高校1年生の頃、俺──宙はいつも笑顔で周囲の人たちと接することを心掛けていた。

誰とでも仲良くなれるし、笑顔でいることで自分も楽しいし、周りも楽しくなる。
そうやって人間関係を築いてきた。周囲からの評価も悪くない。別にこの生き方が苦に思うわけでもないし、至って普通のことだと思っていた。

でも、ある日、ちょっとした出来事が起こった。

俺が一度だけ告白されて付き合った女の子の言葉を、たまたま耳にしてしまった。

「宙は顔がいいし、いつも笑っているし、何でも言うことを聞いてくれるから便利」なんて。便利…か。

その言葉を聞いた瞬間、胸に何かが引っかかった。

便利ってなんだよ。俺はただ笑顔で接していただけだ。俺の存在が、そんなふうに使われているのかと思うと心のどこかで、何かが崩れそうな気がした。

そんなとき、ある女の子が現れた。
あまり見た事がない子で、話したことも一度もなかった。
だけど、彼女の行動にふと目がいってしまう。

「そういうこと言うのは良くないと思います…」

声が震えているのが分かる。それは女の子に放った言葉だった。その瞬間、思わず驚いてしまった。

名前も知らない女の子。そしてきっと彼女も俺のことなんで全く知らないのだろう。それでも俺のために何かを言ってくれたことが無性に嬉しく感じた。

心が暖かくなって、今までに感じたことがない感情が渦巻く。

「は…?誰?」
当方人は驚いた顔をして彼女に聞き返している。どうやら緊張しているのか、まだ少し震えた声で言葉を続けた。

「その人、あなたのことが好きだから、あなたのためを思ってくれているから、優しいんじゃないですか」

彼女の言葉を遮るように、表情を変えてもう一人の子が言い放つ。

「はぁ?…もういいよ、行こ。冷めるわ。」
冷たい言葉を吐き捨てるように、その場を立ち去ってしまった。彼女はその瞬間、力が抜けたようにしゃがみ込んでしまった。

「どうしよう…あ、言えた…。よかったぁ…」

涙声で言った彼女の言葉は、俺の心に響いた。思わず、話しかけようとしたけどその表情を見ると、なんだか声をかけづらくなった。

俺はその時からずっと想乃ちゃんが好きだった。どこのクラスの子なのか、名前はなんて言うのか…自分でもあの時の行動力には驚いてしまう。

でも確かに彼女の勇気を見たとき、何かが変わった気がしたんだ。

高校3年生になった今、やっと同じクラスになれた時すごく嬉しかった。けれど、彼女の笑顔は俺の友人である彗といる時にこそ一番輝いていた。

「俺だって…俺も本気で好きだったんだよ、ばーか」

そんな言葉が頭をよぎる。でも、想乃ちゃんが彗と笑いあっている姿を見るのは、俺にとっても嬉しいことなんだ。
彗のことも大好きだし、二人で一緒にいる時の彼女はいつもより楽しそうだから。

本当は伝えたかった。でもこの気持ちはしまっておくんだ。彼女を困らせないように、幸せになれるように。

───花火のように咲く彼女の笑顔が見たいから。
俺も彼女の幸せを心から願う。彼女の笑顔が消えないように、俺は影から見守ることにした。

いつか、想乃ちゃんと一緒にいられる日が来ることを夢に見て。そんな叶わない想いを抱えながら、それでも俺はこの選択に後悔はなかった。

好きな人の笑顔を見られるのなら…それで十分なのだから。