春ちゃんの小説執筆に協力すると言った手前、彼女がいつやってきても良いように俺は毎日河原に足を運んで彼女を待つことにしていた。
 だけど春ちゃんはいつも同じ時間に現れるわけではなく、不規則な時間にフラッと現れる。
 春ちゃんを待つ間、俺には読書という時間つぶしの手段があるのだが、如何せん暑すぎる。
 照らしつける太陽は今日も容赦をしてはくれなかった。

「ふ、冬くん!? 汗凄いよ!?」

 ぼーっと河原を眺めていた俺の隣にいつの間にか隣にやってきていた春ちゃんが冷たいフェイスタオルを俺の額に当ててくれる。

「も、もしかして、私が来ていない時間もずっとここで待っていてくれていたの?」

「…………」

 暑さでぼーっとして返事が出来ない。
 手元からポロっと本が落ちる。

「手に力入っていないじゃん! ばかっ! こんな暑い日に読書なんて熱中症になっちゃうって!」

「……あれ? 春ちゃん。来ていたんですね。こんにちは」

「今気づく時点体調やばいのがわかる! ほらっ、涼しい所いくよ! んと、一番近い涼しい所は——」

 春ちゃんに手を引っ張られ、俺はフラフラっと彼女に着いていく。
 半分意識がない状態だったけど、彼女の柔らかな手の感触だけははっきり記憶に残っていたのだった。






「…………えっ? どこだここ」

 エアコンの涼しい風に当てられて俺の意識はゆっくりと覚醒していった。
 見たことのない部屋に俺はいる。
どこかのアパートの一室だということは何となくわかったが、どうして自分がここに居るのかが全然分からない。

「あっ、起きた?」

 キッチンの方からトレーにドリンクを乗せた春ちゃんが姿を現した。
 知っている人の姿を確認できて思わずほっと一息漏れ出てしまう。

「ここ私の部屋なんだ。さっきの河原から徒歩数分にあるアパートだよ。冬くん半分意識なかったんだからね!」

「こ、ここ、春ちゃんの部屋!?」

 なんてこった。
 無意識とはいえ一人暮らしの女性の部屋に上がり込んでしまうなんて!
 これではヤリチンと言われてしまっても言い訳出来ない。

「ご、ごご、ごめん! すぐに出ていくから!」

「待てぃ! なんで出ていくの!? 体調良くなるまで外行っちゃ駄目!」

「で、でも、この聖域に男が居ることは許されないことだよ!」

「私の家は神の神殿か何かか!? いいからキミはそのままベッドで大人しくしていなさい」

 言われ、自分が初めてこの部屋唯一のベッドを占拠していたことに気が付いた。

「うわあああ! 女性の部屋のベッドで寝てるぅ!? 陽キャみたいなことやっちゃったあああ! うぅぅ、今日から俺も陽キャとしてカテゴライズされるのか。カラオケとかで『うぇ~い』って騒ぎながら一生タンバリンを叩くだけの人生が始まるんだ」

「キミの中の陽キャのイメージどうなってるの!? ていうかベッドで寝ていたくらいで陽キャ認定されるってのもどういうこと!?」

「本当にごめんなさい。シーツクリーニングして返しますので。なんだったらこのシーツは捨ててください。俺が新しいの買ってきますんで」

「クリーニングとかいいから! 気にし過ぎだよ! 不衛生とか気持ち悪いとか思わないよ! ……冬くんだったら別に嫌じゃないし」

「うぅぅ。春ちゃん優しい。女性の一人部屋に上がり込み、ベッドで眠るという無期懲役レベルの実刑を不問にするだなんて……」

「気にするな気にするな。ほら、お水飲める? 水分取ろ?」

「せ、聖水まで贈呈してくれるなんて!」

「ただのお水だよ! 私を神々の使いにするのそろそろやめて!」

 無理やり水を与えられて水分が身体に行き通ってゆく。
 少しずつ体調が回復していくのがわかる。
 もう少しゆっくりしていたら完全に身体は回復するのだろうけど、さすがに長居するのはいけないと思い、いそいそと帰り支度をする。
 しかし、春ちゃんに腕を掴まれてしまって逃走に失敗した。

「まって! 連絡先の交換しよ? 冬くんに会いたいときは私から連絡するから」

「えっ? い、いいのですか?」

「友達なんだから連絡先交換は義務だよ! それにキミ放っておくと毎日あの河原で本読んでそうなんだもん」

「……ソンナコトナイヨー」

「はよスマホだせ!」

 奪われるようにスマホを取り上げられ、返された時には春ちゃんの連絡先が追加されていた。

「キミ、私の許可なしにあの河原で読書するの禁止だからね」

「えぇ!? どうして!?」

「また女の子の部屋のベッドで目を覚ましたいの?」

「……申し訳ございませんでした。肝に銘じておきます。もうしません」

 『よろしい』と言いながら満足そうに笑みを向けてくる春ちゃん。
 ここまで迷惑をかけてしまったのだから素直に従うべきだよな。

「ねね。次はキミの部屋にも行ってみたいな」

「春ちゃんを俺の部屋に!? ダメダメダメ! あんな汚らわしい空間に女神を招くわけにはいかないよ!」

「いいじゃーん。男の子の部屋って興味ある。散らかっていても気にしないよ。そだ、エッチな本見つけたら持って帰っていい?」

「なんで!?」

「楽しみだなー。後でキミの家の住所メッセージで送っておいてね」

「すでに来訪が決定事項になっていらっしゃる!?」

 この人、そのうち本当に俺の部屋にやってきそうだな。
 ……エロ本の隠し場所変えておかないとな。


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