『怜くんが僕に依存する』
願いを書いた紙をピンク色の小さなお守り袋に入れた。
効果はあるのかな?
***
今、高校2年で僕よりも一歳年上の幼なじみ怜くんと、僕が生まれる前からあったラーメン屋に来ていた。他のお客さんはいなくて、僕たちとラーメンの湯気、テレビの中でニュースの原稿を読み上げている女の人だけが動いている。
「ねぇ、僕といるのつまらない?」
怜くんに訊いた。
「いや、そんなことないよ」
そう言いながら怜くんは僕と視線を一切合わせずに醤油ラーメンの麺をすすりながらスマホをいじっていた。
怜くんのスマホがうやらましい。いつも見つめられていて……僕はスマホに嫉妬をしていた。
――怜くん、スマホじゃなくて僕に依存してよ。
園田怜くんとは小さな頃から家が隣同士の、僕の幼なじみ。親同士も仲良くて、うち、小谷家と園田家は家族ぐるみの付き合いをしていた。一緒に旅行に行ったり、クリスマスやらイベントも一緒にしたり。
僕は小さな頃から怜くんに憧れていた。すごくカッコよくて、僕と違って何でも出来て……。たくさん一緒にいてくれて、ひとりじめ出来る時間が多くて、それだけで贅沢で満足だった。だけど最近はスマホに怜くんが奪われている気がして、ちょっと、いや、結構悔しい。
12月になったばかりの休みの日「寒いから一緒にラーメン食いに行こ?」って誘ってくれて、一緒に近所のラーメン屋に来た。
そして今、誘われたのに会話はなくて。怜くんはスマホばっかりいじっていた。
「怜くんはいつもスマホで何見てるの?」
「ダンス動画だよ。そしてよかった動画にはコメントをしたり、あとは漫画とかかな……」
会話しているのに怜くんの視線はスマホに釘付け。
僕のこともっと見て欲しいけど、スマホの方が怜くんにとって魅力あるんだろうなぁ。
僕もスマホをカバンから取り出した。ちなみにスマホを使うのは、怜くんと連絡とるぐらいかな? あとは家族と連絡取るぐらい? 他はいつもカバンかポケットにしまってある。
自分のスマホを見つめてもつまらない。再びカバンにしまうと怜くんとお揃いの醤油ラーメンの麺をすすった。
「雪の時期のラーメンって、あったかくて特に美味しく感じるよね」
「そうだね」
返事はしてくれるけれど、怜くんの視線は相変わらずスマホ。
怜くんがスマホを持ったのは僕が中学1年生、怜くんが中学2年生くらいの時。その時はまだ僕の目を見て話してくれていた。
その時を思い出すたびになんだか寂しくなる。
先にラーメンを食べ終えた僕はじっとして怜くんが食べ終わるのを待っている。なんか怜くんとスマホはふたりだけの世界にいて、カップルみたいだ。怜くんは食べ終わってもスマホをぽちぽちしている。
「よし、帰るか?」
「うん」
スマホの用事が終わったらしい。
怜くんがバイトで稼いだお金でいつも奢ってくれる。
今日も怜くんがお金を払ってくれて。払い終わると店を出た。
「怜くんって、スマホ大好きだよね?」
「そっか? 普通だけど」
怜くんは歩きながらスマホを手に持ち、チラッと覗いていた。
怜くんは、僕とスマホどっちかしか持てない?としたらどっちを選ぶんだろう。スマホを選んだ怜くんを想像したら胸が痛くなってきた。
「はぁ……」
あ、いけない。ため息を外に出しちゃった。怜くんに聞かれてないといいな。ため息は幸せを逃すって言われているけれど別のところでは気持ちをスッキリさせるみたいな話も聞いたことがある。
今、ちょっとだけスッキリとした気がした。
「ちょっと用事があるから、僕はここを曲がるね」
「用事って、何?」
怜くんはこっちを見た。
本当は、用事なんてないよ。暖かい家に帰って、ストーブの前でぬくぬくしたいよ。
だけどそんな嘘をつきたい時だってあるさ。僕のことを気にしてくれない怜くんには教えてあげない。
「内緒」
「はっ? 何それ……どこに行くんだよ」
ムッとした顔をした怜くん。
ちょっと予想外だったけれど、気にしてくれたのかな? 嬉しい。
「バイバイ、またね!」
そう言って僕は怜くんに背中を向けて、家とは反対方向に向かって歩いた。
ちらりと後ろを振り向くと、怜くんが立ち止まりじっとこっちを見ていた。再び前を向き、目的地はなかったから、なんとなく目の前に見えてきた小さな本屋に入った。
本屋に入って適当なコーナーへ行き本を眺めていると、中学の時は同じクラスで、最近は塾が一緒の同級生、悠生くんに声をかけられた。
「あ、歩夢くんだ!」
「あれ、悠生くん」
悠生くんはみんなに優しくできるタイプの人だった。委員長にも選ばれたりして、周りからも信頼されていた。それに見た目が王子様みたいにイケメンだったから、モテモテ。もちろん僕にも優しく接してくれていた。
「歩夢くん、悩んでいるの?」
すごい悠生くん。だって、今僕が悩んでいるって分かっちゃったんだから。
「どうして分かったの?」
「だって、それ」
悠生くんは僕の目の前にある本たちを指さした。目の前には『恋の悩みを解決する系』の本が並んでいた。
なんにも考えないで店の中を歩いていたら無意識にこの本たちの前に来ていた。
「そうなの……」
悠生くんの安心感?みたいなのが伝わってきて、つい本音がポロリ。
「歩夢くんが悩んでいるの心配だなぁ。ちょっと話そっか? この本買ってくるから待ってて?」
悠生くんは重たそうな英語の参考書を3冊持っていて、レジに行った。僕は悠生くんのあとについて行った。
店を出ると、本屋の裏側にある悠生くんの家に行くことになった。
悠生くんはマンションの5階に住んでいる。エレベーターに乗るとふたりは無言。
勢いで悠生くんの家に行くことになったけれど、微妙だったかな?
悠生くんには優しくしてもらったりしていたけれど、そこまで深い話をする仲でもない。どっちかと言えば僕は人と深いことを話すのが苦手なタイプだし。
そう思いながら悠生くんをチラッと見ると微笑んでくれた。エレベーターを降り、悠生くんの住んでいるところに着いた。
「お邪魔します」
ドアを開けると悠生くんの部屋に直行した。部屋の中は綺麗で、なんか甘いような、悠生くんっぽい匂いがする。王子の匂いかな? でも僕は怜くんの匂いが1番好き。うちのばあちゃん家の匂いとバニラの匂いが合わさった感じなの。
どこに座ろうか迷っていると「そこに座っていいよ」と、悠生くんはベッドを指さした。座ると悠生くんも横に座った。
「悩みって、何?」
「あのね、好きな人がスマホに夢中なんだ……」
「……スマホに夢中?」
「そうなの。毎日スマホばっかり見てさぁ、もっと僕を見てほしいなって思って」
僕はかくかくしかじか説明をした。
「なるほどね、じゃあさ、まじないしない?」
「まじない?」
「うん。これ」
悠生くんが机からピンク色の小さな袋と紙、ボールペンを出した。
「紙に願い事を書いて袋に入れるの。それだけだよ」
「僕がそれをもらってもいいの?」
「いいよ、どうせ僕の願いは叶わない気がするからさ」
悠生くんはしゅんとした顔になった。つられて僕もしゅんとした気持ちになった。悠生くんにも叶えたいことがあるのかな?
「歩夢くんまで落ち込むことはないよ。よし、まじないを始めよう。まずは願い事を書いてね」
ボールペンと紙を渡されて僕は、机の上に紙を置き『怜くんが僕に依存する』と書いた。
そして願いを書いた紙をピンク色の小さなお守り袋に入れた。
効果はあるのかな?
