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 自分の部屋に戻った弦は時差を計算してから、夜まで待って母親に電話をかけた。
「パンの本?」
 母親が怪訝そうな声を出した。
「そう。あんパンとかクリームパンとかカレーパンとか、そういうもののレシピや作り方が書いている本を送って欲しいんだ」
「急にどうしたの?」
 弦はベーカリーでアルバイトをすることを伝えた。
「どうしてベーカリーで?」
 母親は合点がいかないようだったが、「そういうことになったの」とスパッとその話を終わらせた。
「とにかく、日本発祥のパンのつくり方が書かれた本をすぐに送って欲しいんだ。船便じゃなくて航空便で送って」
 母親が何か言う前に弦は電話を切った。

 10日後、航空便が弦の元に届いた。箱の中には色々な本が入っていた。『あんパンの作り方』というピンポイントのもの、『日本全国パン巡り』という各地の有名店を紹介するもの、『世界のパン事情』というワールドワイドなもの、それに、『パンの歴史』というアカデミックなものまで入っていた。
 弦は早速それらを読み始めた。ブレッドのCDをかけながら読み続けた。付箋紙を貼りながら読み続けた。そして何度も読み返した。それでも飽きることはなかった。それはパンの幅広さと奥深さに魅せられた証だった。
 面白い!
 3日間読み続けて独り言ちると、躊躇わずにスマホを取った。すぐに奥さんが出たのでアントニオに代わってもらって用件を告げると、喜ぶ声が返ってきた。
「よろしくお願いします」
 スマホを持ったまま頭を下げた。