昔、図書館で分厚い図鑑を見た。

 見たことのない動物、名前も知らない魚、想像もしていなかったようなカラフルな鳥。到底植物には見えないような色の花、まるでゲームの世界から飛び出してきたような不思議な形の微生物。この世には、まだまだ知らないことがこんなにあるんだなと思った。

 目に見える物だけが全てだと思っていた。それだけではなかったことを知った。きっとまだまだ、想像したことの無いようなものがたくさんあるのだろう。世界が広がった。

 たとえどんな不可思議なことが起こっても、納得のいかないことが起こっても、それはただ自分が知識として持っていなかっただけで、初めからそういうものだと認識してしまえば何のことはない。受け入れるにしろ、拒絶するにしろ、そのあと自分で選択すればいいことだ。

 その時から少しだけ肩の力が抜けて、少しだけ生きやすくなったような気がする。

――だがしかし。
 命にかかわるともなれば話は別だ。

 自らの身体を拘束する謎の植物、こちらを眺めて舌なめずりをする、人の姿をした得体のしれないモノたちを前に、さすがに悠長なことは言っていられない。
 助けを求めようにも、目に見えない壁がその向こうで何事も無く普通の生活を送る人々との間を隔てているのだ。

 食べられる、と思った。普通に人間生活をしていてこんな感覚を覚えることなどほとんどないのだろうけれど、比喩ではなく、本当に食べられると思った。人間にこんな本能があったなんて、と頭のどこかで感心しながら、しかし声に出すことも出来ず、身動きも取れずに、ただただ途方に暮れていた。

 ことの始まりは、二月の始めにさかのぼる。