再びベッドの上にふたり並ぶと、悠生くんがスマホのチェックを始めた。
「悠生くんはスマホで何かやってたりするの?」
「うーん、最近はゲームしてるかな。これなんだけどね……」
悠生くんがスマホを見せてくれた。なんか冒険するゲームらしい。
「歩夢くん、一緒にやる?」
ゲームかぁ……テレビ画面のゲームをやったことはある。最近はやってないなぁ。
やってみようかな?
「うん、やる」
「じゃあ、まずはアプリをダウンロードして……」
「ダウンロード? なんか難しそう。おまかせしていい?」
悠生くんにスマホを渡した。
横からチラリと覗き込んだ。
悠生くんは、慣れた手つきでアプリをダウンロードして、設定もしてくれている。
「キャラ、何がいい?」
攻撃魔法の得意なキャラ、剣で攻撃するキャラとか……いっぱいある。ちなみに悠生くんは勇者。うん、悠生くんっぽいな。
一覧全てをチェックしてみた。
キャラクターの種類、10以上はある。
「じゃあ、この白魔法使いにする」
白魔法使いは主に回復やパーティーメンバーの攻撃力を強化したりする補助的な役割をする。僕は攻撃とか上手く出来なさそうだし。これがいいなとすぐに決まった。
「なんか歩夢くんっぽいね」
「そう?」
「どんなところが自分っぽいんだろう。攻撃上手くなさそうだったり、みんなの後ろにいそうなところとかかなぁ」
なんて言っていたら「癒し系なところが歩夢くんっぽくて、あとは回復魔法も使えそうなところかな」って教えてくれた。
悠生くんのパーティーに招待してくれた。招待されると、仲間になるから一緒に冒険が出来るみたい。細かい設定も色々やってくれて、ゲームで快適に遊べるようにしてくれた。
最初は戦う練習みたいな感じで。
弱い敵が出てきてすぐにクリアした。
「やったー!」と喜びながら画面を見ていると悠生くんがこっちをじっと見ている感じがした。今だけじゃなくて、多分さっきからいっぱいこっちを見ている。
悠生くんを見ると、やっぱりこっちを見つめていた。僕が首をかしげると悠生くんが「可愛いな」って微笑みながら僕の頬を触り呟いてきた。
あれ? おかしいなぁ。
顔がなぜか熱くなった。
「あ、ごめんね」
慌てて悠生くんは僕の頬から手を離した。
「大丈夫だよ! そろそろ帰ろうかな?」
大丈夫だよって言いながらも、悠生くんから離れようとして急いで立ち上がっている自分。
帰る準備をすると、外まで送ってもらった。
「まじない上手くいくか知りたいから、もしめんどうじゃなかったらLINEでどんな状況かとか送ってね?」
「気にしてくれて、ありがとう」
「いえいえ、悩みごとでもなんでもまた聞くし。あと、暇な時、一緒にまたゲームやろうね! 離れていても一緒に出来るから」
「うん、LINEするね! またね!」
「バイバイ!」
僕が帰る方向を向くと「待って!」と呼び止められた。
「歩夢くんのマフラー結び直していい?」
「マフラー?」
僕はうなずく。
いつも黒いダッフルコートを着て、適当に巻いている黒チェックのマフラー。悠生くんに結び方を直してもらったら、首元の温かさが増した。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「じゃあね、バイバイ!」
再び帰る方向を向いた。
まじないの願い、叶うかな?
悠生くんに細かく状況を連絡しなくちゃ。
一緒にラーメンを食いに行った日から、歩夢が変わった気がする。
秘密事をされたのは初めてで、正直、戸惑った。
歩夢はあの日、深いため息をついた。それだけじゃない……。
「内緒」と言い、家とは逆方向に向かっていった。
歩夢は小さい頃から本当の弟のようで、すごく大切な存在だった。
だから何かあればものすごく心配だった。この時も歩夢のことが心配になって……。
気がつけば尾行していた。
本屋に入っていき、何か欲しい本があっただけなのかと思いきや、人と出てきた。中学の時や塾に歩夢を迎えに行った時に見たことがある、歩夢の同級生でありイケメンな男と。
そして本屋の裏側へ歩いていき、マンションに入っていった。別に友達とかなら、会うのを俺に内緒にする必要なくね?
しばらく出てこなくて、寒い中ずっとぶるぶるして待っていた。しばらくするとふたりで外に出てきた。
俺はショックを受けた。
なぜなら最近全く見せてこない、歩夢のとびきりのスマイルをそいつに見せていたから。
それだけじゃない。
あの男は歩夢のマフラーを結び直し、ものすごく至近距離にいた。その光景はまるでカップルのようだった。
その日から歩夢は一緒にいる時、スマホをちょいちょい見るようになったんだ。今まで全く見ることがなかったのに。もしかして、あいつと連絡とりあってるのか?
イラッとした。
「歩夢、スマホで何してるの?」
「えっ? 友達とLINEしてる」
「友達とかぁ……どんな会話してるの?」
「ん、ふふふ……」
笑って濁した。やっぱりあいつと何かあるのか?
言えない会話なのか?
俺の歩夢なのに!!
歩夢が通っている塾のビルの近くに、俺がバイトしているケーキ屋がある。実はこの場所を選んだのは、時間が合えば塾終わりの歩夢と一緒に帰れると思ったからだ。
だって塾帰りの夜道は危険で、歩夢が心配だったから。
今日は12月29日。塾は年末年始休みっぽいから多分今年最後。お疲れ様の意味も込めて、歩夢の大好きなうちの店のチーズケーキを持ちながら、歩夢の塾が終わるのを待っていた。
通り過ぎる生徒たちが毎回こっちをチラチラ見てくる。自分で言うのもなんだけど、結構周りからはカッコイイと言われている。そしてよくチャラそうとも言われていて、ここにいるのが場違いだから俺は余計に視線を浴びてるんだろう。
他の生徒たちはどんどん出てくるのに歩夢は出てこない。ビルの中をちらっと覗いてみた。
「なっ……」
こないだのイケメンと至近距離でスマホを見せあっている。しかも歩夢は笑顔。
秘密事はするし、イケメンとこんな感じだし……。
胸の辺りがもやもやとした。
こんなもやもやは初めてだ。
苦しい……。
ふたりを見ていると、心が痛い。
この痛さを感じる現象はなんだろう……。
考えながら中にいる歩夢を見つめていると、視線を感じたのかこっちをみた。
この心の乱れを歩夢に見せてはいけない。歩夢にとって、余裕がある素敵なお兄さんでありたい。
――あぁ、でも心が……。
必死に平常心を装い「お疲れ様!」と右手を上げ軽く手を振った。すると歩夢が手を振り返してくれた。
微笑みながら小走りで歩夢が走ってきた。いつも俺の姿を見つけた時はこんな感じだ。
「よぅ、お疲れ様」
「怜くんもバイトお疲れ様!」
小柄でふわっとしたポメラニアンみたいな可愛い歩夢。
いつも思う、歩夢は誰よりも可愛い。
「歩夢くん、またね」
「うん。悠生くん、帰ったら連絡するね!」
歩夢の横にいたイケメンが歩夢に手を振り、歩夢もイケメンに手を振り返す。今までのふたりはそんな親しげじゃなかったのに。急に接近した感じだ。
「あの友達と、どんな話するんだ?」
「えっ、どんなって……。怜くんに言えないこともあるよ」
なぜか歩夢は照れくさそうに視線をそらしてきた。
いつも俺と一緒にいて、一番近くにいたはずの歩夢と心の距離を感じてきた。
俺が触れてはいけない、歩夢のプライベートゾーンが生まれてしまったのか。これ以上聞いちゃいけない気もしてきた。
「そういえば、明後日年越しそば食べに来るしょ?」
「うん、行くよ!」
微笑みながらそう言った歩夢の姿を見て安堵した。まだ一番近くにいるのは俺だ。
小さい頃からずっと、年末は歩夢の家族と一緒に過ごしている。
ふと思う。歩夢は俺の隣にいるのが当たり前だと思っていた。だけどいつか離れてしまうのか? 誰か別の人が歩夢の隣に……例えばさっき歩夢と親しげに話をしていた悠生とかいう名前のイケメンだとか。
俺以外のやつが歩夢の隣にいるなんて、考えるだけでしんど。
12月31日の夕方に小谷家の3人が俺の家に来た。
今年もいつも通りに歩夢と蕎麦を食べて、音楽番組を観てのんびり過ごせた。
「今日も一緒に夜更かしするだろ? 歩夢、そういえば去年は朝まで起きるって言ってたのにリビングのソファでいつの間にか寝てたよな」
