ニューヨーク

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「花見に行かないか?」
 突然のアントニオの誘いだった。
「花見ですか?」
「そう、サクラ」
「さくら? さくらって、あの桜?」
 すると「ポトマック川のサクラが満開なんだよ」とアントニオの笑みも満開になったが、ルチオが急遽参入してきて、全米桜祭りについて訳知り顔で説明を始めた。

 1912年3月27日、ワシントンの西ポトマック公園に2本の桜が植樹された。それは日米友好の証として当時の東京市から寄贈されたもので、その翌年から1920年にかけて約3,000本が次々に植えられていった。その後、1935年には市民団体の支援によって桜祭りが始まることになり、多くの人の目を楽しませたが、真珠湾攻撃を切っ掛けに桜の木が切り倒されるという事件が起こり、桜祭りは中断を余儀なくされた。しかし、戦争終結から2年後に再開されるとサクラの美しさに魅了される人が毎年どんどん増えていき、今では1か月近い祭り期間中に70万人以上の人が訪れる大イベントになった。
「たった2本から始まったサクラが3,500本を超える規模になるなんて凄いだろ」
 何故か自慢気に胸を張ったルチオは、「それにいろんなイベントをやっているし、日本食のヤタイもいっぱい出ているんだよ」と綻んだ顔を弦に向けた。
「えっ、屋台ですか?」
「そうだよ。ヤキソバとかタコヤキとかね」
「へ~、なんか涎が出そうになっちゃったな」
 思わず唇を舐めると、それがおかしかったのかルチオとアントニオが声を出して笑った。
「よし、決まりだ。次の定休日にみんなで行こう」
 アントニオが言い切ると、ルチオがうんうんと頷いた。