2024年7月21日(日)
ほんと。ブランクがあり過ぎて、何を書けばいいかわからないけど。まずは思いつくままに書いてみるな。
誤字とか文章がおかしい所なんかは、悪いが目を瞑ってくれよ?
春香。お久しぶり。
昼に母さんが話してた病気の話。完治して本当に良かったな。
そして、もしもの時の事を考えてくれて、本当にありがとう。
確かに、もし春香が死んだなんて知ったら、きっと俺は立ち直れなかったかもしれない。
あの日の別れだけでも本当にショックで、しばらくの間、両親が心配するくらいには落ち込んでたしな。
ちなみにこの時の話は、絶対母さん達に聞くなよ? 俺だって、知られたくない話もあるんだから。
って事で、一旦この話はここまで。
で。話は変わるけれど。実は俺、今朝、春香の夢を見たんだ。
小さい頃のお前が俺にノートを渡してきて、次は俺の番だって言われる夢でさ。
それで、想い出に浸りたくなって、たまたまあの場所に行ったんだけど。まさかそこで、お前に会えるなんて思わなかった。
春香が日記の中で、変わろうと頑張ったって書いていたけどさ。本当に、すごく変わっててびっくりしたよ。
隠しても仕方ないから、はっきり言っておくけど。
俺から見ても、まるでアイドとかモデルじゃないかって思うくらい、めちゃくちゃ可愛くなってた。
ちなみにこれ、お世辞じゃなくって本音だからな。
だから最初会った時、お前だって言われたのに疑ったんだよ。
ただ、あの反応はよくなかったよな。反省してる。ごめん。
しっかし。これだけ可愛くなったんだ。絶対学校でもモテただろ。
きっと彼氏の一人くらい、できたんじゃないか?
彼女なんていないどころか、告白ひとつされなかった俺とは雲泥の差だよ。
会話も以前と違って自然に話せてて、本当に感心した。
あのお喋りな母さんと軽快に話せるなんて、昔のお前じゃ考えられなかったからさ。
ただ……俺と話すのは、やっぱりまだ不安か?
あ。別に不安でもいいからな。
六年振りなのに、急に軽快に話されてもこっちが戸惑うし。お前のその反応で、春香といるんだって感じられたんだから。
まあ、これからは嫌でも顔を合わすんだ。慌てず変わっていけばいいさ。
ちなみに、ノートを渡す前に伝えたと思うけど、俺は、お前に会えて本当に嬉しかったよ。
いきなり俺の家で居候だなんて、思ってもみなかったけど。正直言って、それもすごく嬉しいんだ。
会いたいと思ってた春香と、一緒にいられるんだから。
これから当面一緒なんだし、春香も遠慮しなくていいからな。
思ってた俺と違ってたなら、無理に話さなくたっていいし。頑張って話したいっていうなら、どんどんチャレンジしてもらってもいいから。
ちなみに、春香が嫌じゃなかったら、俺もお前との会話を増やしてみようと思ってる。
ただ、最初から一気にってのは大変だろうから、少しずつな。
いつかお互いの言葉で色々伝えられるようになったら、やっぱり嬉しいしさ。
……もっと色々書きたい事があるんだけど、やっぱり俺は文章じゃ中々うまく伝えられないな。春香と違って文才もないし。
とりあえず日記越しでもいいから、これまでのお前の事から、今のお前の事まで。少しずつ教えてくれないか?
勿論、俺のことも色々教えるから。
あと、もし行きたい所なんかがあったら教えてくれ。
おあつらえ向きに夏休み。色々な所に行って、昔とどう変わったのか、色々見に行ってみよう。
それじゃ、返事はここまで。
次の日記も楽しみにしてるな。
P.S
日記はお前の提案通り、しばらく続けてみよう。
お前もきっと、落ち着いて文章を書くほうが、色々伝えやすいだろうし。
思い出を振り返られるっていうのは、確かに面白そうだしな。
琢磨
◆ ◇ ◆
……勢い任せにあんな日記を書いてみたけど、やっぱりやばくないか!?
