僕の父は、僕が小学生のときに病で亡くなった。
 もともと身体があまり丈夫なほうではなかったらしい。
 父との思い出はそれほどないけれど、幼いころの僕を寝かしつけるときに『銀河鉄道の夜』を読んでくれたのは覚えている。
  僕の手元にあるこの本は父の形見だ。
 最近になって、母はずっと交際していた職場のひとと再婚した。
 スポーツマンタイプの、明るい雰囲気のひとで、実の父とはまた感じがちがったけど、僕のこともよく気にかけてくれる。
 今まで女手一つで苦労してきた母のことをしっかり支えてくれる頼もしい存在。
「でも、だからこそよけいに悩むようになって」
 彼は母よりも八つ年下の三十二歳。
 世間では夫が八つ年上なのは特になにも言わないのに、年下となるとなぜかやたらと騒がしくなる。

 ――あの子ん家、再婚したんでしょ? お父さん、お母さんに比べてずいぶん若いひとなんだって。
 ――八つも年下? ウソ、どうやって知り合ったんだよ? 気になるしー。

 ふだん教室のなかでは目立たないほうなのに、田舎町に住んでるせいか、すぐにウワサが広がって、とたんに注目の的になった。
 なにも悪いことしたわけでもないのに……。
 どうして面白おかしくあれこれ言われるんだろう。
 戸惑ったのは、もちろんそれだけではなく。
 いくら優しく良いひととはいえ、いきなり母の恋人を「お父さん」と呼ぶのにはためらいがあった。まだ親子としての距離感をうまくつかめずにいた。
 それになにより。
 この先それほど遠くないうちに、また新しい家族も増えるはずだ。
 もし二人のあいだに子どもが生まれたら、今まで優しさを見せていた彼も、だんだん血のつながっていない僕のことが疎ましくなるかもしれない。
 かといって、母の幸せを今さら壊したくなんかないし。
 となると、最良の方法は、自分がこの家からいなくなることではないか。
 大学生になるまでにはあともう数年かかるけど、思い切って家を飛び出してしまえば。
 そうすれば、みんな幸せになるんじゃないか。
「――なんて、思うようになって」
 自嘲気味に笑ってみせると、彼女はずいぶんと青ざめた顔をしていた。
 まずい、これから死にに行くと思われたかな!?
「別にこの世からいなくなりたいって思ってるわけじゃないよ。ただ、どうしても遠くに行きたくなって。このジョバンニみたいに」
 と『銀河鉄道の夜』を差し出してみせると、彼女は少しホッとしたようだった。
「なるほどね、その気持ち分かる」
「え?」
「どこまでも遠くに行ってしまいたい、って気持ち」
 彼女は切なげに空を見上げた。