フローラから指定された店に早めに到着した弦は、「お待ちしておりました」と迎えてくれた店の人を見て驚いた。日本人だったからだ。5年前からこの地で営業しているという。しかし、笑みを浮かべていたのはそこまでだった。
「大震災の影響はどうですか?」
 心配が声だけでなく顔にも出ていた。
「家を失った人がたくさんいて、まだまだ大変です」
「そうですよね。こちらでも津波の映像が何度も流されていました。それを見る度に心が痛くなって。それに福島が」
 言いかけて急に口を閉じ、「ごめんなさいね。こんな話をするつもりではなかったのですが、日本人の顔を見るとつい」と目を伏せた。
「いえ、ありがとうございます。ご心配頂いていることに感謝します」
 頭を少し下げた時、ドアが開く音が聞こえた。顔を向けると、フローラとウェスタが笑みを浮かべて中に入ってきた。その瞬間、沈鬱な空気に支配されていた店内が一気に華やかになったような気がした。それに、お揃いのワンピースが似合って目が離せなくなった。膝からまっすぐに伸びた生足が眩しかった。
「お待ちしておりました」
 オーナーが日本語で迎えると、フローラも日本語で返した。
「今日はゲストをご招待していますので、とびきりの料理をお願いします」
 その声と発音に魅入られて見つめてしまったが、それを引きはがすかのようにウェスタがドリンクメニューを弦に向けた。
「乾杯をしましょ。私たちはフランチャコルタにするけど、ユズル君はどうする?」
 まさかアルコールは飲まないわよね、という口調だったので少しムッとして見つめ返すと、「未成年だしね」とフローラも追随したのでムキになってしまった。
「19歳だからイタリアではお酒を飲めるんですよね」
「でも日本では20歳未満は飲めないでしょう」
 すぐにフローラに釘を刺された。
「そうですけど」
 頬を膨らませかけたが、ハッと気づいてすぐに引っ込めた。膨れていたらもっと幼く見えてしまうからだ。
「そうですね。ノンアルコールビールにします」
 無理矢理爽やかな声を出して向き合うと、フローラはただ頷いただけだったが、ウェスタは笑いを堪え切れないというように肩を揺らした。