去年、歩夢の親たちは先に家に帰って、俺の親たちも先に寝て。ふたりきりで一緒に夜中、テレビを観ながら過ごしていた。歩夢はうとうとしながらも「まだ起きていられるよ!」なんて強がっていた。だけど4時ぐらいに一緒に座っていたソファでクッションを抱きながら、いつの間にか眠っていた。
可愛いなと思いながら毛布をかけてあげて、俺はソファからおりて頭だけソファに置いて寝た。
23時。今もすでにふたりきりでリビングにいた。
「今年は自分の家に帰って早めに寝るよ」
「……はっ? なんで?」
「あのね、明日は朝から用事があるから」
「元旦早々、何の用事?」
「友達の家に行くの!」
「来年朝まで起きるのリベンジする!」って去年悔しそうに言っていたから、今年も朝まで一緒に起きてるのかなと思っていたのに。
1月1日に俺以外のやつと過ごすとか、信じられん。
「もしかして、友達って悠生って人?」
「うん、そうだよ!」
明るい声で答える歩夢。
「じゃあ、おみくじ引きにいかないの?」
毎年、年が明けた日の昼頃、一緒に行っている近所の神社。
今まで年末年始はずっと一緒にいたから、一緒に行くのが当たり前だと思っていた。
「あ、ちょっといつもより時間遅くなるかもだけど、一緒に行きたいな」
「……いや、無理しなくていいよ。別にその友達と行けばいいし」
寂しそうな表情をしながら無言な歩夢。
そんなこと言わなければよかった。
言ってしまったあと、めったにない微妙な空気がふたりの間に流れた。そして年が明け、観ていたテレビの中の芸能人たちが盛り上がっている時に歩夢は帰って行った。
盛り上がっている番組を観ていると、今の自分がなんか虚しくなってきたからテレビを消した。
冷たく言ってしまったのには理由があった。歩夢がトイレに行っている時、テーブルの上に置いてあった歩夢のスマホのバイブがなった。チラッと覗いたら画面に『悠生くん』って文字があった。それから歩夢は俺よりもスマホばっかり見ていた。多分あいつと言葉のやり取りをしていたのだろう。
いつ誰と過ごそうか、何をしようが歩夢の自由だ。俺以外の選択でも別にいいだろう。
――でもなんかイラッとした。
友達と行けばなんて、言わなければよかった。
歩夢が友達と神社に行って、あんなことになるなんて――。
昨日、怜くんは僕に対して冷たかった。
悠生くんとやっているスマホアプリのゲームで、一定時間無敵になれるレアアイテムや回復するアイテムの詰め合わせセットがもらえる、元旦限定クエストのイベントがあって。それを悠生くんとやって、終わったら怜くんとおみくじ引きに行きたかったのに。「友達といけば」って……。
「歩夢くん、どうしたの? 元気ない?」
今、僕は、悠生くんの家にいる。
着いてすぐに悠生くんは僕が元気ないことに気がついてくれた。
「実は毎年おみくじ引きに行ってたんだけど、今年はその一緒に行ってた人に、『友達といけば』って冷たく言われて……」
「そんなことがあって歩夢くんは元気がないんだね……ねぇ、じゃあ一緒に行こうよ」
「でも……」
怜くんと行きたかったけど冷たくされたし。だんだんと怜くんと僕の間の壁が厚くなってきている気がするなぁ。
結局レアアイテムを手に入れたら悠生くんと一緒に行くことになった。
「歩夢くん、マフラーの巻き方、上手くなった? 中学の時から首元あいてて寒そうだなってずっと気になってたんだよね」
神社に向かう途中、悠生くんが僕のマフラーをまじまじと見つめながらそう言った。上手くなったのかは分からないけど。悠生くんがマフラーを巻き直してくれたあとに、うちの玄関にある鏡でどんな風に巻いてくれたのかなって確認してみた。それを思い出して悠生くんがやってくれたみたいに今日は巻いてみた。
「ずっと気になってたの?」
僕は人のマフラーの巻き方なんて全く気にしたりしない。
「悠生くんはみんなのマフラーの巻き方が気になるタイプなの?」
「違うよ、歩夢くんのだけだよ」
悠生くんがふふっと笑った。
それって、僕だけを気にしてくれて見てくれていたってことなのかな? ちらり悠生くんを見た。
――悠生くんはいつも僕のこと、気にしてくれるんだね。悠生くんは……。
すごく混んでいる小さな神社。着くと参拝する人たちの行列にしばらく並んで、やっと順番が来て参拝をしたって感じだった。
毎年そんな感じで、違うのは隣にいるのが怜くんじゃないってところだけ……。参拝のあとはおみくじを引いて、人混みから離れて誰もいないところでおみくじを開いた。
「歩夢くん、どうだった?」
「中吉。悠生くんは?」
「同じ中吉。恋愛はこの人と幸福ありだって」
「……僕も一緒だ。おみくじみせて」
「「同じ!」」
同時に叫んだ。だって、おみくじがふたり一緒だったから。
「歩夢くんと僕が一緒にいれば幸福があるんじゃない?」
「そうかもね!」
それは友達としてだと僕は思っていた。
だけど――。
「じゃあさ、恋人として付き合ってみる?」
まさか、悠生くんにそんなこと言われるなんて。僕は息を呑んだ。
「恋人とか……、僕たち男の子同士だよ?」
そんなことを言ったけれど、僕は昔から男の子に恋をしている。小さい頃から一緒にいる怜くんに。でもそれはひっそりと一方的に思っているだけでいいと思っていた。むしろバレちゃったら今までの関係が壊れちゃうかな?とか、怜くんは当たり前に女の子と恋をするんだよなとか考えちゃって、そのまま恋人にはならなくてもいいかなって。だけど、最近は僕だけを見てほしいって欲が……。
「歩夢くん、そんなこと言ってるけれど、塾に迎えに来る先輩のことが好きなんでしょ? 悩んでるのって、その人のことでしょ?」
悠生くんに悩みは話したけれど、誰とは言ってなくて……でもはっきりとばれていた。
「そう、だよ」
「僕は歩夢くんに寂しい思いはさせない。きちんと、しっかりと歩夢くんの全てをみるから。歩夢くん、好きだよ」
悠生くんが真剣な表情で僕の目を見てきた。言葉にも説得力がある。だってすでに自分を見てくれているんだなって感じられるし。
「恋人になるとか大事なことはすぐに決められないよ……」
「じゃあ、試しに付き合ってみるってのはどう?」
「試しに?」
「そう、僕たちが……2年生になる日まで。」
突然そんなこと言われても、頭が回らなくてどう答えればいいか分からない。
「本格的に付き合うかどうかは、そのあとに決めればいいよ」
「……試しにって、最初は正式に恋人じゃないってこと?」
「うん、そう。すごく気軽に考えてくれていいから」
「それって、返事あとでいい?」
「ううん、今決めて? もしもダメだったら、僕に恋心抱かれていて告白を断った歩夢くんも気まずいだろうし、もう関わるのはやめるよ」
悠生くんと一緒にいるのは楽しいし、関係がなくなるのは嫌だな。
今まではずっと怜くんと一緒にいて、怜くんが一番近くにいて、それが当たり前で。
まじないにも『怜くんが僕に依存する』って書いたけど……。
「お試しで恋人になるって、今みたいな感じのままでいいんだよね?」
「うん、そうだよ」
「じゃあ、悠生くんとお試しでお付き合いするの大丈夫かも」
「ほんとに?」
悠生くんの顔がぱっと明るくなった。
――怜くんには怜くんの世界があるのだろうし。ちょっと怜くんから離れてみようかな。
「家に帰ろっか。歩夢くん、家まで送るよ。断るのは、なしね」
悠生くんにとって、神社から僕の家を通って悠生くんの家に帰るのは、遠回りになっちゃうから断ろうとした。けれど断るのは、なしって……。
「ありがとう。悠生くんには色々やってもらってるよね、何か恩返しみたいのが出来たらいんだけど……」
「じゃあさ、手を繋がない?」
「手?」
「うん、手が寒いから。恩返しはそれでいいよ」
返事を待たないで、僕の目の前に手を出した悠生くん。ちょっと迷ったけれど、その手に触れた。すると手をぎゅっと握られた。僕の胸がキュンとなる。
「悠生くんは恋人と手を繋いだり、慣れているの?」
「……慣れているわけないよ。だって恋人なんていたことないし、好きな人と手を繋いだのが初めてだし」
悠生くんは、はにかんだ。
僕は、好きな人……怜くんと最後に手を繋いだのは、小学生の時。たしか高学年の頃だったかな。手を繋いだっていうよりも引っ張られた。雪が沢山降っていた季節。除雪されて端に寄せられた雪。元々狭かったのにそれのせいで更に狭くなった道を歩いていたら、後ろから車がきた。その時に「危ない!」って手を引っ張られた。
これは手を繋いだって言わないのかな?
