「豆をこうやって洗って……」
「それから、こういうふうに煮て……」
「そして、火を止めて10分ほど蒸らす」
「それから、こうやって渋切りをして……」
「次はたっぷりの水でヒタヒタと煮る」
「沸騰したらコトコト煮て、水が減ったら注ぎ足してヒタヒタ煮る……」
「いい感じになってきたら、指の腹で豆を潰して状態を確認する」
「アチッ!」
 アントニオの悲鳴が聞こえたと思ったら、すぐに水道水で指を冷やし始めた。
「ごめんなさい。これを先に言えばよかった」
 謝ってから続きを読み上げた。
「その時に火傷をしないように気をつける。指を水につけてからマメを潰すとよい」
 もう~、というような表情でアントニオに睨まれたが、それは一瞬のことで、すぐに自嘲気味に笑った。
「俺としたことが……」
 バツが悪そうだった。なにしろルチオが傍にいるのだ。初歩的なミスが恥ずかしかったに違いない。
 弦も決まりが悪かったが、頭を下げて仕切り直しをしてから先を続けた。
「いい感じに煮えたら火を止めて蓋をする」
「30分ほど蒸らすと均一にふっくらとしてくる」
「これで良しと判断出来たら煮汁を捨てる」
「次はあんこを練る工程」
 アントニオが新しい鍋を用意したのを見て弦が続けた。
「水を入れてから砂糖を溶かす」
「半分ほど溶けたら豆を入れて火にかけて練る」
「10分くらい練ると丁度良いくらいに出来上がる」
「それを別の容器に移して粗熱を取る」
「保存する場合はラップをする」

 すべての工程が終わってあんが出来上がると、アントニオがスプーンですくって口に入れた。その途端、満足そうな表情になり、別のスプーンですくったあんをルチオに渡すと、彼の表情も一気に緩んだ。OKが出たようだ。たまらなくなって弦もスプーンですくって口に入れたが、思いの外おいしかったので、アントニオに向かって大きく頷いて太鼓判を押した。
 あとは成型して焼き上げるだけになった。これはベテランのパン職人であるアントニオが完璧にやり遂げ、焼きたてのものを試食した3人に笑みが浮かんだ。それは日本のものと変わらないあんパンが出来上がった瞬間だった。しかしそれで終わりではなかった。
「これからも手伝ってくれないかな」
「えっ、何をですか?」
 あんパン作りに長時間付き合った弦はへとへとになっていて、これ以上何かをするのは無理だった。しかし、彼の依頼は今日のことではなく、これからのことだった。
「日本のパンをレパートリーに加えたいからユズルに手伝って欲しいんだ」
 今日のように日本語で書かれたレシピを教えて欲しいのだという。
「でも……」
 パンの作り方を教えてくださいとは言ったものの、バイト探しを優先しなければならない弦は簡単にイエスとは言えなかった。
「ダメかな?」
 アントニオが覗き込むように弦に顔を近づけた。
「そうですね~」
 考えるような振りをしてアントニオから視線を外すと、ルチオと目が合った。
「手伝ってもらえると私も嬉しんだけどね」
 ルチオの包み込むような笑みが弦を覆った。
「そうですね~」
 ルチオから視線を外すと、アントニオと目が合った。
「バイト料を弾むから」
「バイト?」
 思わず素っ頓狂な声が出た。単なる手伝いではないことに気づいて驚いたからだ。しかしそれを悟られてはならずとすぐに表情を引き締めた。そして「少し考えさせてください」と心内を隠すように努めて冷静な声を出したが、「いい返事を待ってるよ」とアントニオとルチオが期待のこもった声を同時に返してきた。