「君、名前は?」

「……」

「私は光莉。楠木 光莉。君は? 名前、教えてよ」



 楠木 光莉という女性に推し負けて、僕は名前を教えてしまう。




「相沢 智也、です」

「智也くんかぁ。よろしくね」

「はい」

「私のことは光莉でいいよー」



 初対面の僕から見て、光莉さんは自由な人だと思う。僕はなにも聞いていないのに、色々話をしてくる。
 仕事で転勤してきて、まだこの土地勘がないとか。さっき商談終わったところだとか。お昼ご飯を買いにきたら道に迷ったとか。僕に関係のないことをいっぱい話してくる。
 ……警戒心のない人だ。
 仮に僕が悪い奴だとしたらどうするんだろう。個人情報を無駄に与えているだけじゃないか。



「智也くんはここでなにしてるの?」

「……本を読んでました」

「へえ。なんの本?」
 


 僕は黙って本の表紙を見せた。光莉さんは『意外』という表情をしながら、僕と本を見比べる。



「こういうのが好きなんだ?」

「いや、別に。……好きっていうか、幼なじみが勝手に押し付けてくるんで」

「幼なじみ?」

「はい。いつも本を貸しに来るんです。返すときに感想言わないと拗ねるから、仕方なく読んでます」



 ため息をつく僕とは反対に、光莉さんはなぜか楽しそうににやにやしている。