2024年7月21日(日)

 ほんと。ブランクがあり過ぎて、何を書けばいいかわからないけど。まずは思いつくままに書いてみるな。
 誤字とか文章がおかしい所なんかは、悪いが目を瞑ってくれよ?

 春香。お久しぶり。
 昼に母さんが話してた病気の話。完治して本当に良かったな。
 そして、もしもの時の事を考えてくれて、本当にありがとう。

 確かに、もし春香が死んだなんて知ったら、きっと俺は立ち直れなかったかもしれない。
 あの日の別れだけでも本当にショックで、しばらくの間、両親が心配するくらいには落ち込んでたしな。
 ちなみにこの時の話は、絶対母さん達に聞くなよ? 俺だって、知られたくない話もあるんだから。
 って事で、一旦この話はここまで。

 で。話は変わるけれど。実は俺、今朝、春香の夢を見たんだ。
 小さい頃のお前が俺にノートを渡してきて、次は俺の番だって言われる夢でさ。
 それで、想い出に浸りたくなって、たまたまあの場所に行ったんだけど。まさかそこで、お前に会えるなんて思わなかった。

 春香が日記の中で、変わろうと頑張ったって書いていたけどさ。本当に、すごく変わっててびっくりしたよ。
 隠しても仕方ないから、はっきり言っておくけど。
 俺から見ても、まるでアイドとかモデルじゃないかって思うくらい、めちゃくちゃ可愛くなってた。
 ちなみにこれ、お世辞じゃなくって本音だからな。
 だから最初会った時、お前だって言われたのに疑ったんだよ。
 ただ、あの反応はよくなかったよな。反省してる。ごめん。

 しっかし。これだけ可愛くなったんだ。絶対学校でもモテただろ。
 きっと彼氏の一人くらい、できたんじゃないか?
 彼女なんていないどころか、告白ひとつされなかった俺とは雲泥の差だよ。

 会話も以前と違って自然に話せてて、本当に感心した。
 あのお喋りな母さんと軽快に話せるなんて、昔のお前じゃ考えられなかったからさ。

 ただ……俺と話すのは、やっぱりまだ不安か?
 あ。別に不安でもいいからな。
 六年振りなのに、急に軽快に話されてもこっちが戸惑うし。お前のその反応で、春香といるんだって感じられたんだから。
 まあ、これからは嫌でも顔を合わすんだ。慌てず変わっていけばいいさ。

 ちなみに、ノートを渡す前に伝えたと思うけど、俺は、お前に会えて本当に嬉しかったよ。
 いきなり俺の家で居候だなんて、思ってもみなかったけど。正直言って、それもすごく嬉しいんだ。
 会いたいと思ってた春香と、一緒にいられるんだから。

 これから当面一緒なんだし、春香も遠慮しなくていいからな。
 思ってた俺と違ってたなら、無理に話さなくたっていいし。頑張って話したいっていうなら、どんどんチャレンジしてもらってもいいから。

 ちなみに、春香が嫌じゃなかったら、俺もお前との会話を増やしてみようと思ってる。
 ただ、最初から一気にってのは大変だろうから、少しずつな。
 いつかお互いの言葉で色々伝えられるようになったら、やっぱり嬉しいしさ。

 ……もっと色々書きたい事があるんだけど、やっぱり俺は文章じゃ中々うまく伝えられないな。春香と違って文才もないし。
 とりあえず日記越しでもいいから、これまでのお前の事から、今のお前の事まで。少しずつ教えてくれないか?
 勿論、俺のことも色々教えるから。

 あと、もし行きたい所なんかがあったら教えてくれ。
 おあつらえ向きに夏休み。色々な所に行って、昔とどう変わったのか、色々見に行ってみよう。

 それじゃ、返事はここまで。
 次の日記も楽しみにしてるな。

 P.S
 日記はお前の提案通り、しばらく続けてみよう。
 お前もきっと、落ち着いて文章を書くほうが、色々伝えやすいだろうし。
 思い出を振り返られるっていうのは、確かに面白そうだしな。

