「ありがとう。今回も絶望的だからまた勉強教えて」

「うん。陽のためなら今日から教える。だから、いい加減顔上げて」


 男のオレに優しくしても良いことなんてなにもないのに。

 モヤモヤした気持ちで顔を上げると、今日も非の打ち所がない顔面が、オレの視界にドアップで映った。


「近ッ!」

「いや、陽がなかなか顔を上げてくれないから」

「だからって……おまえ、近すぎ! 顔ぶつかるかと思っただろ!」


 赤くほてる顔を腕で隠しながら、机の端に置いていたスマホに目を落とした。

 優冴のオレに対しての距離感が年々近づいていると思う。信頼してくれているからだろうか、最近目に余ることが多い。

 だからといって「距離感おかしくない?」と聞くのもどうかと思っていたけど、今日という今日は我慢の限界だ。


 こんなに距離感がバグられたらどう接したらいいか分からなくなる。


 それとなく聞いてみようと、優冴に「あのさ」と口を開く。

「おまえのその距離感なんなの」

「……距離感?」

「近いし、おまえの距離感バグってんだよ」

 優冴は「ああ」と頷いては両腕を組み、何かを考え出した。

 こんなに真剣な質問をしているときでも、ああ、コイツの顔かっこよすぎると思ってしまうオレも、相当感覚がバグっていると思う。

「陽って犬っぽいからさ。つい、距離感近くなるというか、目が離せないんだよね」

 あっけらかんといった感じで口にする優冴に唖然とした。

 ……犬? え、オレ、今まで犬っぽいって思いながら見られてたの? 確かに、髪の色素は薄いから茶髪だし、くせっ毛だし、目も大きいねって羨ましがられることはあったけど。犬っぽいって。人間ですらないじゃん。

 変に意識していた自分が恥ずかしくて、また顔を伏せた。

「そういうとこも犬っぽいんだよ」

 ククッと小さく笑い声を出す優冴のその顔が見たくて、ゆっくりと顔を上げる。

 オレが犬だとしたら、飼い主は間違いなく優冴だ。