過去を思い出しながら雪道を歩いていると、怜くんとの思い出と同じように悠生くんが僕の手を引っ張ってきた。
引っ張られた直後、車がすれすれのところを通って行った。
「あ、ごめんね! 手、思い切り引っ張っちゃったけど大丈夫だった?」
怜くんの時と比べちゃう。
怜くんは僕の手を引っ張ったあと「後ろも気にしろよ」って強めの口調で言い、ぱっと僕の手を離して僕の前を歩いた。
悠生くんと繋がっている手を、無言でぎゅっとした。
雪がさらりと降っていて、寒い日だった。
歩夢、そろそろ帰ってくるのか?
うちの2階にある自分の部屋の窓から外をしばらく眺めていた。歩夢の家の玄関前が見えるから、帰ってきたかがすぐに分かる。スマホを見ながら、気がつけばもう1時間ぐらい外を見ていた。
昼過ぎた頃、歩夢がうちに戻ってきた。あいつと……。
しかも手を繋いでいる。じっと見ていると歩夢がちらっと一瞬こっちを見て、手をぱっと離した。歩夢は晴れているような感じの表情をしていたのに、俺を見た瞬間にその表情はくもりだした。
ふたりは玄関前で親しげに何かを話している。気がつけば階段を急いで下り、コートも着ないで外に出ていた。
「歩夢!」
ふたりが一斉にこっちを見た。
「怜くん……神社も今、行ってきた」
視線をこっちに合わせない歩夢。
「そっか、行ってきたんだ……」
なんでだろう。
寂しさが心の中に沁み広がっていく。
「歩夢くん、僕たちのこと教えてあげたら?」
「悠生くん、でも……」
「別に悪いことじゃないし、隠さなくてもいいと思うよ」
もじもじししている歩夢にあいつはそう呟く。しばらくふたりは見つめあっていた。そしてあいつだけがこっちを向き、はっきり堂々と、俺に向かってこう言った。
「あの、実は僕と歩夢くん、恋人として付き合い始めました」
「……はっ?」
「怜くん、でもね……」
続けて歩夢が何かを言おうとしたけど、あいつは歩夢の口を押さえ、それを止めた。
予想外すぎる話。
頭の中が真っ白になって、しばらく何も考えられなかったし、言えなかった。
ショックすぎて、胸が苦しくなってずどんとその言葉がのしかかってきて。
――潰されそうだ。
「歩夢くん、またね! 寒いとこにしばらくいて身体が冷えていると思うから、家では風邪ひかないように暖かくしてね」
「気にしてくれてありがとう。悠生くんもね!」
「うん、あとで連絡するね!」
結局俺はあいつの言葉に返事は出来ず、じっとふたりを眺めているだけだった。
あいつの姿が見えなくなってから歩夢に話しかけた。
「なぁ、なんで俺とじゃないの?」
「えっ?」
「初詣だよ。毎年一緒に行くのが当たり前だったじゃん」
「……そうだけど。怜くんが言ったんだよ『友達と行けば』って」
「言ったけど……」
うん、確かに俺が言った。
だけど結局はなんだがんだで今年も一緒に行くと思うじゃん。歩夢も同じふうに考えてるって思ってた。なのに……。
「はぁ……付き合ったとかも意味わからねぇ。俺も今から神社行ってくるわ」
「ひとりで行くの?」
「そうだけど」
「僕も一緒に行く? 寂しくない?」
「別に寂しくねーし。寂しかったら俺もお前以外のやつと行くし」
「でも……」
困り顔している歩夢に背を向けて神社に向かった。ひとりで。
きっと後ろで立ち止まって、そのままの顔でこっちを向いているんだろうな。
道を曲がる時ちらっと後ろを見た。
予想とは違って、歩夢の姿はなかった。
むしゃくしゃする。
それは歩夢が最近想像とは違う行動をしてくるからか。
――それとも。
歩夢のこと、お前って言っちゃったな……。嫌な気持ちにさせたかな。
寂しかったら歩夢以外のやつと行くって言ったけど、歩夢以外に一緒に行きたいやつなんていない。本来は単独行動が好きだ。でも歩夢だから、歩夢とだけは一緒にあちこち出かけたくなる。
今向かっている神社までは、家から歩いて15分くらいで着く。でもそれはひとりで歩く場合。歩夢は歩くのが遅いから、一緒の時はもっと時間がかかる。だけどそれも嫌じゃない。一緒に歩く時間も好きだから。
歩きながら考えた。
あいつと歩夢はこの道をどうやって歩いたのか。俺と一緒の時はだいたい俺が前を歩いている。そしてどっちかと言うと歩夢が後ろから話しかけてくる感じだ。
あいつといる時の歩夢はどうなんだろう。
どっちが前を歩くのか。それとも横に並んであるくのか。どっちから話しかけることが多いのか。どんな会話しながら歩いたのか……。
ふわっと、ふたりが手を繋ぎながら楽しそうに会話している風景が浮かんだ。
考えれば考えるほど胸が苦しくなってくる。
神社に着いた。
参拝する人たちの列は長い。俺みたいにひとりで来ている人もいるけど、友達同士や家族、それに恋人と来ている人も多くて。なんか楽しそうに会話している人や、会話はないけれど一緒にいるだけで幸せそうな人たちばかりが目に入ってくる。俺と歩夢も去年まではそんな感じだった。
歩夢に、素直に一緒に行こうって言えてたら、今頃俺たちも一緒に並んでいるはずだった。素直じゃない自分に嫌気がさす。
深いため息が勝手にこぼれてきた。
とりあえず一番後ろに並んだ。歩夢と一緒にいる時に比べたら、順番が来るまですごく暇で、時間がめちゃくちゃ長く感じた。
やっと順番が来た。
俺らが健康であるようにと祈り、それから『ずっと歩夢と近くにいたい』とも祈った。
それからおみくじを引いた。
末吉で恋愛は『浮気心は捨てろ』。
浮気って、恋人いねえし。
歩夢は今年、おみくじを引いたのだろうか。多分こういうの信じるタイプだから、いつもみたいに俺がおみくじの場所まで連れていかなくても引いたんだろうな……。
――どんなおみくじを引いたんだろう。
2月になった。
僕の家はどこかに隙間があるのか、ストーブがめらめらしててもストーブから離れると寒い。それに比べて悠生くんの家はすごく暖かい。マンションだから、周りに住んでいる人たちの家の暖かさと混ざっているのかな? 僕は寒がりだから、悠生くんの家で遊ぶのが最近のお気に入り。
「毎年冬にね、スキー温泉旅行に行くの」
「いいなぁ、僕も一緒に行きたいな」
