今日は、彗や宙くんと正面から向き合って話すことができた。これで全部がすぐに変わるわけではないだろう。それでも、この行動にきっと意味はあると思った。


家に帰ると、久しぶりに家の中の風景が目に映ったように思えた。散らかっているわけでも、特別綺麗なわけでもない、いつもと同じ風景。
でも今日は少しだけ違って見える気がした。私がこれまで気づかなかった何かが、この家にも存在しているのかもしれない。

「想乃おかえり…明日、行くわね」

リビングに入ると、お母さんが淡々と入院の準備をしている姿が目に入った。その声に寂しさを感じたのはほんの一瞬だったけど、それを飲み込んで私は笑顔を見せた。

「うん…無理はしないでね」

お母さんは私の言葉に微笑んで、静かに頷く。
久しぶりに母と向き合って話す時間だ。どこかぎこちないけれどこれ以上この気持ちでいたくはないと思った。親子として、最後に少しでもいい思い出を残せるように。

「そういえば、好きな人と花火大会に行くことになったんだ」

私が何気なく言うとお母さんは少し驚いたように目を見開いたけれど、すぐに笑顔に変わった。

「へぇ、どんな浴衣がいいかしらね」

そんな他愛もない会話が、どうしてだろう、今まで以上に家族らしい気がした。浴衣の色や柄の話をして、二人でいろんなことを想像して笑い合った。
お父さんもたまにその会話に入ったりして「彼氏か…?」と落胆したような表情を見せた。
堅物で私のことなんて興味がないと思っていたが、そんなことはなかった。きっと話す機会を私自身も遮っていたのだろうと今になって気付く。
まるで、喧嘩やすれ違いなんてなかったかのような平和な時間が流れていった。

ふと、胸がいっぱいになった。こんな些細な会話だけでこんなにも嬉しくて、幸せなんだって思えたのは初めてだったかもしれない。

その日の夜は、布団に入ってもその余韻が抜けなかった。自然と笑みがこぼれてその日はぐっすりと眠りについた。

──夢を見た。

それは久しぶりに見る暖かくて、優しい夢だった。
夢の中で、私は夢だとすぐに気付く。
気がつくと、ふわふわとした雲の上にいてどこまでも広がる光に包まれていた。
目の前には、彗や唯、宙くんや莉桜たちがいて──そして優しい両親が、みんな笑っている。
私もその輪の中で満面の笑みを浮かべながら幸せそうに話をしていた。

『 ──私、こんなに変わったんだね』

夢の中で、そんなことを思う。夢の中にいるもう一人の私は穏やかで安心しきっているような声色で皆と話をしていた。
変わり始めたのは、きっと彗がいてくれたから。
────彼がいたからこそこの景色が実現した。
まだ私は、そんな君に大切な想いを伝えられていない。

君が好き(・・・・)

今は夢の中だけだけど、いつか必ず、現実でもこの想いを伝えられますように。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

その朝私は、ぱっちりと目覚めた。はじめに瞳に飛び込んできたのはカーテンの隙間から見える透明な夏空だった。
雲一つない青空を見ていると、心の中強く残るものが一つだけあった。彗への想いが胸の中で膨らんでいるのを感じる。