屋で休んでて?」
「うん、迷惑かけてごめんね」
「大丈夫だよ、歩夢くん。迷惑じゃないから」
あいつが消え、歩夢だけが部屋に入ってきた。歩夢はふらついていた。
「歩夢、どうした?」
「温泉に長く入りすぎちゃって、のぼせちゃったみたい」
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
「水飲むか?」
布団を引くため奥に追いやられたテーブルの上には、出しっぱなしの水のペットボトルがあった。歩夢が布団の上に座り、俺は水をコップに入れようとして立ち上がる。
「あ、今ね、悠生くんが冷たいお茶を買って、氷も持ってきてくれるって」
「……そうなんだ」
悠生くん、悠生くん、悠生くん……。
あれもこれも悠生くん。
「歩夢は、俺がいなくても生きていけそうだな」
「……怜くん、何を言っているの?」
〝俺がいなくても生きていけそう〟
自分で言ったその言葉はあっという間に尖っていき、自分の深い部分に突き刺さってきた。
歩夢の質問には答えられなくて、今の表情を歩夢に見せたくなくて。俺は歩夢に背を向けた。