今日も悠生くんの家で遊んでいた。その時に「遊べない日ってある?」って聞かれて、そう答えた。
僕の話を聞いた悠生くんも、旅行に行きたいって。
うち、小谷家と怜くんの家族、園田家は昔から仲良くて、一緒に旅行も楽しんでいた。だいたいスケジュールは決まっていて、冬休み中か、2月の最初辺りの休日に。朝に家を出てスキー場に向かい、スキーのあとは温泉があるホテルで泊まる感じ。
お母さんたちに悠生くんが行きたがっていることを伝えると、すぐに「いいよ」って言ってくれた。家族には僕と悠生くんが付き合っているってことはまだ内緒で。仲の良い友達だって伝えている。
今のところ、悠生くんが僕の恋人だってことは、怜くんしか知らない。
怜くんとは大晦日の日からちょっと気まずい。旅行中もそんな雰囲気のままなのかな?って考えると心がチクチクしちゃう。
今日は旅行の日。
それぞれ家族ごとに車を出した。悠生くんは、僕と一緒に小谷家の車に乗った。うちの車の席は3列で一番前にお父さんお母さん。真ん中に僕たち、一番後ろは椅子をたたんでスキーとか荷物が置いてある。
スキー場に着くまでだいたい2時間ぐらいかかる。冬道は雪がじゃまして、もっとかかるっぽい。悠生くんと一緒にスマホでゲームをしてたけど、途中でちょっと酔ってきちゃった。車を停めてもらって、道の駅で休憩した。具合悪いのが治まってきてからトイレに行くと、怜くんとばったり。僕は慌てて目をそらしちゃった。
「どうした? 顔色悪いけど、具合悪いのか?」
「う、うん。でも休んだから大丈夫だよ」
それだけ言うと、逃げるように僕は車に戻っていった。本当はさけたくないのに、あの日以来気まずいのは、僕の方からさけちゃってるからっぽい……。
「どうしたの? まだ調子悪い?」
車に戻ると、悠生くんが僕の顔を覗き込んだ。
「酔ったのは、休んだからもう大丈夫だけど……」
「だけど?」
「トイレで怜くんと合って、話しかけてくれたのに避けるようにトイレから出てきちゃった」
悠生くんは無言で一番後ろの席にある毛布を手に取った。そしてそれをふたりの膝にかけて。
「先輩のことばかり考えないでよ……寂しい」って小さい声で言って、誰にも見えないように手を握ってきた。
そうだよね、悠生くんは僕が好きで。
好きな人が別の人の話ばかりしてちゃ、寂しいよね。
スマホばかり見ている怜くんの姿が頭の中に浮かんできた。また怜くんのこと考えちゃった。
僕は間違えた絵をぐちゃぐちゃと黒いペンで消すように、怜くんのことも頭の中から消した。
「悠生くん、ごめんね」。
スキー場に着くと、僕たちの車は並んで停まった。駐車場から大きな山の全体が見える。混んでいなくて、人のいないところだらけだから、のびのび自由に滑れそうかな? 混んでいたら誰かにぶつかっちゃいそうになるから、今日は安心。
スキー靴を履いたり準備をしたあとは「楽しんでおいで」って怜くんのお父さんが言って、いつも親たちと僕たちの2組に分かれる。親たちは一番難しい上級コースに。
僕は毎年、怜くんと中級レベルぐらいのコースを滑っている。中級でも僕にとっては難しくて、転ばないようにゆっくりとスキーで滑ってく。怜くんはすいすいボードで先に進んでいって、僕との距離が広がったら止まって僕を待ってくれている感じ。
今年は僕と怜くん、そして悠生くんの3人。
中学時代、授業でスキーをした時はレベルごとにグループが分かれて滑る感じだったんだけど、悠生くんは一番うまいグループにいた気がする。
ふたりは運動が得意で、僕は……苦手。
もう運動全部が苦手。
3人で2人用リフトの乗り場に並んだ。
一番前は怜くん。次は僕で後ろが悠生くん。2人ずつ乗るから、怜くんの隣に乗るつもるだったけど。後ろからぎゅって腕を引っ張られて、悠生くんが「一緒に乗ろう」って。
ひとりでリフトに乗った怜くんが一瞬こっちを向いて、ぷいってしてきた。
リフトに乗った瞬間、ため息をまた外に出しちゃった。ぷいってされたのがショックで。
最近ため息、たくさん外にこぼしちゃうな……。
「歩夢くん、どうしたの?」
「あのね、今、怜くんにぷいってされたの」
僕は前のリフトに乗っている怜くんの背中を見つめた。
「歩夢くんが僕と一緒にリフトに乗ったからかな?」
「えっ? 僕のせい?」
「……歩夢くんって、鈍感だね」
「何? いきなり鈍感とか言われても意味が分からないよ。なんで?」
「教えない!」
どうして教えてくれないの?
ぷいってされた理由と鈍感って言われた理由をなんでだろうって考えていたら、いつの間にか降りる場所に着いていて、あわててリフトから降りたら転んだ。
次に降りてくる人たちの邪魔になっちゃうから移動したいけど、立ち上がれなくなっちゃった。
「歩夢……」
「歩夢くん、大丈夫?」
怜くんが近づいてきて助けようとしてくれたけど、悠生くんが先に目の前に来て手を出してくれた。僕は悠生くんの手を掴んで立つと急いで移動した。
怜くんと目が合うとすぐにそらされちゃった。
「行くぞ」って怜くんの声を合図に、僕たちも滑っていく。ふたりとも、やっぱりすごく上手くて。僕の滑るスピードに合わせてくれている。ちなみに僕はずっと全力。
何回も滑って、全部悠生くんとリフトに乗っていた。けれどラストって時に「最後、俺と乗ろ」って怜くんに誘われて、嬉しくなって笑顔で返事をした。
乗っている間は怜くん、ずっと無言だったけど、僕の気持ちはるんるんしていた。
歩夢はあいつと何回もリフトに乗った。さっき歩夢が転んだ時、歩夢を助けたのもあいつだし。
俺じゃなくて――。
最近の歩夢は俺よりもあいつと一緒にいる時間が多い。それだけでもなんかムカつくのに、実際に目の前で仲良くしている姿を見ていたら……。
『 もっとムカつくー!』って雪山を滑っている時、心の中でおもいきり叫んだ。
今日のスキーだってあいつが来ること、俺だけが知らなかった。知ったのは朝、あいつの姿を見た時だし。
はぁ……。ふたりで滑った方が楽しいのに。
俺と歩夢の間にいきなり割り込んでくるなよ。今年はあいつがいるからつまらん!
