昨日、怜くんは僕に対して冷たかった。

 悠生くんとやっているスマホアプリのゲームで、一定時間無敵になれるレアアイテムや回復するアイテムの詰め合わせセットがもらえる、元旦限定クエストのイベントがあって。それを悠生くんとやって、終わったら怜くんとおみくじ引きに行きたかったのに。「友達といけば」って……。

「歩夢くん、どうしたの? 元気ない?」

 今、僕は、悠生くんの家にいる。
 着いてすぐに悠生くんは僕が元気ないことに気がついてくれた。

「実は毎年おみくじ引きに行ってたんだけど、今年はその一緒に行ってた人に、『友達といけば』って冷たく言われて……」

「そんなことがあって歩夢くんは元気がないんだね……ねぇ、じゃあ一緒に行こうよ」

「でも……」

 怜くんと行きたかったけど冷たくされたし。だんだんと怜くんと僕の間の壁が厚くなってきている気がするなぁ。

 結局レアアイテムを手に入れたら悠生くんと一緒に行くことになった。

「歩夢くん、マフラーの巻き方、上手くなった? 中学の時から首元あいてて寒そうだなってずっと気になってたんだよね」

 神社に向かう途中、悠生くんが僕のマフラーをまじまじと見つめながらそう言った。上手くなったのかは分からないけど。悠生くんがマフラーを巻き直してくれたあとに、うちの玄関にある鏡でどんな風に巻いてくれたのかなって確認してみた。それを思い出して悠生くんがやってくれたみたいに今日は巻いてみた。

「ずっと気になってたの?」

 僕は人のマフラーの巻き方なんて全く気にしたりしない。

「悠生くんはみんなのマフラーの巻き方が気になるタイプなの?」

「違うよ、歩夢くんのだけだよ」

 悠生くんがふふっと笑った。

 それって、僕だけを気にしてくれて見てくれていたってことなのかな? ちらり悠生くんを見た。

――悠生くんはいつも僕のこと、気にしてくれるんだね。悠生くんは……。

 すごく混んでいる小さな神社。着くと参拝する人たちの行列にしばらく並んで、やっと順番が来て参拝をしたって感じだった。

 毎年そんな感じで、違うのは隣にいるのが怜くんじゃないってところだけ……。参拝のあとはおみくじを引いて、人混みから離れて誰もいないところでおみくじを開いた。

「歩夢くん、どうだった?」
「中吉。悠生くんは?」
「同じ中吉。恋愛はこの人と幸福ありだって」
「……僕も一緒だ。おみくじみせて」
「「同じ!」」

 同時に叫んだ。だって、おみくじがふたり一緒だったから。

「歩夢くんと僕が一緒にいれば幸福があるんじゃない?」
「そうかもね!」

 それは友達としてだと僕は思っていた。
 だけど――。

「じゃあさ、恋人として付き合ってみる?」

 まさか、悠生くんにそんなこと言われるなんて。僕は息を呑んだ。

「恋人とか……、僕たち男の子同士だよ?」

 そんなことを言ったけれど、僕は昔から男の子に恋をしている。小さい頃から一緒にいる怜くんに。でもそれはひっそりと一方的に思っているだけでいいと思っていた。むしろバレちゃったら今までの関係が壊れちゃうかな?とか、怜くんは当たり前に女の子と恋をするんだよなとか考えちゃって、そのまま恋人にはならなくてもいいかなって。だけど、最近は僕だけを見てほしいって欲が……。

「歩夢くん、そんなこと言ってるけれど、塾に迎えに来る先輩のことが好きなんでしょ? 悩んでるのって、その人のことでしょ?」

 悠生くんに悩みは話したけれど、誰とは言ってなくて……でもはっきりとばれていた。

「そう、だよ」
「僕は歩夢くんに寂しい思いはさせない。きちんと、しっかりと歩夢くんの全てをみるから。歩夢くん、好きだよ」

 悠生くんが真剣な表情で僕の目を見てきた。言葉にも説得力がある。だってすでに自分を見てくれているんだなって感じられるし。

「恋人になるとか大事なことはすぐに決められないよ……」
「じゃあ、試しに付き合ってみるってのはどう?」
「試しに?」
「そう、僕たちが……2年生になる日まで。」
 突然そんなこと言われても、頭が回らなくてどう答えればいいか分からない。

「本格的に付き合うかどうかは、そのあとに決めればいいよ」
 
「……試しにって、最初は正式に恋人じゃないってこと?」
「うん、そう。すごく気軽に考えてくれていいから」
「それって、返事あとでいい?」
「ううん、今決めて? もしもダメだったら、僕に恋心抱かれていて告白を断った歩夢くんも気まずいだろうし、もう関わるのはやめるよ」

 悠生くんと一緒にいるのは楽しいし、関係がなくなるのは嫌だな。

 今まではずっと怜くんと一緒にいて、怜くんが一番近くにいて、それが当たり前で。

 まじないにも『怜くんが僕に依存する』って書いたけど……。

「お試しで恋人になるって、今みたいな感じのままでいいんだよね?」
「うん、そうだよ」
「じゃあ、悠生くんとお試しでお付き合いするの大丈夫かも」
「ほんとに?」

 悠生くんの顔がぱっと明るくなった。

――怜くんには怜くんの世界があるのだろうし。ちょっと怜くんから離れてみようかな。

「家に帰ろっか。歩夢くん、家まで送るよ。断るのは、なしね」

 悠生くんにとって、神社から僕の家を通って悠生くんの家に帰るのは、遠回りになっちゃうから断ろうとした。けれど断るのは、なしって……。

「ありがとう。悠生くんには色々やってもらってるよね、何か恩返しみたいのが出来たらいんだけど……」
「じゃあさ、手を繋がない?」
「手?」
「うん、手が寒いから。恩返しはそれでいいよ」

 返事を待たないで、僕の目の前に手を出した悠生くん。ちょっと迷ったけれど、その手に触れた。すると手をぎゅっと握られた。僕の胸がキュンとなる。

「悠生くんは恋人と手を繋いだり、慣れているの?」
「……慣れているわけないよ。だって恋人なんていたことないし、好きな人と手を繋いだのが初めてだし」

 悠生くんは、はにかんだ。

 僕は、好きな人……怜くんと最後に手を繋いだのは、小学生の時。たしか高学年の頃だったかな。手を繋いだっていうよりも引っ張られた。雪が沢山降っていた季節。除雪されて端に寄せられた雪。元々狭かったのにそれのせいで更に狭くなった道を歩いていたら、後ろから車がきた。その時に「危ない!」って手を引っ張られた。

 これは手を繋いだって言わないのかな?

 過去を思い出しながら雪道を歩いていると、怜くんとの思い出と同じように悠生くんが僕の手を引っ張ってきた。

 引っ張られた直後、車がすれすれのところを通って行った。

「あ、ごめんね! 手、思い切り引っ張っちゃったけど大丈夫だった?」

 怜くんの時と比べちゃう。
 怜くんは僕の手を引っ張ったあと「後ろも気にしろよ」って強めの口調で言い、ぱっと僕の手を離して僕の前を歩いた。

 悠生くんと繋がっている手を、無言でぎゅっとした。

 雪がさらりと降っていて、寒い日だった。