                     琢磨

      ◆   ◇   ◆

 ……勢い任せにあんな日記を書いてみたけど、やっぱりやばくないか!?
 風呂に入った後、寝るためにパジャマ姿でベッドに横になった俺は、電気を消した薄暗い部屋で、自分が書いた日記の内容に疑心暗鬼になっていた。

 いや、文章の拙さは、百歩譲って仕方ないと思う。
 だけど、流石に彼氏がいるのか聞くのは、プライベートに踏み込み過ぎだろって……。

 それに、あいつの日記は俺に会う前に書いた物。だから、まだ見ぬ俺に期待してる部分もあったと思う。
 だけど、もし思っていたのと違う男に映ってたとしたら、さっきの日記を読んで、嫌な気持ちになってる可能性だってあるだろ?

 あと、春香の返事の中に、六年前の告白に言及されてなかったよな。
 ってことは、やっぱりあいつは俺と違って、好きとか考えてなかったんじゃないか?
 だとしたら、さっきの内容だって、キモがられてる可能性だってあるだろ!?

 昔は小学生だったし、こういう事なんて気にせず、ズバズバと日記を書けた。
 だけど、俺達はもう高校一年。流石に相手のことを考えなしに、日記を書くわけにもいかないわけで。
 そう考えたら、俺って全然配慮できてないじゃないか。

 絶対、やらかしよな……ああああぁぁぁぁっ!
 思わず叫びたい衝動に駆られるけど、今は隣の部屋で春香も寝てる。
 これで奇声の一つもあげようものなら、それこそ幻滅されるだろって……。

 声を堪える代わりに、ベッドで一人悶える俺。
 結局俺は、自分が書いた日記の事を考え過ぎて、夜更け過ぎになっても全然寝付けなかった。

      ◆   ◇   ◆

  ミーンミンミンミンミン……。

 ……ん……蝉か。朝からうるさいなぁ。ふわぁ……。
 ぼんやりとしながら窓の方を見ると、カーテン越しに感じる光がずいぶん強い。

 ん? 朝じゃないのか?
 頭がまだ、霞がかっている感じがする。
 結局、昨日は何時頃寝たんだ?

 ベッドボードに無造作に手を伸ばし、探り当てたスマホを手に取り時間を見ると……うわっ。もう十時を回ってるのか!?
 まさかの出来事に、俺は勢いよく上半身を起こした。

 ふと見れば、部屋の壁掛け時計も、やっぱりスマホと同じ時刻を指している。
 何時に寝たかはよく覚えてないし、夏休みとはいえ、これは流石に寝過ぎだろって……。
 思わず手で顔を覆い、がっかりしていると。

  コンコンコン

 っと、優しく部屋のドアがノックされた。

「はい」
「ター君。起きてる?」

 へ? この声は、春香!? ……って。昨日から居候してるじゃないか。
 別に驚くことはないんだけど、目覚めた頭には流石に刺激的。お陰で一気に頭が覚める。

「あ、うん。今起きた」
「そ、そっか。おばさんが、ご飯にしてって」
「あ、ああ。わかった」

 ドア越しに聞こえる緊張気味の澄んだ声。
 そこに春香がいるってだけで、ちょっと頬が緩みそうになったけど、すぐに日記でのやらかしを思い出してしまい、そのまま笑みが凍りついた。

 あいつ、あの日記を読んでどう思ったんだ?
 頭に過ったそんな疑問。すると、まるでそれに答えるかのように。

「あ、あと……ノート。読んでおいてね」

 そんな言葉を残し、春香は昨日同様、足音を立て去って行ってしまった。

 ……ノートを、読んでおいて?
 頭でその言葉を復唱した瞬間。はっとした俺がベッドから起き上がり、ドアを開け廊下を見ると、そこには彼女の言葉通り、交換日記が壁に立て掛けられ残されていた。