風呂に入った後、寝るためにパジャマ姿でベッドに横になった俺は、電気を消した薄暗い部屋で、自分が書いた日記の内容に疑心暗鬼になっていた。
いや、文章の拙さは、百歩譲って仕方ないと思う。
だけど、流石に彼氏がいるのか聞くのは、プライベートに踏み込み過ぎだろって……。
それに、あいつの日記は俺に会う前に書いた物。だから、まだ見ぬ俺に期待してる部分もあったと思う。
だけど、もし思っていたのと違う男に映ってたとしたら、さっきの日記を読んで、嫌な気持ちになってる可能性だってあるだろ?
あと、春香の返事の中に、六年前の告白に言及されてなかったよな。
ってことは、やっぱりあいつは俺と違って、好きとか考えてなかったんじゃないか?
だとしたら、さっきの内容だって、キモがられてる可能性だってあるだろ!?
昔は小学生だったし、こういう事なんて気にせず、ズバズバと日記を書けた。
だけど、俺達はもう高校一年。流石に相手のことを考えなしに、日記を書くわけにもいかないわけで。
そう考えたら、俺って全然配慮できてないじゃないか。
絶対、やらかしよな……ああああぁぁぁぁっ!
思わず叫びたい衝動に駆られるけど、今は隣の部屋で春香も寝てる。
これで奇声の一つもあげようものなら、それこそ幻滅されるだろって……。
声を堪える代わりに、ベッドで一人悶える俺。
結局俺は、自分が書いた日記の事を考え過ぎて、夜更け過ぎになっても全然寝付けなかった。
◆ ◇ ◆
ミーンミンミンミンミン……。
……ん……蝉か。朝からうるさいなぁ。ふわぁ……。
ぼんやりとしながら窓の方を見ると、カーテン越しに感じる光がずいぶん強い。
ん? 朝じゃないのか?
頭がまだ、霞がかっている感じがする。
結局、昨日は何時頃寝たんだ?
ベッドボードに無造作に手を伸ばし、探り当てたスマホを手に取り時間を見ると……うわっ。もう十時を回ってるのか!?
まさかの出来事に、俺は勢いよく上半身を起こした。
ふと見れば、部屋の壁掛け時計も、やっぱりスマホと同じ時刻を指している。
何時に寝たかはよく覚えてないし、夏休みとはいえ、これは流石に寝過ぎだろって……。
思わず手で顔を覆い、がっかりしていると。
コンコンコン
っと、優しく部屋のドアがノックされた。
「はい」
「ター君。起きてる?」
へ? この声は、春香!? ……って。昨日から居候してるじゃないか。
別に驚くことはないんだけど、目覚めた頭には流石に刺激的。お陰で一気に頭が覚める。
「あ、うん。今起きた」
「そ、そっか。おばさんが、ご飯にしてって」
「あ、ああ。わかった」
ドア越しに聞こえる緊張気味の澄んだ声。
そこに春香がいるってだけで、ちょっと頬が緩みそうになったけど、すぐに日記でのやらかしを思い出してしまい、そのまま笑みが凍りついた。
あいつ、あの日記を読んでどう思ったんだ?
頭に過ったそんな疑問。すると、まるでそれに答えるかのように。
「あ、あと……ノート。読んでおいてね」
そんな言葉を残し、春香は昨日同様、足音を立て去って行ってしまった。
……ノートを、読んでおいて?
