一緒にラーメンを食いに行った日から、歩夢が変わった気がする。

 秘密事をされたのは初めてで、正直、戸惑った。

 歩夢はあの日、深いため息をついた。それだけじゃない……。

「内緒」と言い、家とは逆方向に向かっていった。

 歩夢は小さい頃から本当の弟のようで、すごく大切な存在だった。 
 だから何かあればものすごく心配だった。この時も歩夢のことが心配になって……。

 気がつけば尾行していた。

 本屋に入っていき、何か欲しい本があっただけなのかと思いきや、人と出てきた。中学の時や塾に歩夢を迎えに行った時に見たことがある、歩夢の同級生でありイケメンな男と。

 そして本屋の裏側へ歩いていき、マンションに入っていった。別に友達とかなら、会うのを俺に内緒にする必要なくね?

 しばらく出てこなくて、寒い中ずっとぶるぶるして待っていた。しばらくするとふたりで外に出てきた。

 俺はショックを受けた。
 なぜなら最近全く見せてこない、歩夢のとびきりのスマイルをそいつに見せていたから。

 それだけじゃない。

 あの男は歩夢のマフラーを結び直し、ものすごく至近距離にいた。その光景はまるでカップルのようだった。

 その日から歩夢は一緒にいる時、スマホをちょいちょい見るようになったんだ。今まで全く見ることがなかったのに。もしかして、あいつと連絡とりあってるのか?

 イラッとした。

「歩夢、スマホで何してるの?」
「えっ? 友達とLINEしてる」
「友達とかぁ……どんな会話してるの?」
「ん、ふふふ……」

 笑って濁した。やっぱりあいつと何かあるのか?

 言えない会話なのか?
 俺の歩夢なのに!!

 歩夢が通っている塾のビルの近くに、俺がバイトしているケーキ屋がある。実はこの場所を選んだのは、時間が合えば塾終わりの歩夢と一緒に帰れると思ったからだ。

 だって塾帰りの夜道は危険で、歩夢が心配だったから。

 今日は12月29日。塾は年末年始休みっぽいから多分今年最後。お疲れ様の意味も込めて、歩夢の大好きなうちの店のチーズケーキを持ちながら、歩夢の塾が終わるのを待っていた。

 通り過ぎる生徒たちが毎回こっちをチラチラ見てくる。自分で言うのもなんだけど、結構周りからはカッコイイと言われている。そしてよくチャラそうとも言われていて、ここにいるのが場違いだから俺は余計に視線を浴びてるんだろう。

 他の生徒たちはどんどん出てくるのに歩夢は出てこない。ビルの中をちらっと覗いてみた。

「なっ……」

 こないだのイケメンと至近距離でスマホを見せあっている。しかも歩夢は笑顔。

 秘密事はするし、イケメンとこんな感じだし……。

 胸の辺りがもやもやとした。
 こんなもやもやは初めてだ。

 苦しい……。

 ふたりを見ていると、心が痛い。
 この痛さを感じる現象はなんだろう……。

 考えながら中にいる歩夢を見つめていると、視線を感じたのかこっちをみた。

 この心の乱れを歩夢に見せてはいけない。歩夢にとって、余裕がある素敵なお兄さんでありたい。

――あぁ、でも心が……。

 必死に平常心を装い「お疲れ様!」と右手を上げ軽く手を振った。すると歩夢が手を振り返してくれた。


 微笑みながら小走りで歩夢が走ってきた。いつも俺の姿を見つけた時はこんな感じだ。

「よぅ、お疲れ様」
「怜くんもバイトお疲れ様!」

小柄でふわっとしたポメラニアンみたいな可愛い歩夢。

 いつも思う、歩夢は誰よりも可愛い。

「歩夢くん、またね」
「うん。悠生くん、帰ったら連絡するね!」

 歩夢の横にいたイケメンが歩夢に手を振り、歩夢もイケメンに手を振り返す。今までのふたりはそんな親しげじゃなかったのに。急に接近した感じだ。

「あの友達と、どんな話するんだ?」
「えっ、どんなって……。怜くんに言えないこともあるよ」

 なぜか歩夢は照れくさそうに視線をそらしてきた。

 いつも俺と一緒にいて、一番近くにいたはずの歩夢と心の距離を感じてきた。
 俺が触れてはいけない、歩夢のプライベートゾーンが生まれてしまったのか。これ以上聞いちゃいけない気もしてきた。

