(7)
「ふざけるな」
 そして帰宅後。
 見慣れたリビングで一息つき、人生初の衝撃からようやく我に返った。
「さっきのは、いったい何だったわけ。どうしてあんな奇行に走ったわけ。ん?」
 ダイニングチェアーに腰を据えた芽吹が、床に坐する息吹を冷たく見下ろす。
 息吹に至っては自分の責をわかっているのかいないのか、今の状況を打破しようという気は見られなかった。
「奇行かな? 俺としてはかなりなナイス判断だったと思ってるけど」
「兄が妹に……、き、す。を、することのどこがナイス判断なんでしょうか」
 思わず「キス」の部分は音量を下げてしまう。
 だって、初めてだったのだ。そんな単語が日常会話に出たことだってない。異性交際すら、したことがないのだから。
 ただ――今怒りをぶつけている理由が、厳密には「キスをされたこと」ではないことを、芽吹は気付いていた。
 他の見知らぬ男相手なら、こうはいかなかっただろう。相手が息吹だったから、自分の兄だったからだ。
 自分の中に、もうはっきりと息吹の居場所が出来上がっている。それをこんな形で実感することになるなんて。芽吹は内心舌打ちしたい気分だった。
「1番いい方法だったでしょ。あのプレイボーイに、芽吹と同じ気持ちを味わってもらうには」
「……は?」
 息吹の言葉がゆっくりと頭に染みてゆき、叱責の言葉は勢いをなくしてしまう。
 安達と百合の恋人関係に、子どもみたいに不機嫌になって、心がもやもやして、吐き出すのも上手にできなかった。
 でも確かに今は、その如何ともしがたかった重い感情が、どこか軽くなっていると感じる。
「そんなことのために、あんな」
「そんなこと? 俺にとっては、すごく大切なことなんだけど」
「抵抗とか、なかったの」
「全然。だって、芽吹が相手だし」
 さも当然のように答える息吹に、芽吹は軽く混乱してくる。
 ちょっと待て。兄妹ってこういうものなのか。例えば悪い男を反省せしめるために、口づけ合うなんて、抵抗なくできるものなのか。
「向こうにも色々弁解もあるんだろうけどさ、芽吹を泣かす奴は、俺は許さないし認めない」
「え」
「さっきも言ったでしょ。芽吹は俺の、可愛い妹なんだよ」
 無垢な笑顔を浮かべた息吹が、いつの間にか床から腰を浮かし芽吹に歩み寄っていた。
「ね。だって俺、芽吹が世界で一番好きで、大切だから」
「……!」
 つい先ほど垣間見た、男にしては長いまつげが近くにあるのに気づき、心臓が大きく音を立てる。
 居心地のいい距離が出来上がっていたはずなのに――どうしてこうなったんだろう。
 満足げに「お風呂に入るねー」とリビングを後にした息吹をみ置くり、芽吹はしばらく天井を仰ぎ見ていた。