 つまり、返事が書いてあるって事、だよな……。
 ゆっくりと屈みそれを手にした俺は、一旦部屋に戻ると、ベッドに腰を下ろしノートを両手で持つ。

 どんな返事が書いてあるのか。不安のせいでノートを持つ手が少し震え、緊張で思わず息を飲む。
 だけどもう、読まないって選択肢はない。
 俺も、あいつの日記を続けようって言葉に、OKしたんだから。

 ……よし。いくぞ。
 俺は覚悟を決め、ゆっくりとページを捲ると、あいつが書いたであろう日記に目を通した。

      ◆   ◇   ◆

 2024年7月21日(日)

 ター君。お返事ありがとう。
 こんなに早く帰ってくるなんて思ってなかったから、ちょっと驚いちゃった。

 まだ、ちょっと気持ちがふわふわしてて、頭が整理できてないの。
 だからまずは、伝えたいことだけでも頑張って書くね。

 あのね。私、最初に謝らないといけないことがあるの。
 やっぱり私、ター君の前で昔みたいに喋れなくなかったね。
 変わろうって頑張ったのに、こんな事になっちゃってごめんなさい。

 でも、元を正せばター君のせいなんだよ。
 だって、ター君……すごく、格好良くなってたから。

 残念だけど、私はター君の事を懐かしもうって思って、あそこに足を運んだんじゃないの。
 駅に着いてすぐ、園子おばさんから電話があったんだけど。ター君は多分、川の方に行ったって聞いて、それであそこかな? って思って行ってみたんだよ。
 そうしたら、すごく格好いい男の子がいて、私はドキッとしたの。
 昔のター君も格好良かったけど、まるで別人のような、だけどすごく素敵な男の子。
 あれが本当にター君なの!? って、目を疑っちゃったもん。

 あの時、本当に緊張しちゃって、話しかけるのはすごく勇気がいったんだよ。
 それでも何とか声を掛けられたし、最初は普段通りに話せたと思う。

 だけど、ター君がまだ園子おばさんから、私が居候するって聞いてなかったのを知った時、こんな格好良いター君と、同じ家で暮らすんだって考えたら、急に恥ずかしくなっちゃって……。
 それで緊張しちゃって、昔みたいに話せなくなっちゃったの。

 しかも、一緒に暮らすって知ったター君の反応が、ちょっと微妙だったでしょ。
 それで、本当は私と一緒に暮らすのなんて嫌なのかなって、より不安になっちゃって……。
 私だけ勝手に喜んでただけのかな。ター君のこと、もっとちゃんと考えた方が良かったのかなって、どんどん自信がなくなっちゃったの。
 そういう弱気な所も、直さなきゃいけなかったのに……。

 でも、そこまで不安だったからこそ、さっきター君が私と会えて嬉しかったって言ってくれて、すごくほっとしたんだよ。
 日記の返事を読んだ時なんて、嬉しすぎてちょっと泣いちゃったもん。
 流石にター君みたいに、ノートは濡らさなかったけどね。

 そういえば、ター君に彼女ができなかったのは、ちょっと意外だったかも。
 だって、本当にすごく格好良くなったし、相変わらず優しいし。
 私のいた学校に通ってたら、絶対周りが放っておかないと思うな。

 でも、同時にちょっとほっとしちゃった。
 もし彼女がいるのに、私が居候する事になったら、きっと気まずかったと思うから。

 私は一応、何回か告白されたことはあるよ。
 だけど、どれも断っちゃった。
 だって、みんな小さい頃のター君ほど、優しくなかったんだもん。
 私はやっぱり、優しい人がいいし……なんて言ってたら、未だにあなたに甘えてるみたいだよね。

 もうあの時と違うんだから。それじゃダメ。
 今度はター君がに心配を掛けないだけじゃなく、私が頼ってもらえるようにならないと。

 ター君。
 お別れの時、勇気づけてくれてありがとう。
 こうやって再会できて、嬉しかったって言ってくれてありがとう。
 私もあなたに再会できて、本当に嬉しい。
 これから一緒に暮らせるのも、すごく楽しみだよ。

 明日は折角だし、何処かに連れて行ってもらいたいけど、場所はター君にお任せしちゃおっかな。
 後、これから夏休みでしょ?
 神社の夏祭りとか、まだやってたりする?
 海の花火なんかもやってるなら、是非一緒に行きたいな。

