少し歩くと、大きな池が見えた。
「タイダルベイスンだよ」
 元々ポトマック川の一部だったものを埋め立てて造ったものだという。池の周りに桜並木ができてとても綺麗だったので眺めていると、耳に軽快な音が飛び込んできた。
「あっ、マーチングバンドだ。チアリーダーもいる」
 視線の先で鼓笛隊と吹奏楽団が華やかな演奏を繰り広げていた。それを食い入るように見ていると、さっきまでの落ち込んだ気持ちはどこかに消えていった。
「凄いな~。歩きながら演奏するのって大変なのに」
 感心しながらも弦の視線は楽団ではなくチアリーダーに向かっていた。白と濃紺で統一されたビキニスタイルの若い女性たちが金と銀のポンポンを音楽に合わせて振り動かしていて目が離せなくなった。その時、一斉に大きく足が上がった。ヒールの先が頭より上まで上がっていてその柔軟さとセクシーさに弦は目を奪われ続けたが、突然アントニオが「彼女にしたいと思う人はいるかい?」と肘で突いてきた。
「みんな。えっ?」
 からかわれている事に気づかずに本音が出た弦はハッとしてバツの悪い思いに捕らわれたが、「あなた!」と奥さんが諫めたので、アントニオは気まずそうに両手を広げたあとシュンとした顔になった。それを見てルチオが笑い出したが、話題を変えるように「さあ、何か食べに行こう」と背中を押したので、まだチアリーダーに未練たっぷりだったが、仕方なく歩き始めた。

 日本食のブースの前は人だかりができていた。特にヤキソバの前は長い行列になっていて時間がかかりそうだった。早く並ばなくては、と思った時、「何が食べたい?」とアントニオが奥さんに訊いた。すると「タコヤキ」とすぐに返事が返ってきたので、「僕が並びます」とすぐさま列の最後尾に並んだ。
 10分ほど並んで4箱買って戻るとルチオが50ドル札を差し出したので、弦はいらないと手を振った。電車代をルチオに出してもらっていたからだ。しかし、「子供が遠慮するもんじゃないよ」とジーンズのポケットに札をねじ入れたので仕方なく抵抗するのを止めてお釣りを差し出した。しかし、今度はルチオが手で制した。困った弦はアントニオに助けを求める視線を送ったが、返ってきたのは頷きだけだった。貰っておけよ、というふうに。
「さあ、熱いうちに食べましょう」
 その話はおしまいというように奥さんが芝生を指差すと、そうだそうだというように頷いたルチオが座って、皆も座るようにと手で促した。3人は円を描くように腰を下ろした。

「こんなおいしいものを考える日本人って素晴らしいわ」
 たこ焼きを頬張った奥さんが至福の表情を浮かべると、「甘辛いタレが最高だしね」と アントニオがハフハフしながら目を細め、「サクラも綺麗だし」とルチオが花を愛でた。
 本当にいい人たちだな~、
 思わず呟いたその声が聞こえたのか、奥さんが柔らかな笑みを投げかけてきた。その目は実の母親のように優しく穏やかで、ここが異国の地だということを忘れさせるものだった。