頭でその言葉を復唱した瞬間。はっとした俺がベッドから起き上がり、ドアを開け廊下を見ると、そこには彼女の言葉通り、交換日記が壁に立て掛けられ残されていた。
つまり、返事が書いてあるって事、だよな……。
ゆっくりと屈みそれを手にした俺は、一旦部屋に戻ると、ベッドに腰を下ろしノートを両手で持つ。
どんな返事が書いてあるのか。不安のせいでノートを持つ手が少し震え、緊張で思わず息を飲む。
だけどもう、読まないって選択肢はない。
俺も、あいつの日記を続けようって言葉に、OKしたんだから。
……よし。いくぞ。
俺は覚悟を決め、ゆっくりとページを捲ると、あいつが書いたであろう日記に目を通した。
◆ ◇ ◆
2024年7月21日(日)
ター君。お返事ありがとう。
こんなに早く帰ってくるなんて思ってなかったから、ちょっと驚いちゃった。
まだ、ちょっと気持ちがふわふわしてて、頭が整理できてないの。
だからまずは、伝えたいことだけでも頑張って書くね。
あのね。私、最初に謝らないといけないことがあるの。
やっぱり私、ター君の前で昔みたいに喋れなくなかったね。
変わろうって頑張ったのに、こんな事になっちゃってごめんなさい。
でも、元を正せばター君のせいなんだよ。
だって、ター君……すごく、格好良くなってたから。
残念だけど、私はター君の事を懐かしもうって思って、あそこに足を運んだんじゃないの。
駅に着いてすぐ、園子おばさんから電話があったんだけど。ター君は多分、川の方に行ったって聞いて、それであそこかな? って思って行ってみたんだよ。
そうしたら、すごく格好いい男の子がいて、私はドキッとしたの。
昔のター君も格好良かったけど、まるで別人のような、だけどすごく素敵な男の子。
あれが本当にター君なの!? って、目を疑っちゃったもん。
あの時、本当に緊張しちゃって、話しかけるのはすごく勇気がいったんだよ。
それでも何とか声を掛けられたし、最初は普段通りに話せたと思う。
だけど、ター君がまだ園子おばさんから、私が居候するって聞いてなかったのを知った時、こんな格好良いター君と、同じ家で暮らすんだって考えたら、急に恥ずかしくなっちゃって……。
それで緊張しちゃって、昔みたいに話せなくなっちゃったの。
しかも、一緒に暮らすって知ったター君の反応が、ちょっと微妙だったでしょ。
それで、本当は私と一緒に暮らすのなんて嫌なのかなって、より不安になっちゃって……。
私だけ勝手に喜んでただけのかな。ター君のこと、もっとちゃんと考えた方が良かったのかなって、どんどん自信がなくなっちゃったの。
そういう弱気な所も、直さなきゃいけなかったのに……。
でも、そこまで不安だったからこそ、さっきター君が私と会えて嬉しかったって言ってくれて、すごくほっとしたんだよ。
日記の返事を読んだ時なんて、嬉しすぎてちょっと泣いちゃったもん。
流石にター君みたいに、ノートは濡らさなかったけどね。
そういえば、ター君に彼女ができなかったのは、ちょっと意外だったかも。
だって、本当にすごく格好良くなったし、相変わらず優しいし。
私のいた学校に通ってたら、絶対周りが放っておかないと思うな。
でも、同時にちょっとほっとしちゃった。
もし彼女がいるのに、私が居候する事になったら、きっと気まずかったと思うから。
私は一応、何回か告白されたことはあるよ。
だけど、どれも断っちゃった。
だって、みんな小さい頃のター君ほど、優しくなかったんだもん。
私はやっぱり、優しい人がいいし……なんて言ってたら、未だにあなたに甘えてるみたいだよね。
もうあの時と違うんだから。それじゃダメ。
今度はター君がに心配を掛けないだけじゃなく、私が頼ってもらえるようにならないと。
ター君。
お別れの時、勇気づけてくれてありがとう。
こうやって再会できて、嬉しかったって言ってくれてありがとう。
私もあなたに再会できて、本当に嬉しい。
これから一緒に暮らせるのも、すごく楽しみだよ。
明日は折角だし、何処かに連れて行ってもらいたいけど、場所はター君にお任せしちゃおっかな。
後、これから夏休みでしょ?
