『怜くんが僕に依存する』

 願いを書いた紙をピンク色の小さなお守り袋に入れた。
 
 効果はあるのかな?

***

 今、高校2年で僕よりも一歳年上の幼なじみ怜くんと、僕が生まれる前からあったラーメン屋に来ていた。他のお客さんはいなくて、僕たちとラーメンの湯気、テレビの中でニュースの原稿を読み上げている女の人だけが動いている。

「ねぇ、僕といるのつまらない?」

 怜くんに訊いた。

「いや、そんなことないよ」

 そう言いながら怜くんは僕と視線を一切合わせずに醤油ラーメンの麺をすすりながらスマホをいじっていた。

 怜くんのスマホがうやらましい。いつも見つめられていて……僕はスマホに嫉妬をしていた。

――怜くん、スマホじゃなくて僕に依存してよ。



 園田怜くんとは小さな頃から家が隣同士の、僕の幼なじみ。親同士も仲良くて、うち、小谷家と園田家は家族ぐるみの付き合いをしていた。一緒に旅行に行ったり、クリスマスやらイベントも一緒にしたり。

 僕は小さな頃から怜くんに憧れていた。すごくカッコよくて、僕と違って何でも出来て……。たくさん一緒にいてくれて、ひとりじめ出来る時間が多くて、それだけで贅沢で満足だった。だけど最近はスマホに怜くんが奪われている気がして、ちょっと、いや、結構悔しい。

 12月になったばかりの休みの日「寒いから一緒にラーメン食いに行こ?」って誘ってくれて、一緒に近所のラーメン屋に来た。

 そして今、誘われたのに会話はなくて。怜くんはスマホばっかりいじっていた。

「怜くんはいつもスマホで何見てるの?」

「ダンス動画だよ。そしてよかった動画にはコメントをしたり、あとは漫画とかかな……」

 会話しているのに怜くんの視線はスマホに釘付け。

 僕のこともっと見て欲しいけど、スマホの方が怜くんにとって魅力あるんだろうなぁ。


 僕もスマホをカバンから取り出した。ちなみにスマホを使うのは、怜くんと連絡とるぐらいかな? あとは家族と連絡取るぐらい? 他はいつもカバンかポケットにしまってある。

 自分のスマホを見つめてもつまらない。再びカバンにしまうと怜くんとお揃いの醤油ラーメンの麺をすすった。

「雪の時期のラーメンって、あったかくて特に美味しく感じるよね」
「そうだね」

 返事はしてくれるけれど、怜くんの視線は相変わらずスマホ。

 怜くんがスマホを持ったのは僕が中学1年生、怜くんが中学2年生くらいの時。その時はまだ僕の目を見て話してくれていた。

 その時を思い出すたびになんだか寂しくなる。

 先にラーメンを食べ終えた僕はじっとして怜くんが食べ終わるのを待っている。なんか怜くんとスマホはふたりだけの世界にいて、カップルみたいだ。怜くんは食べ終わってもスマホをぽちぽちしている。

「よし、帰るか?」
「うん」

 スマホの用事が終わったらしい。
 怜くんがバイトで稼いだお金でいつも奢ってくれる。

 今日も怜くんがお金を払ってくれて。払い終わると店を出た。



「怜くんって、スマホ大好きだよね?」

「そっか? 普通だけど」

 怜くんは歩きながらスマホを手に持ち、チラッと覗いていた。

 怜くんは、僕とスマホどっちかしか持てない?としたらどっちを選ぶんだろう。スマホを選んだ怜くんを想像したら胸が痛くなってきた。

「はぁ……」

 あ、いけない。ため息を外に出しちゃった。怜くんに聞かれてないといいな。ため息は幸せを逃すって言われているけれど別のところでは気持ちをスッキリさせるみたいな話も聞いたことがある。