 まだ緊張しちゃって、うまく話せないかもしれないけど、少しずつ頑張るから。
 これからまた、よろしくね。

                     春香

      ◆   ◇   ◆

 ……よかったぁ。

 日記を読み終わった俺は、体の力が一気に抜けて、そのままベッドに仰向けに倒れた。
 いや、あの日記で気分を害さなかったか、本気で心配だったからからなぁ。
 思ったより好意的で本当に良かった。

 でも、俺って格好良いのか?
 流石にダサいとまでは思ってないけど、モテた事もなかったし、自分じゃ普通くらいに思ってたんだけど。
 春香にとってはそうじゃないんだな……って、好きな人にそう言われると、ちょっと顔がにやけるな。

 あと、あいつも彼氏はいなかったのか。
 確かに彼氏がいたら、流石に気まずかった。
 でも、それだったらわざわざこっちに来ないで、無理にでも向こうで一人暮らしをしてた気がする。

 そういや、彼氏で思い出したけど。日記を読む限り、春香の俺に対する印象はかなりいいよな。
 もしかしてこれ、暗に告白にOKしてもらった?
 ……い、いや。それは気が早いか。
 ただ、この感じだったら改めて告白しても、振られたりはしなさそうだけど……。

 春香が彼女……あれだけ可愛くなったあいつが、彼女……。
 一気に顔が熱くなってるのは、夏の暑さのせいじゃない。
 あいつと並んで歩くのを想像しただけで、恥ずかしくなっただけ。

 ……やばい。意識し始めたら、妙に緊張しだした。
 大丈夫か? この後、春香とどう顔を合わせたらいいか──。

「琢磨! 早く降りてきてご飯食べなさい! 春香ちゃんも食べずに待っててくれるのよ?」

 うおっ!?
 突然聞こえた母さんの怒鳴り声に、思わずびくっとする。
 そ、そうだ。朝ご飯の話をしてたじゃないか。

「ご、ごめん! すぐ行くから!」

 慌てて飛び起きた俺は、パジャマを脱ぎながら、クローゼットから私服を取り出し、急いで着替え始めた。
 ……これでよし。えっと髪型は……。
 近くの姿見で寝癖がないかを確認。……よかった。今日は大丈夫そうだ。

 改めて服装の乱れがないことを確認した俺は、そこで胸に手を当て大きく深呼吸する。
 と、とりあえず落ち着こう。変におどおどしたって始まらない。
 ま、まだ別に、春香と恋人になれたわけじゃない。
 そ、そう。俺達は幼馴染。ただの幼馴染なんだから。

 現実を頭に叩き込み直した俺は、意を決して部屋を出て、階段を降りる。
 そして、そのままダイニングキッチンに入った瞬間。テーブルに付きこっちを見ていた春香は、俺と目が合うとちょっとはにかんだ後。

「……ター君。おはよう」

 そう言って、優しく微笑んでくれた。

「お、おはよう。春香」

 あいつの魅惑的過ぎる声と表情に、耳まで真っ赤にし、恥ずかしさに悶えそうになる。
 けど、何とかそれを堪えて笑顔を返すと、そのままあいつの隣の席に付いた。
 ちらりと横目で見ると、恥ずかしそうに。だけどどこか嬉しそうに、上目遣いにこっちを見ている春香。

 ……これ、夢じゃないんだよな?
 現実のはずなのに、どこか現実味の薄いこの状況に、ふわふわとした気持ちのまま、俺はふとこう思ってしまった。

 六年振りに再会した春香と、六年振りに再開した交換日記。
 それらがまるで、あの夏の日の続きのように、俺の初恋の続きを綴りだしたのかもしれないなって。

 ……って。
 何を柄にもなく、詩人みたいな事を考えてるんだか。
 そんな気取った文章を考えるくらいなら、もう少しちゃんとした返事を書けるようにしよう。

 ちゃんと、二人の思い出を書き残せるように。

                  ~完~