教室の扉を開けると、いつものようにざわめきが耳に入ってくる。その時に既に教室にいる莉桜と目が合った。

「っ!おはよう」
今までは笑顔を貼り付け、無理に明るい声をだすようにしていた。けれど今日は違った。
あくまで普通に、無理に取り繕ったりはせずに彼女に挨拶を送る。

私に気付いた莉桜は少し驚いた顔を見せたけれど、「…おはよ」とそっぽを向きながらも返してくれた。
今までならその反応に、どうしよう…何かしたかな…と不安をもっていたけれど今は安心感すら感じていた。お互いが取り繕わずに関係を保てるのは思っていたよりも心地がいい。

少しずつ変化を感じる自分に少しだけほっと息をつきながら私は机に座った。でも頭の中には先ほどの彗の仮面のことが引っかかっている。
思わず目を閉じて、その光景を思い出してしまう。

仮面にひびが入っているという人はまず見たことがない。まぁそもそも変わらない仮面という時点が彗は異例だけれど。
とにかくあのひびの意味とはなんなのか、可能性を考えてみる。

まずひびの意味するものとしたらそれは崩壊だろう。
仮面が壊れそう?それは良い意味なのだろうか。それとも"心の限界"などを表す仮面が出すサイン?

分からない。けれど、そんな考えが頭を巡るたびに胸の奥で何かがざわつくのを感じた。
彗はこれまでずっと仮面を変えずに過ごしてきた。
それが一体何を意味するのか、今まで深く考えたことはなかったけれど、あのひびが彗の心に何か重大な秘密が隠されていることを示しているのかもしれないと__そんな不安が募っていく。

「あの時、もっとよく見てればなぁ…」

自然とそんな言葉が口から漏れた。何かを見逃してしまったようで、後悔のような感情が湧き上がってくる。

「想乃どうかした?独り言なんか言っちゃって」

近くから、朝練から帰ってきた唯の声が聞こえてきた。その声で私ははっと我に返る。
考え込んでいたことに気付き、慌てて「ううん、なんでもないよ」と返す。
決して誰かに相談できるような問題ではない。

唯は少し心配そうに私を見つめたけれど、それ以上は何も聞かず、教室に響く授業開始のチャイムの音に気を取られて席に着いた。

それでも私は彗の仮面のことが心から離れず、授業が始まっても、頭の片隅でずっとそのことを考えてしまっていた。彗は一体、何を隠しているのだろう?なぜあんな仮面が見えたのか。

本人に聞けるわけなんてなく、私は結局その日は一日放課後になるまでそのことを考えていた。