フィレンツェ

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 3階の大きな窓の外にドゥオーモのクーポラが見える。その後ろにはジョットの鐘楼(しょうろう)が控えていて、快晴の中にオレンジ色の屋根が映えている。
 フローラはお気に入りのカフェにいた。ここは休みの日や仕事帰りに立ち寄る憩いの場なのだが、単なるカフェとは違う。元々は修道院として使われていた建物が図書館に生まれ変わって、更にカフェを併設しているのだ。
 7年の歳月をかけた改築によって2007年に開館したフィレンツェ市立オブラーテ図書館は先史時代博物館や地形博物館が併設され、開放的な屋上のテラスには普段図書館を使わない人たちがのんびりと本や雑誌を読んでいたりする。『読書をしない人のための本を読む場所』というユニークなコンセプトを持つ図書館ならではの雰囲気が多くの人を惹き付けているのだ。それに夜12時まで開いているので、思いついた時にふらりと立ち寄れるのが人気の秘密でもある。もちろん、図書館の機能としても優れており、特にフィレンツェに関する書籍は数多い。
 フローラはコーヒーカップを脇に寄せて、さっき図書館で借りた本をテーブルの上に置いた。すると誇らしげなタイトルに見つめられたような気がした。
『メディチ』
 誘われるように表紙を開くと目次が現れ、ページをめくるとトスカーナ地方の歴史が始まった。その瞬間、フローラの耳から周りの話し声が消え、目と脳は文字以外のものを抹殺した。