神社の夏祭りとか、まだやってたりする?
海の花火なんかもやってるなら、是非一緒に行きたいな。
まだ緊張しちゃって、うまく話せないかもしれないけど、少しずつ頑張るから。
これからまた、よろしくね。
春香
◆ ◇ ◆
……よかったぁ。
日記を読み終わった俺は、体の力が一気に抜けて、そのままベッドに仰向けに倒れた。
いや、あの日記で気分を害さなかったか、本気で心配だったからからなぁ。
思ったより好意的で本当に良かった。
でも、俺って格好良いのか?
流石にダサいとまでは思ってないけど、モテた事もなかったし、自分じゃ普通くらいに思ってたんだけど。
春香にとってはそうじゃないんだな……って、好きな人にそう言われると、ちょっと顔がにやけるな。
あと、あいつも彼氏はいなかったのか。
確かに彼氏がいたら、流石に気まずかった。
でも、それだったらわざわざこっちに来ないで、無理にでも向こうで一人暮らしをしてた気がする。
そういや、彼氏で思い出したけど。日記を読む限り、春香の俺に対する印象はかなりいいよな。
もしかしてこれ、暗に告白にOKしてもらった?
……い、いや。それは気が早いか。
ただ、この感じだったら改めて告白しても、振られたりはしなさそうだけど……。
春香が彼女……あれだけ可愛くなったあいつが、彼女……。
一気に顔が熱くなってるのは、夏の暑さのせいじゃない。
あいつと並んで歩くのを想像しただけで、恥ずかしくなっただけ。
……やばい。意識し始めたら、妙に緊張しだした。
大丈夫か? この後、春香とどう顔を合わせたらいいか──。
「琢磨! 早く降りてきてご飯食べなさい! 春香ちゃんも食べずに待っててくれるのよ?」
うおっ!?
突然聞こえた母さんの怒鳴り声に、思わずびくっとする。
そ、そうだ。朝ご飯の話をしてたじゃないか。
「ご、ごめん! すぐ行くから!」
慌てて飛び起きた俺は、パジャマを脱ぎながら、クローゼットから私服を取り出し、急いで着替え始めた。
……これでよし。えっと髪型は……。
近くの姿見で寝癖がないかを確認。……よかった。今日は大丈夫そうだ。
改めて服装の乱れがないことを確認した俺は、そこで胸に手を当て大きく深呼吸する。
と、とりあえず落ち着こう。変におどおどしたって始まらない。
ま、まだ別に、春香と恋人になれたわけじゃない。
そ、そう。俺達は幼馴染。ただの幼馴染なんだから。
現実を頭に叩き込み直した俺は、意を決して部屋を出て、階段を降りる。
そして、そのままダイニングキッチンに入った瞬間。テーブルに付きこっちを見ていた春香は、俺と目が合うとちょっとはにかんだ後。
「……ター君。おはよう」
そう言って、優しく微笑んでくれた。
「お、おはよう。春香」
あいつの魅惑的過ぎる声と表情に、耳まで真っ赤にし、恥ずかしさに悶えそうになる。
けど、何とかそれを堪えて笑顔を返すと、そのままあいつの隣の席に付いた。
ちらりと横目で見ると、恥ずかしそうに。だけどどこか嬉しそうに、上目遣いにこっちを見ている春香。
……これ、夢じゃないんだよな?
現実のはずなのに、どこか現実味の薄いこの状況に、ふわふわとした気持ちのまま、俺はふとこう思ってしまった。
六年振りに再会した春香と、六年振りに再開した交換日記。
それらがまるで、あの夏の日の続きのように、俺の初恋の続きを綴りだしたのかもしれないなって。
……って。
何を柄にもなく、詩人みたいな事を考えてるんだか。
そんな気取った文章を考えるくらいなら、もう少しちゃんとした返事を書けるようにしよう。
ちゃんと、二人の思い出を書き残せるように。
~完~
ほんと。ブランクがあり過ぎて、何を書けばいいかわからないけど。まずは思いつくままに書いてみるな。
誤字とか文章がおかしい所なんかは、悪いが目を瞑ってくれよ?
