黄杏の目からは、知らずに涙が溢れていた。

今すぐにでも、この戸を開けて、その胸に飛び込みたいと言うのに。

でもそんな事をしたら、信志は自分を忘れられず、苦しい思いをするだろう。

信志の事を想えばこそ、黄杏はその戸を、開ける事ができなかった。


そして信志は、開ける事ができない戸に、額を付けた。

この戸の向こうに、黄杏がいる。

無理矢理、この戸を開けても、一度閉ざされた黄杏の心は、開くことはできない。

「黄杏。また、明日来る。」

信志はそう言うと、名残惜しそうに、その場を去った。


「黄杏。」

声を掛けた将拓は、妹が虚ろな顔をしている事に気がついた。

「話しかけないで……兄様。今、信志を心から追い払っているの。」

将拓は、忠仁が信寧王に、“妃にできぬなら、召し使いで雇えばいいのです”と言う言葉を、聞いていた。

だが可愛い妹に、召し使いになれと言える兄が、この世にいるだろうか。