 今、ちょっとだけスッキリとした気がした。

「ちょっと用事があるから、僕はここを曲がるね」
「用事って、何?」

 怜くんはこっちを見た。

 本当は、用事なんてないよ。暖かい家に帰って、ストーブの前でぬくぬくしたいよ。

 だけどそんな嘘をつきたい時だってあるさ。僕のことを気にしてくれない怜くんには教えてあげない。

「内緒」
「はっ? 何それ……どこに行くんだよ」

 ムッとした顔をした怜くん。
 ちょっと予想外だったけれど、気にしてくれたのかな? 嬉しい。

「バイバイ、またね!」

 そう言って僕は怜くんに背中を向けて、家とは反対方向に向かって歩いた。 

 ちらりと後ろを振り向くと、怜くんが立ち止まりじっとこっちを見ていた。再び前を向き、目的地はなかったから、なんとなく目の前に見えてきた小さな本屋に入った。


 本屋に入って適当なコーナーへ行き本を眺めていると、中学の時は同じクラスで、最近は塾が一緒の同級生、悠生ゆうせいくんに声をかけられた。

「あ、歩夢くんだ!」
「あれ、悠生くん」

 悠生くんはみんなに優しくできるタイプの人だった。委員長にも選ばれたりして、周りからも信頼されていた。それに見た目が王子様みたいにイケメンだったから、モテモテ。もちろん僕にも優しく接してくれていた。

「歩夢くん、悩んでいるの?」

 すごい悠生くん。だって、今僕が悩んでいるって分かっちゃったんだから。

「どうして分かったの?」
「だって、それ」

 悠生くんは僕の目の前にある本たちを指さした。目の前には『恋の悩みを解決する系』の本が並んでいた。

 なんにも考えないで店の中を歩いていたら無意識にこの本たちの前に来ていた。

「そうなの……」

 悠生くんの安心感?みたいなのが伝わってきて、つい本音がポロリ。

「歩夢くんが悩んでいるの心配だなぁ。ちょっと話そっか? この本買ってくるから待ってて?」

 悠生くんは重たそうな英語の参考書を3冊持っていて、レジに行った。僕は悠生くんのあとについて行った。

 店を出ると、本屋の裏側にある悠生くんの家に行くことになった。

 

 悠生くんはマンションの5階に住んでいる。エレベーターに乗るとふたりは無言。

 勢いで悠生くんの家に行くことになったけれど、微妙だったかな?

 悠生くんには優しくしてもらったりしていたけれど、そこまで深い話をする仲でもない。どっちかと言えば僕は人と深いことを話すのが苦手なタイプだし。

 そう思いながら悠生くんをチラッと見ると微笑んでくれた。エレベーターを降り、悠生くんの住んでいるところに着いた。

「お邪魔します」

 ドアを開けると悠生くんの部屋に直行した。部屋の中は綺麗で、なんか甘いような、悠生くんっぽい匂いがする。王子の匂いかな? でも僕は怜くんの匂いが1番好き。うちのばあちゃん家の匂いとバニラの匂いが合わさった感じなの。

 どこに座ろうか迷っていると「そこに座っていいよ」と、悠生くんはベッドを指さした。座ると悠生くんも横に座った。

「悩みって、何?」
「あのね、好きな人がスマホに夢中なんだ……」
「……スマホに夢中?」
「そうなの。毎日スマホばっかり見てさぁ、もっと僕を見てほしいなって思って」

 僕はかくかくしかじか説明をした。

「なるほどね、じゃあさ、まじないしない?」
「まじない?」
「うん。これ」

 悠生くんが机からピンク色の小さな袋と紙、ボールペンを出した。

「紙に願い事を書いて袋に入れるの。それだけだよ」
「僕がそれをもらってもいいの?」
「いいよ、どうせ僕の願いは叶わない気がするからさ」

 悠生くんはしゅんとした顔になった。つられて僕もしゅんとした気持ちになった。悠生くんにも叶えたいことがあるのかな?