ずっとそんなことをもやもや考えていた。
そしてリフトに乗るのがラストの時「最後、俺と乗ろ」って、気がついたら誘っていて、歩夢といつの間にかリフトに乗っていた。
歩夢に恋人が出来た辺りから、今までの歩夢とは違う歩夢に見えてきていた。
今まではずっと弟のような、小さい頃の歩夢のままだったのに、急に成長して大人に近づいて。俺の手の中にいた歩夢がするりと手の隙間から抜けていき、遠くに歩いていっている気がした。
リフトにふたりで乗った時も今までと違う感じだった。今までは普通に会話出来ていたのに。
隣にいる歩夢を意識すればするほど、話し方を忘れたみたいに、何も言葉が出てこなくて。なんか胸の鼓動も早くなって、心がバグってた。
ホテルに着いた。
スマホの時計を確認すると15時。
今日泊まるホテルは山の中にあって、ちょっと古めなホテル。くすんだ白い色をしていて結構大きい。
幼稚園に通っていたころから家族ごとに泊まる部屋を分けていた。けれど歩夢が中学になった時だったか「子供たち一緒の部屋にした方が子供たちは楽しめるかもね」って親が言って。歩夢と俺の両親それぞれと、俺と歩夢の部屋、3部屋に分かれるようになった。
今回俺たちの部屋は2人じゃなくて、あいつも含めての3人。
部屋は5階にある和室だった。部屋の入口すぐ近くにトイレとかがあって、進むと低いテーブルが置いてある畳の部屋。そして窓側は木の床になっていて、背の高いテーブルと肘掛けつきの椅子がふたつ向かい合わせに置いてあった。
部屋は古い独特の匂いがする。ここのホテルには何回か泊まりに来ていて、その匂いを昔、歩夢が「怜くんっぽい匂いがしてこの部屋好きかも」って言っていた。だから俺もこういう匂いが好きになった。
夕ご飯はレストランでバイキング。時間が来るまで部屋で休むことにした。歩夢たちふたりは窓側にある椅子に座りながらスマホのゲームをしていた。俺は畳のとこにある低いテーブルの座椅子に腰掛けスマホを見ている。
いつもみたいにダンス動画をながしているけど、全く集中できない。俺の視線はスマホを通らないで歩夢たちの方へ行く。
「ここのクエスト、火系の敵多いらしいから、水系の武器防具で行けば強いと思う。だから歩夢くんの装備は――」
俺にはさっぱり分からないゲームの単語とかも会話に出てきて、聞いていてもよく分からない。
このまま部屋にいるのが苦痛だった。ひとりになりたい気分になって部屋を出て、ひとりで温泉に入った。それでも夕食の時間までまだ時間がある。お土産売り場の近くにあった、古めのゲームがいくつか置いてあるコーナーでUFOキャッチャーとかして、適当に時間をつぶした。
夕飯は1階のレストランでバイキング。大きな広場で大きな窓があって外の雪景色がはっきりと見える。俺らは人混みを通り抜けて窓側の席に案内され、窓側から俺、歩夢、あいつの順番に座った。俺の向かいには俺の両親、その横に歩夢の両親が並んだ。
母さんが「やっぱりバイキングって性格でるのかなぁ?」って、俺ら子供のおかずを見比べた。視線につられて俺もお皿の中を見比べる。
俺は全体的におかずの量が多い。揚げ物ばかりのおかずの他に、お刺身のエビやサーモン、そして白ご飯と味噌汁がちょびっと。好きなものを中心に盛った。歩夢はウインナーやオムレツ、からあげと混ぜご飯に味噌汁。ちょっとお皿の上がぐちゃぐちゃ。食べ切れるのかな?ってぐらいの量。あいつの皿は、漬物や豆腐……和食洋食中華。今日あるメニューのほぼ全部のおかずが均等に盛り付けられている。
「これで人間分析出来たりするのかなぁ?」と歩夢の母親が言うと、うちの母さんが「なんか出来そうじゃない?」って言いだして分析を始めた。
俺の盛り方は好きなものに一途。歩夢は深く考えるのが苦手で流れるまま生きる、らしい。
「悠生くんの盛り方は大人だね」とか「バランス安定してるね」とか。親たちがべた褒めしていた。
歩夢が「うんうん、分かる」ってあいつの分析に対してうなずくから、俺は心の中で舌打ちをした。
本当に当たってるのかこの分析。
俺は一途とか言われたけど、おかず結構な種類皿に盛ってるし。
「あれ? エビフライあった?」
歩夢が親たちの話をさえぎり、あいつのお皿を覗く。
「あったよ。歩夢くん食べたかったの?」
「うん。エビフライ好きなの。あったんだ……見つけられなかったなぁ。取りに行ってこようかな?」
「これ、歩夢くんにあげるよ」
「いいの? ありがとう! 優しいね、悠生くん」
歩夢の顔をちらっと覗くと、目を輝かせていた。
目の前でいちゃいちゃ。
あいつのエビフライは1本しかお皿にないけど、俺なんて3本もあるんだからな。歩夢が欲しいって言えば、全部あげるのに――。
ご飯を食べ終えると、部屋に戻った。
「歩夢くん、ちょっと休憩したら温泉に行く?」
「そうだね。怜くんは?」
「俺は――」
歩夢とあいつは少し休んでから、部屋に置いてあった浴衣やタオルの準備を始める。そしてふたりで温泉に行った。俺はあいつらと一緒に行っても、自分だけ浮いて虚しくなる予感しかしなくて。聞かれたけど「さっき入ったから、俺は行かないわ」って答えた。歩夢と旅行に来て一緒に温泉に入らなかったのはこれが初めてだ。
俺らがご飯を食べている時にホテルの人が引いてくれた布団。そこにごろんとしながら、歩夢とあいつのことについて考えていた。
――歩夢が完全に離れていったら俺、生きていけるのかな。
今頭に浮かんだ言葉は大げさかもしれない。生きていけるとは思う。だけど歩夢がそばにいないことを想像したら、心が本当に痛い。
目を閉じているとふかふかな枕と布団が気持ちよくて眠りそうになった。ちょうどそのタイミングでドアが開く音と、歩夢たちの声がしたから目を開けて、布団の上に座った。
「歩夢くん、部屋で休んでて?」
「うん、迷惑かけてごめんね」
「大丈夫だよ、歩夢くん。迷惑じゃないから」
あいつが消え、歩夢だけが部屋に入ってきた。歩夢はふらついていた。
「歩夢、どうした?」
「温泉に長く入りすぎちゃって、のぼせちゃったみたい」
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
「水飲むか?」
布団を引くため奥に追いやられたテーブルの上には、出しっぱなしの水のペットボトルがあった。歩夢が布団の上に座り、俺は水をコップに入れようとして立ち上がる。
「あ、今ね、悠生くんが冷たいお茶を買って、氷も持ってきてくれるって」
「……そうなんだ」
悠生くん、悠生くん、悠生くん……。
あれもこれも悠生くん。
「歩夢は、俺がいなくても生きていけそうだな」
「……怜くん、何を言っているの?」
〝俺がいなくても生きていけそう〟
自分で言ったその言葉はあっという間に尖っていき、自分の深い部分に突き刺さってきた。
歩夢の質問には答えられなくて、今の表情を歩夢に見せたくなくて。俺は歩夢に背を向けた。
23時。寝る時間になって、畳の上の布団に、入口側から怜くん、僕、悠生くんの順に並んだ。そして怜くんが明かりを消した。
ぱちっ。暗くなると目の前に浮かんできた。さっき怜くんが言った言葉がはっきりと。
「歩夢は、俺がいなくても生きていけそうだな」
――僕は怜くんのいない人生は嫌だし、考えられないよ。
僕と怜くんは、赤ちゃんの時から一緒にいる。ちょっと大きくなってからは人見知りだった僕に、いつも「遊ぼっ」て声をかけてくれたり、お菓子をいっぱいくれたりもした。大好きだったからいつも怜くんのあとについていって、追いかけていた。
いないのを想像しただけで涙が出そうになる。だけどぐっと我慢した。我慢したからかな? 鼻がずんって痛くなった。
もやもやもやもや、目を閉じながら怜くんのことを考える。
今日だって、ホテルに着いてから悠生くんと一緒にスマホアプリでゲームをしていたけれど、怜くんのことずっと気になっていたんだよ。相変わらず怜くんはスマホばっかり見ていたけれど。
しかも毎年「風呂行くか?」って聞いてくれるのに、今日は黙ってバスタオル持ってひとりで行っちゃうし。どうして一緒に温泉行ってくれなかったのか、お湯の中でずっと考えてた。一緒に温泉入りたかったよ。
泣くの我慢していたら「うっ」って変な声を出しちゃった。
怜くんの方から、がさがさって布団が擦れた音がした。立ち上がって移動した気配がする。
「ちょっと、いい?」って怜くんのいつもより低い声がして悠生くんが「はい」って返事をしていた。
そんな会話が聞こえたから「えっ?」って思いながら薄く目を開けると、ふたりは窓側の方に行った。そして畳の部屋と木の床の部屋の境目にあったとびらを閉めた。
なんでだろうと、僕の目が大きく開いた。
秘密のはなしかな、聞かない方がいい?