春香。お久しぶり。
昼に母さんが話してた病気の話。完治して本当に良かったな。
そして、もしもの時の事を考えてくれて、本当にありがとう。
確かに、もし春香が死んだなんて知ったら、きっと俺は立ち直れなかったかもしれない。
あの日の別れだけでも本当にショックで、しばらくの間、両親が心配するくらいには落ち込んでたしな。
ちなみにこの時の話は、絶対母さん達に聞くなよ? 俺だって、知られたくない話もあるんだから。
って事で、一旦この話はここまで。
で。話は変わるけれど。実は俺、今朝、春香の夢を見たんだ。
小さい頃のお前が俺にノートを渡してきて、次は俺の番だって言われる夢でさ。
それで、想い出に浸りたくなって、たまたまあの場所に行ったんだけど。まさかそこで、お前に会えるなんて思わなかった。
春香が日記の中で、変わろうと頑張ったって書いていたけどさ。本当に、すごく変わっててびっくりしたよ。
隠しても仕方ないから、はっきり言っておくけど。
俺から見ても、まるでアイドとかモデルじゃないかって思うくらい、めちゃくちゃ可愛くなってた。
ちなみにこれ、お世辞じゃなくって本音だからな。
だから最初会った時、お前だって言われたのに疑ったんだよ。
ただ、あの反応はよくなかったよな。反省してる。ごめん。
しっかし。これだけ可愛くなったんだ。絶対学校でもモテただろ。
きっと彼氏の一人くらい、できたんじゃないか?
彼女なんていないどころか、告白ひとつされなかった俺とは雲泥の差だよ。
会話も以前と違って自然に話せてて、本当に感心した。
あのお喋りな母さんと軽快に話せるなんて、昔のお前じゃ考えられなかったからさ。
ただ……俺と話すのは、やっぱりまだ不安か?
あ。別に不安でもいいからな。
六年振りなのに、急に軽快に話されてもこっちが戸惑うし。お前のその反応で、春香といるんだって感じられたんだから。
まあ、これからは嫌でも顔を合わすんだ。慌てず変わっていけばいいさ。
ちなみに、ノートを渡す前に伝えたと思うけど、俺は、お前に会えて本当に嬉しかったよ。
いきなり俺の家で居候だなんて、思ってもみなかったけど。正直言って、それもすごく嬉しいんだ。
会いたいと思ってた春香と、一緒にいられるんだから。
これから当面一緒なんだし、春香も遠慮しなくていいからな。
思ってた俺と違ってたなら、無理に話さなくたっていいし。頑張って話したいっていうなら、どんどんチャレンジしてもらってもいいから。
ちなみに、春香が嫌じゃなかったら、俺もお前との会話を増やしてみようと思ってる。
ただ、最初から一気にってのは大変だろうから、少しずつな。
いつかお互いの言葉で色々伝えられるようになったら、やっぱり嬉しいしさ。
……もっと色々書きたい事があるんだけど、やっぱり俺は文章じゃ中々うまく伝えられないな。春香と違って文才もないし。
とりあえず日記越しでもいいから、これまでのお前の事から、今のお前の事まで。少しずつ教えてくれないか?
勿論、俺のことも色々教えるから。
あと、もし行きたい所なんかがあったら教えてくれ。
おあつらえ向きに夏休み。色々な所に行って、昔とどう変わったのか、色々見に行ってみよう。
それじゃ、返事はここまで。
次の日記も楽しみにしてるな。
P.S
日記はお前の提案通り、しばらく続けてみよう。
お前もきっと、落ち着いて文章を書くほうが、色々伝えやすいだろうし。
思い出を振り返られるっていうのは、確かに面白そうだしな。
琢磨
◆ ◇ ◆
……勢い任せにあんな日記を書いてみたけど、やっぱりやばくないか!?
