そんななか、私の心には別の感情が渦巻いていた。
彼女は、宙くんが私に特別な気持ちを持っていると勘違いしているみたいだけど、そんなことが本当にあり得るのだろうか?

宙くんが私によく話しかけてくれるのはただの偶然か、たまたま話しやすいからだと思っていた。

莉桜が言うように「変わった」なんて私が原因で誰かが変わるなんて考えられない。
私はそんな大層な人間じゃないし、宙くんにとって特別な存在であるはずがない。

そんなことを思いながら、私は莉桜に向かって言い返すことにした。この誤解さえ解ければ、なにも起きずに平和に戻れるかもしれない。

「莉桜、宙くんは多分…ただ、友達として話してくれてるだけだよ。宙くんが変わったっていうけど、それって私が理由じゃないんじゃないかな?」

私の言葉に莉桜の顔が険しくなり、眉をひそめる。そして少しの間私を見つめた後、彼女の瞳と仮面には悲しみと苛立ちが浮かび上がった。

「…あんたには分からないのよ、宙がどう思ってるかなんて!」

そう言った彼女の瞳には涙が浮かんでいて、私の方を見ずにさっさと歩き出して行ってしまった。

「っ…莉桜、待っ!」

私の言葉に振り返ることはなく彼女の背中が見えなくなるまで、私はその場に立ち尽くすしかなかった。
りのんの仮面には、ただの嫉妬だけではない「不安や焦燥」が隠されているような気がしたけどそれが何なのかはよくわからなかった。

その後、私は慌てて彼女を追いかけようとしたが神社の暗い道は思っていた以上に複雑で、気付けば周りに誰もいないことに気がついた。

「え…?ここ、どこ…?」

周囲を見渡すと、木々の間からほのかに月明かりが漏れているだけで道はどこにも見当たらない。
先ほどまで聞こえていた莉桜の足音すら、もう聞こえない。私は完全に迷子になってしまったのだ。

不安と焦りが心の中に広がる。
肝試しとはいえ、こんなに暗い場所で一人になるなんて想像もしていなかった。

胸の鼓動が速くなり冷たい汗が背中を伝うのがわかる。

「どうしよう…」

声に出しても、返ってくるのは静寂だけ。
遠くからはかすかに風の音と、木々がざわめく音が聞こえるだけだった。
周りが暗くて見えない分、不安と恐怖がどんどん増していく。

この感覚には覚えがあった。
幼かった頃に両親とお祭りに行った時のことだった。
あのときの楽しさや、両親の笑顔が眩しかったのを今でも覚えている。
けれど、人混みのせいか歩いていくうちにいつのまにかはぐれてしまい、人気の少ない神社の方に迷い込んでてしまったのだ。

怖くて、泣きそうで、息が苦しくて。
でもその時だった。ある男の子が私に声をかけてくれた。

「泣かないで。大丈夫だよ」
無邪気な笑顔で、彼はうずくまって泣いていた私に手を差し伸べてくれた。

「ぅう…おか、ぁさんもお父さんもいなくなっちゃった…」
まだ涙が止まらない私に、その子は嫌な顔一つせず私のそばにいてただ話を聞いてくれた。
不思議と彼の笑顔を見ているうちに、私の気分は次第に落ち着いていった。

「あ、の…名前は!」
彼の名前を尋ねようとしたその瞬間、空に光の花が咲き赤や青の光が夜空を染めた。
まるで天から降り注ぐ光の雨のように、一瞬の輝きが広がっていく光景に私は息を飲んだ。

「わぁー…!きれい!!」
さっきまで泣いていたことが嘘かのように私は笑顔を見せた。男の子は一瞬驚いたようだったけれど、すぐに私と同じように満面の笑顔を返してくれた。

そのあとに結局両親が見つけ出してくれて、「またね!」と男の子は去ってしまった。結局名前を聞くことはできないままだった。

あの時の男の子は…今どうしてるだろうか?

ふと昔のことを思い出して、気分がもっと沈んでしまう。もう助けてくれる人なんていないというのに。
とにかく私はその場でぐるぐると目をこらしながら歩き回り始めた。
どうにか元の場所に戻らなきゃ、と思うもののどちらの方向に進めばいいのかすらわからない。

胸の奥がぎゅっと締め付けられるような感覚が広がり、目の前が少しずつぼやけてくる。

「誰か…」
その小さな声は、森の中に溶け込んでしまいまるで誰にも届かないようだった。