するする会話がこっちに流れてきた。耳をふさごうか迷ったけれど、気になっちゃってじっくり会話に集中した。
「歩夢のこと、恋愛対象として好きなの?」
怜くんが悠生くんに質問している。しかも僕のこと。
「好きです」
すぐに悠生くんが答えた。
「はぁー」と怜くんがため息ついた。
なんでため息ついたんだろう。怜くんが困ることひとつもないのに。
「園田先輩も、歩夢くんのこと好きですよね?」
「あぁ、好きだけど」
今、好きって言ってくれたよね?
嫌いじゃなかったんだ……。最近僕は怜くんに嫌われているのかな?って思っていたから、ほっとした。
「それは、恋愛相手としてですよね?」
「……」
えっ? 悠生くん、なんてこと聞いちゃうの? 怜くんがそんなふうに僕のこと見ているわけないじゃん。何も言えなくなって困ってるよ。
でもそれの答え、僕も気になるかも……。
「歩夢のことは……そういうのじゃなくて、弟みたいな存在だって思ってた……」
そういうのじゃない――。
怜くんと僕の好きは、違う。だって〝恋の好き〟を感じているのは僕だけなんだもん。知ってたけど、1ミクロンぐらい同じ気持ちだったらな。なんて考えていたのかもしれない。胸の辺りがずきんとした。
直接、怜くんの声で違うって聞いた。怜くんとそんな話をしたことがなかったから、初めて聞いた。
弟みたいでも嬉しいよ。
でもなぜか涙がいっぱい出てきちゃったよ。
悠生くんは、今お試しで僕たちが付き合っていることも怜くんに話してた。それは2年生になるまでの期間限定な話で、それから本格的に付き合うか、やっぱり付き合わないかを決めることも。それからふたりの声は小さくなって、こそこそしだした。僕も泣いてちょっと鼻水ずるずるしてたから会話が聞こえなかった。
話が終わったみたいで、とびらが開いたから慌てて寝てるふりをした。
旅行から帰ってきた。
今回の旅行はいつもと違ったなぁ。寂しいことがいっぱいあった。
でも、朝食バイキングの時にうれしいことがあって。8時半までバイキングのご飯を選べるんだったんだけど、結構ギリギリに朝ご飯会場のレストランに着いた。急ぐの苦手だからあんまりおかずお皿に盛れないなって思っていたら、怜くんが「飲み物準備して待ってな?」って、素早く僕の分を準備してくれた。
しかもいつも朝食バイキングで自分が食べてたおかずばっかりだったから、僕が食べるおかずを覚えていてくれていたのかな?って。それがうれしくて、僕はにこにこしていた。
帰ってきてからは怜くんと一緒にいる時間はなかった。最近は悠生くんと一緒にいることが多くて、悠生くんが家まで送ってくれるからか、塾が終わっても待っていてくれることもないし。
話が全然出来てない。
隣に住んでいていつでも会える距離なのに、もったいないな。
あっという間に3月も過ぎていき。悠生くんとお付き合いのお試し期間が、あと2日。
いつもみたいに悠生くんの家のベッドでゲームをして遊んでいる時だった。
「ねぇ、僕のどんなところが好きになったの?」
悠生くんに質問してみた。4月から悠生くんとどうしたいかは決まりかけていたけど、本当にそれでいいのかな? どうしようかな?って考えていたら頭の中に浮かんできたこと。
だって、悠生くんは中学で同じクラスの時もクラスの人気者だったし、カッコイイし。それに何でも出来て、僕にないものいっぱい持っててキラキラしている。きっとモテモテなのに、なんで僕なんだろう。
「なんでだろう……」
悠生くんはスマホを見るのをやめてこっちを見つめてきた。
「中学の時、気がついたら歩夢くんのこと見るようになってて……目が合うとドキドキするようになって、それから……」
「僕を見てドキドキしてたの?」
「うん。でもね、告白するつもりはなかったんだ。歩夢くんの恋を応援する気持ちだってあった。でもね、悩み相談聞いてたり一緒に遊んでたりしていたら、ずっともっと歩夢くんと一緒にいたいなって思って。勇気を出して、告白しちゃった」
悠生くんは黙ってずっと見つめてきた。
見つめられすぎて困って、困りすぎて苦笑いした。
「そう、それ!」
「えっ?」
「歩夢くん、困ったらとりあえず笑うでしょ?」
「……笑うかも。どうしようってなりすぎて」
「それがきっかけかな?」
悠生くんも微笑んできた。
全く記憶になかったけれど、中学の時、僕たちが隣の席だった時に僕のことを可愛いなってずっと見つめてたら、僕が苦笑いしたらしい。
「ふふっ、本当にそれがきっかけなの?」
「本当だよ」
微笑みながらずっと見つめてくる悠生くん。もう一回困って苦笑いすると、ぎゅってしてきた。
温かくて、気持ちよかった。
「ねぇ、まだお試し期間で答え聞くのに早いけど、本格的に付き合って?」
抱きしめられながら、僕は「うん」ってうなずいた。
僕の予定では〝恋人の好き〟になれないから、断ろうかなって思っていたのに。おかしいなぁ。うなずいちゃった――。
3月29日。今日は歩夢の誕生日だ。
朝、歩夢の好きなチーズケーキのワンホールを買ってきた。買ってそのまま歩夢に渡そうとしたけど、歩夢は家にいなかった。
多分、あいつと一緒にいるんだろうな。
夕方、暗くなってきたころ。そろそろ帰ってくるかなと小谷家の前で待ち伏せしていた。息を吐くと寒くて白いモヤモヤが出てくる。
4月になったら歩夢はあいつとどうなるのか。本格的に付き合うのか、それとも付き合わないのか。すごく気になるから聞きたい気持ちもある。
本当はゆっくり話したいけど、最近歩夢にどうやって接すればいいのか分からない。あいつとのことに嫉妬して傷つけることをしたり言いたくもないし……自分があいつに嫉妬している理由は、なんとなく分かってきていた。
きっと俺は歩夢のことが――。
はぁっと、おもいきり吐いた白いモヤモヤは、空に向かう。
渡すだけにしようか、家の中で話そうって誘おうか、決められないでいた。
そしたら歩夢よりも先に、歩夢の父親が帰ってきた。待ってることを伝えると「寒いから、歩夢の部屋で待ってな」って言われて、歩夢の部屋で待つことにした。
歩夢の部屋、久しぶりに入ったな。
歩夢の部屋はピンクとか水色とかパステルカラーの小物や布団で色が統一されている。歩夢のイメージそのままだ。昔から一緒にいると癒されて、歩夢の顔を見て、声を聞くだけで嫌なことがあった日はそれが全部どっかにぶっとんだ。
パステルカラーみたいな、歩夢の可愛い無邪気な笑顔が頭の中に浮かんできた。その可愛い笑顔は他の人にはあんまり見せない笑顔だったから、特別な感じがしていた。
歩夢の部屋は床に服とか置きっぱなしでちょっとだけちらかっている。なんとなくそれを畳んでベッドの上に置いた。
ふと机の上に目をやると、ピンクの小さな袋が置いてあった。ちらっと覗くと中に何か紙が入っている。
あいつからのプレゼントとかかな?
