——春ちゃんの創作手伝いの日々は続いていく。



「何かが足りないと思ったらマウンテンバイクだよ! 拡大されすぎて気づかなかったけどイラストの右部はほとんど自転車で埋め尽くされている! 絶対これキーアイテムだ! さっ、買いに行くよ冬くん!」

「無駄な出費! どう考えても無駄な出費! 絶対自転車に大きな意味なんてないよ!?」



 ——夏休み中に出会った不思議な女性に振り回される俺



「今日こそは……今日こそはこの河原で何かを掴めそうな気がする!」

「台風だから! 外台風だから! 川の水が増水しているかもしれないから今日は外出禁止!」

「ちぇー。仕方ないなぁ。じゃあ今日は冬くんの部屋でエロ本探しにでも洒落こむよ」

「洒落こむな!」



 ——彼女と出会ってから全てのことが春ちゃん中心に回り始めた気がした。



「よく見るとさ。イラストの女の子の視線ってペットボトルの方向いてない? ハッ! つまりこれって喉が渇いた女の子がお水を奪うチャンスを虎視眈々と狙っている絵だった!?」

「男の子の存在の意味は!? 水を狙う女の子のイラストでどうやって物語を広げていく気だ!?」



 ——彼女と過ごす夏休みはとても煌めいていた。



「あー! また私の許可なしに河原で本読んでいたでしょー!?」

「ち、違うよ!? 散歩がてら座って休憩していたら、たまたま風で飛んできた本が俺の手の中に納まっただけで!」

「嘘つくにしてももう少しマシな言い訳考えてみたら!?」



 ——楽しくて、会えるのが嬉しくて……



「そういえば小説コンテストのエントリー期間っていつまでだっけ?」

「明後日だよ」

「締め切り間に合いそう?」

「まだ500文字くらいしか書けてないけど余裕だよ!」

「なんで余裕なんだ!? もっと焦れ!」



 ——いつしか春ちゃんの存在は俺の中でとても大きなものとなっていた。






「無事、コンテストエントリーおめでとう私~! かんぱーい!」

「おめでとう春ちゃん~! かんぱ~い!」

 8月31日、正午。
 無事に入稿できた喜びを分かち合う為に、俺の部屋でラムネを持って乾杯をしていた。
 爽やかな炭酸が喉を通り、お腹の中で夏の味がシュワシュワと泡沫のように溶けていく。
 小説を書いたのは俺じゃないのに、最高の達成感が広がっていた。

「正直間に合わないと思ってた」

「あはは~、私も! でも間に合わせることができたのは冬くんのおかげだよ。これは絶対」

「そう言ってもらえると嬉しいな」

 あの河原での出会い。
 彼女の頼みを無下に断らないで本当に良かった。
 手助けに乗じた自分を褒めてやりたい。

「結局春ちゃんはあのイラストからどんな物語を作ったの?」

「えへへ。語るより見ろ~! 私の小説に閲覧数つけて」

「了解。んと……あった」



 題名:『1枚のイラストが与えてくれた夏の大恋愛』
 著者:水月春香



 完全に一目惚れだった。
 河原で見つけた同い年くらいの可愛い顔の男の子。
 活字を見つめるその横顔から目が離せなかった。

 その瞳を見るだけで分かる。
 この人は絶対に優しい人で、困っている人なんか居たら必ず手を差し伸べてくれそうな——そんな横顔。

 甘えたい。
 彼の優しさに触れてみたい。

 彼の横顔に見惚れてしまった私は——


「この絵、どう思う?」


 ——気が付けば、彼の傍に立ち、声を掛けていた。

 普段内気な私からは絶対に考えられない行動だった。
 知らない男の子に声を掛けるだなんて、正直今でも信じられない。
 でも今の私は心の底からこう思う。

 ——よくやったぞ、私!

 彼と過ごす夏の日々は今までの灰色の青春を一瞬で吹っ飛ばしてくれるレベルの充実感で。
 恐らく一生忘れることのない夏になるのだろう。
 勇気の一歩がこんなにもたくさんの幸福感を与えてくれた。
 まだこの気持ちは伝えていないけど……
 イラストで見つめ合う男女のような幸せな空間を私は絶対手に入れてやる。






 ………………
 …………
 ……

 女の子の視点で綴られる赤裸々な感情。
 それは俺だからこそ伝わってくる『好き』という気持ちの剛速球。
 読めば読むほど俺の顔は赤くなっているのが分かる。
 涼し気な顔でラムネを飲む春ちゃんがちょっと恨めしく思えた。

 約14000文字の恋愛小説を読み終え、読後感に浸りながら俺は彼女に向ける言葉を考える。
 彼女はストレートに気持ちを伝えてくれた。
 俺はこの喜びを言葉にするだけでいい。
 俺だって彼女に負けないくらい大恋愛をしていたんだのだから。

