その同時刻、ショウゾウとアヤメは本部の執務室にいた。
ショウゾウは書類の山を片付け、アヤメはじっと立っている。
紙の上をペンが走る音だけが台詞の代用品だった。
「本部長、、、」
 アヤメが沈黙に耐え兼ねたように呼びかける。
「なんだい?」ペンを走らせながらの返答。
「本部長は本当に、、、あの科学者を殺すおつもりですか?」
ピタリと手を止め、アヤメを見つめる。
 長い年月を生きた仙人のような笑み。その表情から何を考え、何を見ているのか、それらを解読するのは不可能だった。
「だとしたら何だと言うんだい?」
 空気が凍りついた。
アヤメの顔から表情が静かに遠のいていった。視線はピンで留られたみたいにショウゾウに向けられていた。
「東京支部ならヒイラギを殺さなかっただろう。それが『優しさ』だ。けど私は部下を殺されたことを水に流せるような優しさは持ち合わせていないのでね」
「―――っ」
ショウゾウは目を細め、不出来な生徒を見守る先生のような顔をした。
「たった一つの化学物質を作り出し、廃墟へと導き、大勢の罪なき命を奪った科学者。君は、、、許せるのかい?」
 アヤメは下を向き、唇を噛む。
「許せるはずがないないよね。君が家族同然に仲良くしていた同僚も部下も、リピットとの戦いで大勢死んだよね?」
 アヤメは何も答えない。ただその場で肩を震わせているだけだった。
「君は賢い。だから私の言うことには順従でいなさい」
 アヤメはショウゾウには逆らえない。
かつてショウゾウに忠誠を誓った身としては逆らってはいけないのだ。
「良いね?」
その言葉はアヤメを支配するのには十分過ぎた。
「、、、はい、、、」
アヤメは苦しそうに踵を返す。「では」
執務室にまた、冷えた空気が充満していた。