「この絵、どう思う?」

 そう言われ、見せられたのは『恋』と『夏』を連想させる爽やかな構図の一枚イラスト。
 河原で本を読んでいる青年の隣に年上っぽいお姉さんが話しかけている図だ。
 青年の横に置かれている飲み物が夏日に照らされて小さな影を作っている。
 二人の人物の間で特別なドラマが始まりそうな、そんなワクワクする素敵な絵であった。

「女の子が可愛いですね」

「ふぅん。キミはこういう女の子が好きなんだね」

「絶対嫌いな男はいませんよ。こんな風に見つめられることは世の中全ての男性の夢です」

「なるほどなるほど。中々参考になりました。じゃあさ、このイラストの中の二人はどんな経緯で見つめ合っていると思う?」

 隣に座ったお姉さんはイラストの中の女性と同じように片肘立てて頬杖を突きながらまっすぐ見つめて聞いてくる。

「青年の持っている本がキーワードな気がします。『何の本読んでいるの?』とか『私もその本知ってるんだ』みたいな言葉から始まったんじゃないかなぁ?」

「つまり、一人河原で本を読んでいる男の子に女の子の方から声を掛けた状況ってことなんだ」

「そうだと思います」

「それってさ……似てるよね」

「ええ、似てますね。俺達に」

「…………」

「…………」

 無言で見つめ合う二人。
 照らしつける夏日が額汗を滲ませる。
 こんな綺麗な瞳の女性に見つめられて俺の体温は余計に上がってしまったように感じる。
 じっと目を合わせ続ける二人。
 そしてついに彼女の方から沈黙を破ってきた。

「初めまして。水月春香と申します」

「そうですよね!? 初対面ですよね!?」

 夏場の河原で見知らぬ女性に突然話しかけられて内心驚きで染まりきっていた。
 未だに心臓の鼓動が早い。
 水月春香さんと名乗ったこの美女。年は俺と同じか少し上くらいだろうか。
 夏らしいブルーのワンピースが良く似合う聡明そうな知的美女だった。

「初対面でいきなりおかしな質問してしまってごめんなさい」

「はい! それはもう! 唐突な展開過ぎて訳が分かりませんでした! なんなんですか!? 急にイラスト見せてきて!」

「私ね、小説を書いているの」

「聞いてる!? 俺の話聞いてます!?」

「今度web小説コンテストにエントリーしようと思っているんだけどね、コンテストテーマが『このイラストに小説を付けよう!』だったの。でも中々筆が進まなかったんだ。素敵なイラストだと思うのだけど文章化するとなると絵の細部まで読み取らないといけないと思ってね」

「は、はぁ……」

「誰かに相談したいと思ったのだけど、私こっちに引っ越してきたばかりで友人が誰もいないの」

「それで見ず知らずの俺に話しかけたのですか。メンタル化け物ですね」

「私、美女だから邪見にはされないと思ったの。それに男の子は美女に話しかけられたらうれしいだろうなと思って」

 自分を美女と自覚しているタイプか。
 その通りなだけになんか悔しい。

「嬉しい?」

「嬉しい」

 悔しいのだけど嬉しいものは嬉しいのだから素直に喜ぶことにした。
 お姉さん——水月さんはニッコリと微笑んだ。
 
「ね。キミの名前教えてよ」

「俺は氷野冬彦っていいます」

「涼し気な名前だね。冬くんって呼ぶことにしよう」

 陽キャって凄いな。初対面な男にここまで距離を近くすることができるのか。
 俺も彼女に習って距離感を詰めてみるべきなのだろうか。

「じゃあ俺は春ちゃんって呼ぶことにしようかな」

 なんちゃって。
 彼女に合わせて茶目っ気含んで返してみるが、水月さんの様子がなんだかおかしい。

「……ふぇぇぇぇぇ!?」

 顔を真っ赤に染めながら目を見開いて頬を紅に染めていた。

「えっ? 照れてます?」

「あ、ああああ、当たり前でしょ! 男の子に下の名前で呼ばれたことすらないのに、ちゃ、ちゃん付けで呼ぶなんて……! キミ、さては可愛い顔して女慣れしてるな!? 初心なお姉さんをからかって楽しい!? バージン女が粋がってんじゃねーぞって内心思ってるんでしょ! このヤリチン!」

「言葉の暴力が酷すぎるな!?」

 そんなこと一寸も思ってないし、こんな初心な反応が返ってくるなんて思ってもいなかった。
 でもそんな水月さんの反応が可愛らしすぎて俺もつい悪戯心が働いてしまう。

「で、『春ちゃん』は結局どうしたいんでしたっけ? この絵から連想される小説を書きたいってことは分かりましたが、俺にどうしろというのですか?」

「ま、また春ちゃんって呼んで……っ! え、えとね、私がキミに話しかけたのにはもっと大きい理由があってさ。冬くんが河原で読書する姿がこのイラストの男子とピッタリ重なったの」

「は、はぁ」

「だから私もこのイラストの女の子みたいにこの人に話しかけてみたら何か掴めるかなぁって思ったんだ」

 そう思っても普通実行に移せるものだろうか?
 やっぱりメンタルが化け物だこの人。
 
「何か掴めましたか?」

「んー、よくわかんなかった」

 可愛らしくテヘっと舌を出してあざとく頭を叩く春ちゃん。

「でもとても高揚した気分だよ。もう少ししたら何か執筆のヒントが掴める気がする」

「はぁ」

「協力して」

「……はぁ?」

「私が小説を書けるように協力して」

 なんかこの人、とんでもないことを言ってきたのだけど……
 
「えっと……誰が?」

「冬くんが」

「どうして」

「私が受賞する為」

「…………」

 いまの『どうして?』は『どうして初対面の俺が貴方に協力しなければいけないのか』という意味だったのだけど。

「……まぁいいか」

 別に断る理由がない。
 それに読書家として小説家を自称するこのお姉さんがどんな物語を書き上げるのか、ちょっと興味があった。

「協力してくれるの?」

「いいですよ」

「やったっ! ありがとう冬くん! すっごく嬉しい!」

 感極まって俺の右手を両手で包んでブンブン振り回してくる晴ちゃん。
 
「俺も逆ナンされるのなんて初めてだから嬉しいです」

「逆ナンと思われていたの!?」

「違うんですか?」

「違うよ!! 私そんな軽い女じゃないもん!」

 いや、初対面の男にいきなりイラスト見せてきたり、小説の手伝いをさせようとしたり中々節操ないような気もするが。

「じゃ、冬くん、明日も同じ時間にここで読書してて。私も準備しておくから」

「準備って?」

「ふふん。それは明日のお楽しみです。いい!? 絶対来てね! 来ないと泣くぞ!?」

「わ、わかりました。ちゃんと来ますから泣かないでくださいね」

 そうして水月晴香と名乗る自称小説家は俺の前から去っていった。
 去っていく後ろ姿は嬉しそうで、弾むような足並みなのが印象的だった。

 それが俺と春ちゃんの出会い。
 俺にとって忘れられない夏の始まりだった。


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