風呂に入った後、寝るためにパジャマ姿でベッドに横になった俺は、電気を消した薄暗い部屋で、自分が書いた日記の内容に疑心暗鬼になっていた。
いや、文章の拙さは、百歩譲って仕方ないと思う。
だけど、流石に彼氏がいるのか聞くのは、プライベートに踏み込み過ぎだろって……。
それに、あいつの日記は俺に会う前に書いた物。だから、まだ見ぬ俺に期待してる部分もあったと思う。
だけど、もし思っていたのと違う男に映ってたとしたら、さっきの日記を読んで、嫌な気持ちになってる可能性だってあるだろ?
あと、春香の返事の中に、六年前の告白に言及されてなかったよな。
ってことは、やっぱりあいつは俺と違って、好きとか考えてなかったんじゃないか?
だとしたら、さっきの内容だって、キモがられてる可能性だってあるだろ!?
昔は小学生だったし、こういう事なんて気にせず、ズバズバと日記を書けた。
だけど、俺達はもう高校一年。流石に相手のことを考えなしに、日記を書くわけにもいかないわけで。
そう考えたら、俺って全然配慮できてないじゃないか。
絶対、やらかしよな……ああああぁぁぁぁっ!
思わず叫びたい衝動に駆られるけど、今は隣の部屋で春香も寝てる。
これで奇声の一つもあげようものなら、それこそ幻滅されるだろって……。
声を堪える代わりに、ベッドで一人悶える俺。
結局俺は、自分が書いた日記の事を考え過ぎて、夜更け過ぎになっても全然寝付けなかった。
◆ ◇ ◆
ミーンミンミンミンミン……。
……ん……蝉か。朝からうるさいなぁ。ふわぁ……。
ぼんやりとしながら窓の方を見ると、カーテン越しに感じる光がずいぶん強い。
ん? 朝じゃないのか?
頭がまだ、霞がかっている感じがする。
結局、昨日は何時頃寝たんだ?
ベッドボードに無造作に手を伸ばし、探り当てたスマホを手に取り時間を見ると……うわっ。もう十時を回ってるのか!?
まさかの出来事に、俺は勢いよく上半身を起こした。
ふと見れば、部屋の壁掛け時計も、やっぱりスマホと同じ時刻を指している。
何時に寝たかはよく覚えてないし、夏休みとはいえ、これは流石に寝過ぎだろって……。
思わず手で顔を覆い、がっかりしていると。
コンコンコン
っと、優しく部屋のドアがノックされた。
「はい」
「ター君。起きてる?」
へ? この声は、春香!? ……って。昨日から居候してるじゃないか。
別に驚くことはないんだけど、目覚めた頭には流石に刺激的。お陰で一気に頭が覚める。
「あ、うん。今起きた」
「そ、そっか。おばさんが、ご飯にしてって」
「あ、ああ。わかった」
ドア越しに聞こえる緊張気味の澄んだ声。
そこに春香がいるってだけで、ちょっと頬が緩みそうになったけど、すぐに日記でのやらかしを思い出してしまい、そのまま笑みが凍りついた。
あいつ、あの日記を読んでどう思ったんだ?
頭に過ったそんな疑問。すると、まるでそれに答えるかのように。
「あ、あと……ノート。読んでおいてね」
そんな言葉を残し、春香は昨日同様、足音を立て去って行ってしまった。
……ノートを、読んでおいて?