「歩夢くんまで落ち込むことはないよ。よし、まじないを始めよう。まずは願い事を書いてね」

 ボールペンと紙を渡されて僕は、机の上に紙を置き『怜くんが僕に依存する』と書いた。
 そして願いを書いた紙をピンク色の小さなお守り袋に入れた。
 
 効果はあるのかな?



 再びベッドの上にふたり並ぶと、悠生くんがスマホのチェックを始めた。

「悠生くんはスマホで何かやってたりするの?」
「うーん、最近はゲームしてるかな。これなんだけどね……」

 悠生くんがスマホを見せてくれた。なんか冒険するゲームらしい。

「歩夢くん、一緒にやる?」

 ゲームかぁ……テレビ画面のゲームをやったことはある。最近はやってないなぁ。
 やってみようかな?

「うん、やる」
「じゃあ、まずはアプリをダウンロードして……」
「ダウンロード? なんか難しそう。おまかせしていい?」

 悠生くんにスマホを渡した。
 横からチラリと覗き込んだ。

 悠生くんは、慣れた手つきでアプリをダウンロードして、設定もしてくれている。

「キャラ、何がいい?」

 攻撃魔法の得意なキャラ、剣で攻撃するキャラとか……いっぱいある。ちなみに悠生くんは勇者。うん、悠生くんっぽいな。

 一覧全てをチェックしてみた。
 キャラクターの種類、10以上はある。

「じゃあ、この白魔法使いにする」

 白魔法使いは主に回復やパーティーメンバーの攻撃力を強化したりする補助的な役割をする。僕は攻撃とか上手く出来なさそうだし。これがいいなとすぐに決まった。

「なんか歩夢くんっぽいね」
「そう?」

「どんなところが自分っぽいんだろう。攻撃上手くなさそうだったり、みんなの後ろにいそうなところとかかなぁ」

 なんて言っていたら「癒し系なところが歩夢くんっぽくて、あとは回復魔法も使えそうなところかな」って教えてくれた。


 悠生くんのパーティーに招待してくれた。招待されると、仲間になるから一緒に冒険が出来るみたい。細かい設定も色々やってくれて、ゲームで快適に遊べるようにしてくれた。

 最初は戦う練習みたいな感じで。
 弱い敵が出てきてすぐにクリアした。

「やったー!」と喜びながら画面を見ていると悠生くんがこっちをじっと見ている感じがした。今だけじゃなくて、多分さっきからいっぱいこっちを見ている。

 悠生くんを見ると、やっぱりこっちを見つめていた。僕が首をかしげると悠生くんが「可愛いな」って微笑みながら僕の頬を触り呟いてきた。

 あれ? おかしいなぁ。
 顔がなぜか熱くなった。

「あ、ごめんね」

 慌てて悠生くんは僕の頬から手を離した。

「大丈夫だよ! そろそろ帰ろうかな?」

 大丈夫だよって言いながらも、悠生くんから離れようとして急いで立ち上がっている自分。

 帰る準備をすると、外まで送ってもらった。

「まじない上手くいくか知りたいから、もしめんどうじゃなかったらLINEでどんな状況かとか送ってね?」
「気にしてくれて、ありがとう」
「いえいえ、悩みごとでもなんでもまた聞くし。あと、暇な時、一緒にまたゲームやろうね! 離れていても一緒に出来るから」
「うん、LINEするね! またね!」
「バイバイ!」

 僕が帰る方向を向くと「待って!」と呼び止められた。

「歩夢くんのマフラー結び直していい?」
「マフラー?」

 僕はうなずく。

 いつも黒いダッフルコートを着て、適当に巻いている黒チェックのマフラー。悠生くんに結び方を直してもらったら、首元の温かさが増した。

「ありがとう」
「どういたしまして」
「じゃあね、バイバイ!」

 再び帰る方向を向いた。

 まじないの願い、叶うかな?
 悠生くんに細かく状況を連絡しなくちゃ。