予想はしていたが、朝食もひとりぼっちだった。
どうやら帰りが遅く、まだ眠っているらしいと珠洲が伝えてくる。
寧々子は砂を噛むような気持ちで朝食をとった。
(嫁入りをしたのにひとりぼっちだなんて……)
(つらいことを耐える覚悟はしていたけど……)
(放っておかれる寂しさは想像していなかった……)
なんとか食事を食べ終えたとき、ふすまが開いた。
「寧々子さん、大丈夫ですか?」
「蒼火さん」
寧々子は慌てて目元をぬぐった。
「すいません、せっかく来てもらったのに、蘇芳様が全然お相手できなくて」
「いいの。お忙しいって聞いているから」
「そうなんですよ。また町で暴れる奴が出たらしくて。火鳥組……ウチの警備隊が出動したんですけど、蘇芳様も駆けつける羽目になって」
「そう……」
多忙なのは事実のようだが、避けられているのではないかと不安ばかりがぐるぐる渦巻く。
「あの、私、何かすることはありますか?」
「いえ、何も。くつろいでくれれば――」
優しいはずの言葉に絶望する。
知り合いも誰もいない、だだっ広い屋敷でぽつんとひとりぼっち。
寧々子は息が苦しくなる。
まるで水槽の中の金魚のよう。
どこにもいけず、ただ水の中をたゆたうだけ。
「だ、大丈夫ですか?」
寧々子の苦しげな表情に蒼火が気づく。
「……あの、蘇芳様にはいつお会いできるんでしょうか?」
「それがちょっとわからなくて」
蒼火が言葉を濁す。
「つまり、私に会いたくないのですね」
「……」
蒼火は否定しなかった。
「そう……」
一つだけ置かれたお膳が寂しい。
「……お忙しいのでしょうけれど、夜は屋敷に帰られるのよね?」
「はい」
「だったら……私が夜ご飯を作ります」
「えっ」
「私がご飯を作ったら……もしかしたら食べてくださるかも」
ぱっとした思いつきだったが、悪くない考えだと思った。
「蘇芳様は人間の花嫁がイヤイヤ来たのだと思っておられるのかも。その誤解を解きたいんです」
「寧々子さん……」
決意を秘めた寧々子の表情に蒼火が息を呑む。
「……そうですね。寧々子さんがわざわざ作ってくれたのであれば、蘇芳様もきっと時間を作るでしょう」
蒼火が賛成してくれて寧々子はホッとした。
「ただ、銀花さんの了承を得ないと……」
「銀花さんって?」
「厨房の料理長です。雪女で、朱雀屋敷の料理は彼女が一手に担っています」
料理長が雪女ということに驚いたが、あやかしの屋敷なのだから不思議ではない。
「わかったわ。じゃあ、彼女に頼んでみる!」
立ち上がった寧々子に、蒼火が懸念を口にする。
「……きつい言い方をされるかもしれませんが、あまり気になさらないでください」
「そ、そうよね。彼女の大事な仕事を軽んじているわけじゃないけど、いきなり余所から来た人間が料理をするなんておもしろくないわよね……」
「それだけじゃないんです」
「え?」
だが、蒼火はそれ以上語らなかった。
「……私からも頼んでみます。寧々子さんが手料理を作るという考え自体はとてもいいと思うので……」
寧々子は不安を押し殺しうなずいた。
今はもう、他に手立てが浮かばなかった。
どうやら帰りが遅く、まだ眠っているらしいと珠洲が伝えてくる。
寧々子は砂を噛むような気持ちで朝食をとった。
(嫁入りをしたのにひとりぼっちだなんて……)
(つらいことを耐える覚悟はしていたけど……)
(放っておかれる寂しさは想像していなかった……)
なんとか食事を食べ終えたとき、ふすまが開いた。
「寧々子さん、大丈夫ですか?」
「蒼火さん」
寧々子は慌てて目元をぬぐった。
「すいません、せっかく来てもらったのに、蘇芳様が全然お相手できなくて」
「いいの。お忙しいって聞いているから」
「そうなんですよ。また町で暴れる奴が出たらしくて。火鳥組……ウチの警備隊が出動したんですけど、蘇芳様も駆けつける羽目になって」
「そう……」
多忙なのは事実のようだが、避けられているのではないかと不安ばかりがぐるぐる渦巻く。
「あの、私、何かすることはありますか?」
「いえ、何も。くつろいでくれれば――」
優しいはずの言葉に絶望する。
知り合いも誰もいない、だだっ広い屋敷でぽつんとひとりぼっち。
寧々子は息が苦しくなる。
まるで水槽の中の金魚のよう。
どこにもいけず、ただ水の中をたゆたうだけ。
「だ、大丈夫ですか?」
寧々子の苦しげな表情に蒼火が気づく。
「……あの、蘇芳様にはいつお会いできるんでしょうか?」
「それがちょっとわからなくて」
蒼火が言葉を濁す。
「つまり、私に会いたくないのですね」
「……」
蒼火は否定しなかった。
「そう……」
一つだけ置かれたお膳が寂しい。
「……お忙しいのでしょうけれど、夜は屋敷に帰られるのよね?」
「はい」
「だったら……私が夜ご飯を作ります」
「えっ」
「私がご飯を作ったら……もしかしたら食べてくださるかも」
ぱっとした思いつきだったが、悪くない考えだと思った。
「蘇芳様は人間の花嫁がイヤイヤ来たのだと思っておられるのかも。その誤解を解きたいんです」
「寧々子さん……」
決意を秘めた寧々子の表情に蒼火が息を呑む。
「……そうですね。寧々子さんがわざわざ作ってくれたのであれば、蘇芳様もきっと時間を作るでしょう」
蒼火が賛成してくれて寧々子はホッとした。
「ただ、銀花さんの了承を得ないと……」
「銀花さんって?」
「厨房の料理長です。雪女で、朱雀屋敷の料理は彼女が一手に担っています」
料理長が雪女ということに驚いたが、あやかしの屋敷なのだから不思議ではない。
「わかったわ。じゃあ、彼女に頼んでみる!」
立ち上がった寧々子に、蒼火が懸念を口にする。
「……きつい言い方をされるかもしれませんが、あまり気になさらないでください」
「そ、そうよね。彼女の大事な仕事を軽んじているわけじゃないけど、いきなり余所から来た人間が料理をするなんておもしろくないわよね……」
「それだけじゃないんです」
「え?」
だが、蒼火はそれ以上語らなかった。
「……私からも頼んでみます。寧々子さんが手料理を作るという考え自体はとてもいいと思うので……」
寧々子は不安を押し殺しうなずいた。
今はもう、他に手立てが浮かばなかった。