頭でその言葉を復唱した瞬間。はっとした俺がベッドから起き上がり、ドアを開け廊下を見ると、そこには彼女の言葉通り、交換日記が壁に立て掛けられ残されていた。
つまり、返事が書いてあるって事、だよな……。
ゆっくりと屈みそれを手にした俺は、一旦部屋に戻ると、ベッドに腰を下ろしノートを両手で持つ。
どんな返事が書いてあるのか。不安のせいでノートを持つ手が少し震え、緊張で思わず息を飲む。
だけどもう、読まないって選択肢はない。
俺も、あいつの日記を続けようって言葉に、OKしたんだから。
……よし。いくぞ。
俺は覚悟を決め、ゆっくりとページを捲ると、あいつが書いたであろう日記に目を通した。
◆ ◇ ◆
2024年7月21日(日)
ター君。お返事ありがとう。
こんなに早く帰ってくるなんて思ってなかったから、ちょっと驚いちゃった。
まだ、ちょっと気持ちがふわふわしてて、頭が整理できてないの。
だからまずは、伝えたいことだけでも頑張って書くね。
あのね。私、最初に謝らないといけないことがあるの。
やっぱり私、ター君の前で昔みたいに喋れなくなかったね。
変わろうって頑張ったのに、こんな事になっちゃってごめんなさい。
でも、元を正せばター君のせいなんだよ。
だって、ター君……すごく、格好良くなってたから。
残念だけど、私はター君の事を懐かしもうって思って、あそこに足を運んだんじゃないの。
駅に着いてすぐ、園子おばさんから電話があったんだけど。ター君は多分、川の方に行ったって聞いて、それであそこかな? って思って行ってみたんだよ。
そうしたら、すごく格好いい男の子がいて、私はドキッとしたの。
昔のター君も格好良かったけど、まるで別人のような、だけどすごく素敵な男の子。
あれが本当にター君なの!? って、目を疑っちゃったもん。
あの時、本当に緊張しちゃって、話しかけるのはすごく勇気がいったんだよ。
それでも何とか声を掛けられたし、最初は普段通りに話せたと思う。
だけど、ター君がまだ園子おばさんから、私が居候するって聞いてなかったのを知った時、こんな格好良いター君と、同じ家で暮らすんだって考えたら、急に恥ずかしくなっちゃって……。
それで緊張しちゃって、昔みたいに話せなくなっちゃったの。
しかも、一緒に暮らすって知ったター君の反応が、ちょっと微妙だったでしょ。
それで、本当は私と一緒に暮らすのなんて嫌なのかなって、より不安になっちゃって……。
私だけ勝手に喜んでただけのかな。ター君のこと、もっとちゃんと考えた方が良かったのかなって、どんどん自信がなくなっちゃったの。
そういう弱気な所も、直さなきゃいけなかったのに……。
でも、そこまで不安だったからこそ、さっきター君が私と会えて嬉しかったって言ってくれて、すごくほっとしたんだよ。
日記の返事を読んだ時なんて、嬉しすぎてちょっと泣いちゃったもん。
流石にター君みたいに、ノートは濡らさなかったけどね。
そういえば、ター君に彼女ができなかったのは、ちょっと意外だったかも。
だって、本当にすごく格好良くなったし、相変わらず優しいし。
私のいた学校に通ってたら、絶対周りが放っておかないと思うな。
でも、同時にちょっとほっとしちゃった。
もし彼女がいるのに、私が居候する事になったら、きっと気まずかったと思うから。
私は一応、何回か告白されたことはあるよ。
だけど、どれも断っちゃった。
だって、みんな小さい頃のター君ほど、優しくなかったんだもん。
私はやっぱり、優しい人がいいし……なんて言ってたら、未だにあなたに甘えてるみたいだよね。
もうあの時と違うんだから。それじゃダメ。
今度はター君がに心配を掛けないだけじゃなく、私が頼ってもらえるようにならないと。
ター君。
お別れの時、勇気づけてくれてありがとう。
こうやって再会できて、嬉しかったって言ってくれてありがとう。
私もあなたに再会できて、本当に嬉しい。
これから一緒に暮らせるのも、すごく楽しみだよ。
明日は折角だし、何処かに連れて行ってもらいたいけど、場所はター君にお任せしちゃおっかな。
後、これから夏休みでしょ?