「そういえば、明後日年越しそば食べに来るしょ?」
「うん、行くよ!」

 微笑みながらそう言った歩夢の姿を見て安堵した。まだ一番近くにいるのは俺だ。

 小さい頃からずっと、年末は歩夢の家族と一緒に過ごしている。

 ふと思う。歩夢は俺の隣にいるのが当たり前だと思っていた。だけどいつか離れてしまうのか? 誰か別の人が歩夢の隣に……例えばさっき歩夢と親しげに話をしていた悠生とかいう名前のイケメンだとか。

 俺以外のやつが歩夢の隣にいるなんて、考えるだけでしんど。




 12月31日の夕方に小谷家の3人が俺の家に来た。
 今年もいつも通りに歩夢と蕎麦を食べて、音楽番組を観てのんびり過ごせた。

「今日も一緒に夜更かしするだろ? 歩夢、そういえば去年は朝まで起きるって言ってたのにリビングのソファでいつの間にか寝てたよな」

 去年、歩夢の親たちは先に家に帰って、俺の親たちも先に寝て。ふたりきりで一緒に夜中、テレビを観ながら過ごしていた。歩夢はうとうとしながらも「まだ起きていられるよ!」なんて強がっていた。だけど4時ぐらいに一緒に座っていたソファでクッションを抱きながら、いつの間にか眠っていた。

 可愛いなと思いながら毛布をかけてあげて、俺はソファからおりて頭だけソファに置いて寝た。

 23時。今もすでにふたりきりでリビングにいた。

「今年は自分の家に帰って早めに寝るよ」
「……はっ? なんで?」
「あのね、明日は朝から用事があるから」
「元旦早々、何の用事?」
「友達の家に行くの!」

「来年朝まで起きるのリベンジする!」って去年悔しそうに言っていたから、今年も朝まで一緒に起きてるのかなと思っていたのに。


 1月1日に俺以外のやつと過ごすとか、信じられん。

「もしかして、友達って悠生って人?」
「うん、そうだよ!」

 明るい声で答える歩夢。

「じゃあ、おみくじ引きにいかないの?」

 毎年、年が明けた日の昼頃、一緒に行っている近所の神社。
 今まで年末年始はずっと一緒にいたから、一緒に行くのが当たり前だと思っていた。

「あ、ちょっといつもより時間遅くなるかもだけど、一緒に行きたいな」

「……いや、無理しなくていいよ。別にその友達と行けばいいし」

 寂しそうな表情をしながら無言な歩夢。
 そんなこと言わなければよかった。

 言ってしまったあと、めったにない微妙な空気がふたりの間に流れた。そして年が明け、観ていたテレビの中の芸能人たちが盛り上がっている時に歩夢は帰って行った。

 盛り上がっている番組を観ていると、今の自分がなんか虚しくなってきたからテレビを消した。

 冷たく言ってしまったのには理由があった。歩夢がトイレに行っている時、テーブルの上に置いてあった歩夢のスマホのバイブがなった。チラッと覗いたら画面に『悠生くん』って文字があった。それから歩夢は俺よりもスマホばっかり見ていた。多分あいつと言葉のやり取りをしていたのだろう。

 いつ誰と過ごそうか、何をしようが歩夢の自由だ。俺以外の選択でも別にいいだろう。

――でもなんかイラッとした。

 友達と行けばなんて、言わなければよかった。
 歩夢が友達と神社に行って、あんなことになるなんて――。