「冬くんに協力してほしいことってね、このイラストの再現なんだ」

 近場のオシャレなカフェに場所を移し、涼しい店内でアイスコーヒーを飲みながら春ちゃんは例のイラストを見せてくる。
 ボックス席なのになぜかこの人は俺の隣に腰を掛けていた。
 イラストを見やすくするための席配置なんだろうけど……

「腕がぶつかりそうになってちょっとドキドキします」

「思春期男子か!? それくらい何気ない顔で耐えるものなの。ていうかさっきまで頭撫でてた人が言うセリフじゃないし!」

「春ちゃんみたいな綺麗な人にこんな近くに来られたらさすがに緊張しますよ」

「ふ、ふーん? ドキドキするんだ。ふーん」

 チラチラ横目で俺の顔を覗き見る。
 心無しか口角も少し上がっている。
 『綺麗な人』って言われて喜んでくれているようだ。
 
「このイラストを再現することによって絵師さんが伝えたかった本当の意味を読み取って執筆のヒントを得ようという協力要請でしたね」

「会話の脈絡! 急に話を戻したな!? ちゃんと会話のキャッチボールしてよお願いだから!」

 春ちゃんのツッコミはいいなぁ。
 俺が欲しいと思った言葉をしっかり返してくれるからとても会話が弾む。
 すっごく楽しいし、一緒にいて癒される。
 出会ってまだ2日目なのが信じられなかった。

「イラストの再現はさっきやりましたよね? 何かヒントは得られましたか?」

 本を読んでいる俺の隣で10分間無言で佇んでいた春ちゃん。
 1分で飽きたと言っていたけど、何か執筆のヒントを得ることはできたのだろうか?

「……夏の暑さの鬱陶しさしか頭に入ってこなかったよ」

「……ですよね」

「でもイラストの二人は極端に暑さに強い体質であることがだけはわかりました」
 
「中々の面白い観点での収穫だねぇ」

 絶対に小説に役立たない収穫だな。

「そういえばさ。昨日別れ際に何かの準備をしてくるって言っていませんでした? それってなんだったのですか?」

「あっ! そうでした! 良いことに気づいてくれましたね冬くん!」

 そういうと春ちゃんはその場で立ち上がり、スカートの端をつまみながら楽しそうにその場でクルッと一回転する。
 なぜかドヤ顔で微笑みながら俺に言葉を投げてくる。

「冬くん。今日の私を見て何か気づいたことはありませんか?」

 ぐっ……! 
 出たな、女性特有の察し能力お試しテスト。
 男なら女性のちょっとした変化に気づいて当然、答えられなければクソ。
 俺は今、春ちゃんに試されているっ!
 いいだろう。ここでバシッと女性の変化を当てて出来る男をアピールしてやる!

「前髪をちょっとだけ切ったんですね! 春ちゃんにとても似合ってますよ!」

 歯をキラリと輝かせながらサムズアップで満点の受け答えをする。

「……切ってないんだけど」

 ぎゃあああああっ! 間違えたああああっ!
 い、いや、まだ挽回のチャンスはある!

「おっと、ごめんなさい。春ちゃんがあまりに眩しくてちょっと幻覚見ちゃいました。髪型は昨日と同じですよね。変わらない良さというものを春ちゃんはよくご理解していらっしゃる!」

「……冬くん。今日の私を見てどこも変わってないと思ってるんだ。ふーん。はーん!」

「い、いや、そんなことはないから! 今から本気で見るから!」

 言って春ちゃんのことを凝視する。
 春さんは『本気で見ないと気づかないんだ』とぼやいていたが、今はその言葉に反論する余裕なんてない。
 どこだ? 昨日の春ちゃんとどこが違う!?
 わ、わからない。
 ……いや、もしかしたが外見的特徴ではないのかもしれない。
 だとすれば——

「ハッピーバースデー春ちゃん。今日が19歳の誕生日だったのですね。いやー、今日の春ちゃんは大人っぽいなってずっと思っていたんですよ」

「誕生日でもないよ!? 仮に誕生日が正解だとしたら私とんでもなく意地悪な女じゃん!」

「ぐっ……! 違いましたか。降参です。俺にはイケメン力が足りなかった。春ちゃんの変化に気づけない矮小な存在だったんだ」

「そこまで卑下しなくてもいいよ!? じゃあヒントあげる! 今日の私とイラストの女の子、どこか共通している所があると思わない?」

 イラストとの共通点?
 改めてスマホに表示されているイラストと春ちゃんの姿を見比べてみる。

「あっ! イラストの女の子と同じ洋服着てる!」

「むふふ~。やっと気づいたか。昨日急いでお洋服買ってきたんだよ」

 襟付きの真っ白なブラウス。長めの袖を肘の所まで膜っている。
 それに合わせるように黄色のデニムスカートを履き、完璧にイラストの女の子と同じ格好をしていた。
 わざわざ衣装まで合わせてきたのか。形から入る人だなぁ。

「すごい。絵の中の女の子が現実に飛び出したきたみたいだ」

「えへへ。そうでしょそうでしょ! イラストの中の女の子よりも可愛いだろ~?」

「……そうですね」

「あー! 絶対そう思ってない反応だー! そうだよね冬くんはイラストの女の子がバリバリタイプだもんね。私みたいな田舎女じゃこの子の可愛さの足元にも及ばないもんね!」

「そんなことないですって!」

 なぜか誤解を与えてしまっているようだが、目の前の春ちゃんは本当にイラストの女の子に負けないくらい可愛いと俺は思っている。
 いや、どちらかというと春ちゃんの方が好みまである。
 恥ずかしいのでさすがにそんなことは言えないけど、少しくらいはリップサービスを投じてみようかな。

「やっぱり黒髪はいいですよね。白いブラウスと合わさると破壊力抜群ですよ」

「えっ!? 私、明日にでも茶髪に染めてこようかと思ったんだけど」

「勇気を出して放った誉め言葉が一瞬で一蹴された!」

 そっか。春ちゃん髪染めちゃうのか。
 茶髪も似合うとは思うけど……うーん……

「……やっぱり毛染めは保留にしておこうかな」

「えっ!? 急にどんな心変わり?」

「いいじゃん別に。私の勝手でしょ」

「は、はぁ……」

 なんだか知らないが急に春ちゃんの中でカラーを入れる決心が鈍ったようだ。
 でも黒髪維持されることは俺の中では嬉しい出来事だったらしく、無意識の内に左手でガッツポーズをしていた。

「…………」

 そのガッツポーズを横目でチラリと見ていた春ちゃんが小さく微笑んでくれていたことにこの日の俺は気づくことは出来なかった。


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