「…想乃?」
振り返った彗は、私がここまで着いてきたたことに驚いた表情を浮かべていた。
昨日ことなのに、彗の声を間近で聞くのはなんだか久しぶりのように思えてしまう。

私は呼吸を整えてから口を開いた。
「…彗!私ね、彗がなにに悩んでるのか抱えてるのか分からない!!だから、教えて!私に…ぶつけてよ!」

私たちが一緒に過ごした時間を思い出す。彼が私の仮面を剥がそうとしてくれた瞬間、少しずつ心を開く勇気をもらったこと。
あの時、彼がそばにいてくれたから私は少しずつ変われた。

「……」
立て続けに話したせいで少し息切れしてしまう。彗の表情は曇っていて、口は固く閉ざされていた。
でも、それでも…君のその仮面は───!
前よりも広がり大きくなっているひびがある。

君はいつも無表情で、最初こそ人の心にずけずけ突っ込んできて私の心を掻き乱しにきた。
感情欠落してんじゃないの?って思うくらい仮面の表情もずっと変わらない。

「っ、でも…彗は優しいよね、私のことを何度も助けてくれた。でも自分のことは全然話さない」

私は、ずっと勘違いしていた。仮面が変わらない君はもしかしたら何も感じていないのかなって。でもそれは違う。

君の仮面の裏にはもうひとつ仮面があるのだろう。
心の中で押し殺して何もかも感情なんてなくしたみたいに。辛いも、苦しいも、怒りも、涙も…全部隠してる。ひびが徐々に大きくなればなるほど、私はそれを感じる。

その裏に見える君の本当の仮面が見える。本当の──想いが。

「っ…負けるな!!!」
「…っ!」
彗が一瞬目を見開いたのが分かる。

自分の気持ちを伝えるのは怖い。ヘルメットを脱いで思いっきり地面にぶつかるのは怖い。
でも…それでも、その先にあるのは本当に地面なの?
怖くて、不安で、そんな時に誰かがそれを支えて受け止めてくれたなら。

それはきっと地面なんかじゃなくて、柔らかくて心地いい綿あめみたいな場所。彗が好きな…綿あめだよ。
私のことを受け止めてくれたように、私だって君がどれだけ重たかったとしても、君を絶対に地面に落としたりしない。

私は大きく息を吸って今までにだしたことがないほどの声で叫んだ。ちゃんと君に届くように。

「仮面なんて、っぶち壊せーー!!!」
「…は?仮面って…」
意味の分からないことを言い出す私に驚いたのか彼が目を丸くしているのが見える。けれどそんなことお構い無しに私は続けた。

「全部っ…全部、隠さなくていいんだよ!少なくとも私はそうした!彗が教えてくれたんだよ」

感情が昂ったせいだろうか。涙が目からこぼれ落ちているのが分かる。

「っ…!!想乃!」
先程まで黙っていた彗が私の元に駆け寄ってくる。
乱雑に、でも優しいその袖で私の涙を拭ってくれた。
彼は一瞬戸惑ったように顔を逸らしたけれど、すぐになにか決心したように私の方を向いて口を開いた。

「…俺の話、聞いてくれるか?」
その言葉を聞いた瞬間、胸の中にじわっと暖かいものが広がる。涙でぼやけた視界の中でも、彗の真剣な表情ははっきりと見えた。私はただうなずくことしかできない。

「うん、聞くよ。聞かせて…」
彗は少し息を吸い込んで迷いを振り払うように顔を上げた。風がまた吹き抜けて、私たちの間をそっと撫でる。