「店を畳まなきゃいけないかもしれない……」
 奥さんとアンドレアを病院に残して店に帰る途中、ルチオが寂しそうな声を出した。
「そんなこと言わないでください。アントニオさんは必ず復活しますから」
 きっぱりと否定したが、「ありがとう。私もそう信じているけど、でもね」と声を落とした。入院している間はもちろんのこと、退院してからも自宅療養が続くので、かなりの期間営業ができなくなることがわかっているからだ。
「自分が代わりを務めることは難しいからね」
 皺が目立つ両手を見つめてルチオがため息をついた。しかしそれを放っておくはできなかった。
「僕がやります」
 代わりができるわけはなかったが、そう言わずにはいられなかった。しかしルチオは、「ありがとう。でも、ユズルには大学受験がある。ハーバードに行くようになったらニューヨークを離れなければならない。気持ちは嬉しいけど、どうしようもないんだよ」と首を何度も振ったあと歩き出した。弦はすぐにあとを追おうとしたが、足が動かなかった。肩を落とした後姿が余りにも悲しそうだったからだ。
 ルチオさん……、
 呟きがルチオを追いかけようとしたが、その背中に届く前に深夜の静寂が包み込んで跡かたもなく消してしまった。