2

 その週末、『フォルノ・デ・メディチ』でウェスタは早朝から忙しく働いていた。7時の開店に間に合わせるために次から次へとパンを焼き続けているのだ。イタリア伝統のチャバッタやフォカッチャ、グリッシーニにパネットーネ。もちろんピッツァは何種類も作るし、パニーノの種類も数えきれないほどだ。それからバゲットにバタールにパン・ド・ミにクロワッサンというフランスのパンは欠かせない。それだけでなく、オーストリアのカイザーゼンメル、スイスのテッシーナブロートを外すわけにはいかない。どれも人気のパンだからだ。
 
 父親の代までは材料を一度に混ぜてこねる伝統的な製パン法である『ストレート法』やミキサーとパン酵母の力で発酵時間を短縮する『ノータイム法』で作ることが多かったが、ウェスタは主に『冷蔵生地法』でパンを作ることにしている。これだと前日から冷蔵庫で発酵させることが可能なので、当日の製パン作業時間が大幅に短くできるからだ。常に焼きたてのパンを提供するためにはこれが最適だという結論に達していた。

 その日も目の回るような時間が過ぎて、あっという間に昼がやってきた。しかし手を休めることはできない。作る先からどんどん売れていくので作り続けなくてはならないのだ。土曜日は日曜日の分まで買う人が多いので他の曜日よりも多く作らなくてはならなかった。それでも極端にお腹がすくことはない。作ったパンの味見を時々しているので常にある程度の腹は維持できているのだ。
 やっと閉店時間がやってきたが客はまだ店内に数多くいた。ありがたいことだが約束の時間が気になっていたので30分ほど様子を見て8時丁度に店を閉めると、すぐにフローラの元へ急いだ。今夜は彼女のアパートで夕食を楽しむことになっているのだ。