この紙は手紙とかか?
勝手に見られたら嫌だろうなって考えたけど、気になりすぎてその紙を出して開いてみた。
『 怜くんが僕に依存する』
――何これ、俺の名前?
「怜くん! それ見ないで!」
後ろから歩夢の声がしたから、慌てて袋の中にその紙を戻した。
予想外すぎる言葉が書いてあって、全身が固まった。
今まで見たことのないすごく険しい顔、そして早さでそれを奪っていった。
「見た? 見た? 見てないよね?」
顔が真っ赤になる歩夢。
見てないって言った方がいいのか?
他の、どうでもいい内容が書かれていたなら見てないふりが出来た。
――でも、言葉の真相が気になりすぎた。
「ごめん、見た……」
歩夢は、はっとした顔をして後ろを向いた。耳まで真っ赤だ。そして、泣きだした。
「……」
「歩夢、また泣いてるの?」
〝また〟って言ったのは、旅行中の夜も泣いていたから。本人は隠してたんだと思うけど、俺とあいつが話をしていた場所にまで歩夢の鼻水をすする音と泣く声が聞こえてきた。あいつがその時、小声でなぜか「先輩のせいですよ」って言ってきた。それに「鈍感すぎですね」とも。
「ごめんね、ごめんなさい。変なこと書いて、本当にごめん。気にしなくてもいいから」
後ろを向きながら呪文のように謝る歩夢。
「歩夢、落ち着けって!」
歩夢の前に回り込んで歩夢の顔をしっかりと見つめた。
「あのね、大丈夫だから。もう『 怜くんが僕に依存して』なんて思わないから。内容、忘れて?」
「……いや、絶対に忘れられない内容なんだけど」
「忘れてほしい……もう、大丈夫だから。怜くん、旅行の日に聞いたと思うんだけど。あの、悠生くんとお試しで付き合ってた話」
「あぁ、聞いた」
「あれね、正式に付き合い始めたから、さっき」
「はっ? さっきって、まだ2日あるじゃん」
「悠生くんと恋人になったから。もう怜くんがスマホをずっと見てても気にしないし、大丈夫だから」
……ん? スマホ?
はてなが浮かんできた。
「なんでスマホ?」
「あのね、怜くんがスマホばっかり見て、スマホと恋人みたいで。スマホに嫉妬したからこれを書いたの」
「はっ? スマホに嫉妬?」
「うん……本当は僕ね……」
歩夢は急に、もじもじしだした。
「怜くんのスマホみたいに……怜くんの恋人みたいになりたかったの」
「……いや、俺スマホと恋人じゃねーし。っていうか俺と、恋人?」
歩夢は下を向いて目を合わせない。
スマホと恋人とか意味が分からないけど、歩夢はもしかして俺と同じような気持ちだったのか?
歩夢の気持ちを聞いたら、俺の気持ちも言って大丈夫なのかな?って思ってきた。
俺も、きちんと伝えたい。
歩夢への気持ちを――。
「歩夢、俺も伝えたいことが……」
「あ、電話」
歩夢に大事なことを伝えようとした時、歩夢のスマホのバイブがなった。
「あ、もしもし悠生くん? うん、家に着いたよ……ちょっと待って? 確認してみる」
歩夢はカバンの中を覗いて何かを確認している。
「それ、僕のだ。今から取りに行くね」
歩夢は電話を終えると、再び出かけようとした。
「どこ行くの?」
「悠生くんの部屋にうちの鍵落としちゃってたみたいで、取りに行くの」
「……行かないで?」
気がつけば歩夢の腕をしっかり掴んでいた。
「いや、でも……」
「もうスマホ、本当に用事がある時しか見ないから。俺、歩夢のこと弟として好きだと思ってたけど、それは違って……歩夢のこと、恋愛の好きなんだと思う。俺と恋人になってほしい」
愛おしい、嫉妬、隣にいたい、喜ばせたい……そして意識しだしてからは、心臓がうるさい。
そう、きっと歩夢に対してのこの気持ちは、恋。歩夢が離れそうになって、初めて気がついた。
歩夢への気持ちを、きちんと伝えられた。
歩夢はしばらくぽわんとして、動かなくなった。
そして呟いた。
「悠生くんと本当の恋人になったこと、キャンセルした方がいいかな? ねぇ、どうしたらいい?」
「いや、さすがにどこかに予約したとかじゃないから、簡単にキャンセルは出来ないと思う」
「だよね……」
歩夢の目を真剣に見つめた。
「……歩夢はいつも流されやすくて、俺のあとばっかりついてきて……だから俺が別れろって言えば、きっと歩夢はあいつとすぐに別れるだろ? でも、どうしたいか、自分の考えがあるんだったら、自分の意思でどうするか決めればいいと、思う」
キャンセルしろってひとこと言えば、簡単にあいつと歩夢は別れると思った。だけど、歩夢の意思で決めてほしい。
歩夢の意思できちんと、俺を選んでほしい――。
歩夢はどうするのか、これからどうなるのかは予想できた。
だって、一番近くにいるのは、俺だから。
「キャンセルしてくる!」
歩夢は家を出ていった。
そしてすぐに帰ってきて「悠生くんに怜くんとのことを伝えたらね、恋人がダメなら僕に弟になってほしいって。だから僕、それならいいよって言ったよ」って報告してきた。
あいつが歩夢の兄?
あいつの考えは俺の予想を超えてきた。
俺はこれから歩夢の恋人になるだろう。けれど、兄的な立ち位置でもある。それを奪おうとしているのか。
「なんで弟になってって頼まれて『 いいよ』って言ったんだよ」
「だって、前に僕が怜くんのことばかり悠生くんに話してた時にね、悠生くんが寂しいって言ってたの。怜くんとのことを伝えてる時にそれを思い出して。悠生くんをこれ以上寂しい気持ちにさせちゃうのが嫌だったの……それに悠生くん、お兄ちゃんっぽいし」
あちこち流されやすい歩夢もだけど、あいつも侮れん。俺らの仲の隙を狙ってきそうな気がして油断が出来ない。
「歩夢、恋人は俺だけにしろよ」
「うん、分かった」
歩夢は可愛い笑顔でうなずいた。
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歩夢と恋人になってから半年が経って、季節は秋になった。
今日は歩夢が俺の部屋に来ていた。
目の前では歩夢が真剣にスマホを見ていた。
「なぁ、歩夢、スマホばっかり見てないで俺も見て?」
「あ、うん。ちょっと待ってね?」
「ちょっとって、いつもちょっとじゃないじゃん」
歩夢からスマホに嫉妬していた話を聞いてから、スマホをいじるのは必要最低限にしていた。だけど最近は歩夢がスマホをいじってかまってくれない時が多い。
――スマホばっかり見ないで、俺にもっと依存しろよ。
最近、用事がお互いにない日は怜くんとほとんど一緒にいる。
僕がスマホをじっくり見ていると、怜くんがやきもちを焼いてくれてるっぽい。たまに悠生くんと本当にゲームをしている時もあるけれど、ほとんどはスマホを真剣に見ているふりをしていた。
そして怜くんがこっちを見てくれている気配を感じて、心をほくほくしている。
もっと僕が長い時間スマホに夢中になっていると、そのたびに愛情いっぱいみたいな感じで強くぎゅってしてくれて、「スマホばっかりみないで」って優しく耳元で言う。
それが大好き過ぎて――。
怜くんにぎゅってされると、温かくて気持ちがいいし、いつもドキドキする。
︎︎☁︎︎*.𓈒𓂂𓂃◌𓈒𓐍
今、おまじないの袋は、僕の部屋にある机の引き出しの奥で眠ってる。
おまじないの効果かな?
怜くんが僕に依存してくれていて、胸がいっぱい。
☁︎︎*.𓈒𓂂𓂃◌𓈒𓐍