「水月春香さん。キミの気持ち確かに届きました。こんなに強く想ってもらえるなんて俺は幸せものです。だからこそ言わせてもらう」

「……えっ?」

「——俺の方が春ちゃんのことが好きだ。キミが俺を気持ち想うよりも、絶対に俺の気持ちの方が大きい。それくらいゾッコンになっていた」

「冬くん、ちゃんと私の小説読んだ!? 私がどれだけキミのことが好きなのかわからなかったの!?」

「わかった上で言っている。俺からキミに向けてられる矢印の方が太くてでかい」

「ちょっと読解力ないんじゃないかなぁ!? 私、一生レベルの大恋愛をしたんだけどなぁ! それよりキミの気持ちの方が上だっていいたいわけ!?」

「俺レベルの読書家はそうはいないよ? 主人公への感情移入は完璧にできたつもりだ。その上で言っている。俺がキミを想う気持ちの方が強いんだって」

「ムキぃぃ~~! むかつくむかつく! なーんて生意気なんだキミは! そういう生意気な所が可愛くて好き! 無条件で私に手を貸してくれた優しさが好き! 不意打ちで撫でてくるキミの気まぐれさが好き! 読書している時の楽しそうな横顔が大好き!!」

「ハッ! そんなもんか。やっぱり俺の方が好きの気持ちが上だね。俺の体調をいつも心配してくれるキミの優しさが好きだ。内気な俺を全力で連れ回してくれる行動力に惚れている。やたらイラストの再現性を求めるくせに俺の好みに合わせて最後まで黒髪のままで居てくれたいじらしさがたまらなく可愛い! イラストの女の子と同じ服装で来るとき似合い過ぎていて正直ずっとムラムラしてた!」

「なっ……!? ななな……なぁ!?」

「はぁ……はぁ……ほら俺の勝ち。さぁ、敗北者の春ちゃんは俺からの告白に返事をしたらどうだ!?」

「先に告白したのは私の方だもん! 冬くんこそ私の告白に返事したらどうなの!?」

「じゃあ、同時に言うか! カウントダウン5秒前からな!」

「望む所だよ! 5……4……3——」

「——好きだ! 春ちゃん! 俺と付き合ってくれ!」

「あーー! フライングしたなぁ!? でも……嬉しい!! 好き……私も好きぃぃ! 私の方が好きなんだもんっ!!」

 限界までテンションが上がった所で互いを抱き合うと室内はようやく静かになった。
 トクントクン、と春ちゃんの鼓動が聞こえる。
 そして——

「——んっ!」

 春ちゃんの方から熱烈なキスが飛んできた。
 しかもこのキスは嵐のように激しく、興奮しきった気持ちを暴走させるように歯止めが効かなくなっている。

「ぷはぁ!」

「……落ち着いた?」

「……落ち着いた——わけないじゃん! これからだよ!」

 俺達は再び口づけを交わす。
 お互いにどれだけ想っているのか身体に言い聞かせる為に、俺達は長い長い口づけを交わし続けるのであった。






 気が済むまでキスを行った後、俺達はその場で仲良くゴロンっと転がっていた。

「気持ちが通じ合ったのはよかったけど、小説の手伝いがこれで終わりになっちゃうのは少し寂しいな」

 小説コンテストにエントリーが終わった今、俺はお役御免となっている。
 振り回された夏の日々が楽しすぎた故に、終わってしまった今は寂しさが広がっている。

「ふっふっふ。なーに言っているのかな冬くん。小説webコンテストは次もあるんだよ。それも手伝ってもらうに決まっているじゃん」

 そんなすぐに次のコンテストが始まってしまうものなのか。
 でもこれでまた春ちゃんの手伝いができる。

「次のコンテストのお題は決まっているの? 次はどんなイラストなのか興味ある」

「次はイラストからのお題じゃないよ。次作はね……こ・れ」

 スマホに表示されたコンテスト概要に目を移す。
 そこにはこう書いてあった。

 今回のテーマは『ワンナイト・ラブストーリー』。
 一夜の甘い夜の物語を募集しております。
 ※読者は20歳以上推奨。

「…………へっ?」

「んふふふ~。私が小説を書けるように~、お題の内容に付き合ってくれるよね? ふゆく~ん?」

「えええええっ!?」

 これからも春ちゃんがweb小説にエントリーする度に俺はその手伝いに付き合っていくことになる。
 春ちゃんに振り回される日々は、慌ただしくもきっと充実していくはずだ。

 キッカケをくれた恋と夏を連想させる多幸感に満ちた一枚のイラスト。
 きっと未来の俺達はイラストの二人よりも幸せそうに笑い合っているに違いない。
 俺達を結んでくれた素敵な一枚のイラストはこれからもずっと大切に飾られていくだろう。



    —完—