神社の夏祭りとか、まだやってたりする?
海の花火なんかもやってるなら、是非一緒に行きたいな。
まだ緊張しちゃって、うまく話せないかもしれないけど、少しずつ頑張るから。
これからまた、よろしくね。
春香
◆ ◇ ◆
……よかったぁ。
日記を読み終わった俺は、体の力が一気に抜けて、そのままベッドに仰向けに倒れた。
いや、あの日記で気分を害さなかったか、本気で心配だったからからなぁ。
思ったより好意的で本当に良かった。
でも、俺って格好良いのか?
流石にダサいとまでは思ってないけど、モテた事もなかったし、自分じゃ普通くらいに思ってたんだけど。
春香にとってはそうじゃないんだな……って、好きな人にそう言われると、ちょっと顔がにやけるな。
あと、あいつも彼氏はいなかったのか。
確かに彼氏がいたら、流石に気まずかった。
でも、それだったらわざわざこっちに来ないで、無理にでも向こうで一人暮らしをしてた気がする。
そういや、彼氏で思い出したけど。日記を読む限り、春香の俺に対する印象はかなりいいよな。
もしかしてこれ、暗に告白にOKしてもらった?
……い、いや。それは気が早いか。
ただ、この感じだったら改めて告白しても、振られたりはしなさそうだけど……。
春香が彼女……あれだけ可愛くなったあいつが、彼女……。
一気に顔が熱くなってるのは、夏の暑さのせいじゃない。
あいつと並んで歩くのを想像しただけで、恥ずかしくなっただけ。
……やばい。意識し始めたら、妙に緊張しだした。
大丈夫か? この後、春香とどう顔を合わせたらいいか──。
「琢磨! 早く降りてきてご飯食べなさい! 春香ちゃんも食べずに待っててくれるのよ?」
うおっ!?
突然聞こえた母さんの怒鳴り声に、思わずびくっとする。
そ、そうだ。朝ご飯の話をしてたじゃないか。
「ご、ごめん! すぐ行くから!」
慌てて飛び起きた俺は、パジャマを脱ぎながら、クローゼットから私服を取り出し、急いで着替え始めた。
……これでよし。えっと髪型は……。
近くの姿見で寝癖がないかを確認。……よかった。今日は大丈夫そうだ。
改めて服装の乱れがないことを確認した俺は、そこで胸に手を当て大きく深呼吸する。
と、とりあえず落ち着こう。変におどおどしたって始まらない。
ま、まだ別に、春香と恋人になれたわけじゃない。
そ、そう。俺達は幼馴染。ただの幼馴染なんだから。
現実を頭に叩き込み直した俺は、意を決して部屋を出て、階段を降りる。
そして、そのままダイニングキッチンに入った瞬間。テーブルに付きこっちを見ていた春香は、俺と目が合うとちょっとはにかんだ後。
「……ター君。おはよう」
そう言って、優しく微笑んでくれた。
「お、おはよう。春香」
あいつの魅惑的過ぎる声と表情に、耳まで真っ赤にし、恥ずかしさに悶えそうになる。
けど、何とかそれを堪えて笑顔を返すと、そのままあいつの隣の席に付いた。
ちらりと横目で見ると、恥ずかしそうに。だけどどこか嬉しそうに、上目遣いにこっちを見ている春香。
……これ、夢じゃないんだよな?
現実のはずなのに、どこか現実味の薄いこの状況に、ふわふわとした気持ちのまま、俺はふとこう思ってしまった。
六年振りに再会した春香と、六年振りに再開した交換日記。
それらがまるで、あの夏の日の続きのように、俺の初恋の続きを綴りだしたのかもしれないなって。
……って。
何を柄にもなく、詩人みたいな事を考えてるんだか。
そんな気取った文章を考えるくらいなら、もう少しちゃんとした返事を書けるようにしよう。
ちゃんと、二人の思い出を書き残せるように。
~完~