「夕飯のお時間です、寧々子様」
障子の向こうから声をかけられ、寧々子ははっとした。
慌てて起き上がる。
疲れと緊張感からか、すっかり寝入ってしまっていたようだ。
「あ、はい! すぐ行きます」
さすがに浴衣ではまずい。
寧々子は慌てて着物に着替えた。
廊下に出ると、使用人らしき若い小柄な女性が立って待っていた。
(髪の毛が茶色で顔立ちがとても小振り……なんとなく雀みたいで可愛らしい……)
「広間までお連れしますので」
女中の彼女も、寧々子と目を合わせない。
「あ、あの、私、寧々子です。これからよろしくお願いいたします」
「女中の珠洲です。私が寧々子様付きになります」
「そ、そうなの! よろしく、珠洲さん」
「……どうぞ、こちらへ」
珠洲は素っ気なく言うと、廊下をそそこさと歩いていく。
よく見ると動きがぎこちない。緊張しているのかもしれない。
寧々子は慌てて後を追った。
(この人もあやかしなのかしら……?)
(佐嶋様の言うとおり、人間にしか見えない)
強いて言うなら、髪の色が明るい茶色なのが目立つくらいだ。
すたすた歩く珠洲のあとを必死で追いかけた寧々子はつんのめった。
「あっ!」
前を歩く珠洲に思わず手をかけてしまう。
「チュン!!」
小鳥のような声を出した珠洲の体が、すっと細くなる。
「えっ!?」
驚いて手を放すと、珠洲は元のサイズに戻った。
「あ、あの、ごめんなさい。つまずいてしまって……」
「いえ」
何事もなかったかのように、珠洲が歩き出す。
だが、その足取りは先程と違ってぎこちなく、ぴょんぴょんと小さく跳ねるようだ。
(雀が歩いているみたい……)
(鳥って驚くと木の枝に擬態して細くなるって聞いたことがあるけど……)
ここは朱雀の屋敷。
働いているあやかしたちも、鳥に関係する者が多いのかもしれない。
(可愛いな……珠洲さんは雀のあやかしなのかしら)
(聞いたら失礼になるのかな……)
廊下の突き当たりの座敷の前で珠洲が足を止めた。
「こちらの座敷に夕食をご用意してあります」
「あ、はい」
蘇芳が待っている姿を想像すると、寧々子は胸がドキドキしてきた。
開けられたふすまの向こうには、十畳ほどの部屋が広がっていた。
お膳が向かい合わせに二つ用意されている。
(蘇芳様はまだ来ていないのね……)
少し落胆しつつ、背筋を伸ばして座布団に座る。
ようやく蘇芳とちゃんと顔を合わせることができると思うと、期待に胸が膨らんだ。
(何を話そう……)
(いきなり10年前のことを話しても驚くだけよね)
だが、いくら待っても蘇芳は来ない。
「失礼します」
男性の声がし、がらっとふすまが開けられる。
寧々子は居住まいを正した。
「蒼火さん……」
顔を出したのは、蘇芳ではなく蒼火だった。
「寧々子さん、お待たせしてすいません。申し訳ないですが、蘇芳様は多忙のため夕食をご一緒できないようです。帰りはかなり遅くなるようなので、先に食べていてほしい、と」
「そうですか……」
蒼火が下がり、また寧々子はひとりぼっちになった。
仕方なく、箸を取る。
贅をこらしたお膳だったが、あまり味がよくわからなかった。
夕食を食べ終え、寧々子は部屋に戻った。
ふすまを閉めると、涙がぽたぽたこぼれ落ちる。
(嫁入りって……異界のバランスを取るためだけの、本当の形だけの結婚なの?)
(顔も合わせないなんて……)
少しでも浮かれた自分が馬鹿みたいだ。
机の上に置いておいた白い箱を開ける。
嫁入りの挨拶代わりにと、拙いながらも一生懸命作ったイチゴ大福が入っている。
(……結局渡せなかったな)
寧々子は仕方なく大福を口にした。日持ちのしない菓子なのだ。
「しょっぱい……」
涙がまじった大福は切ない味がした。
障子の向こうから声をかけられ、寧々子ははっとした。
慌てて起き上がる。
疲れと緊張感からか、すっかり寝入ってしまっていたようだ。
「あ、はい! すぐ行きます」
さすがに浴衣ではまずい。
寧々子は慌てて着物に着替えた。
廊下に出ると、使用人らしき若い小柄な女性が立って待っていた。
(髪の毛が茶色で顔立ちがとても小振り……なんとなく雀みたいで可愛らしい……)
「広間までお連れしますので」
女中の彼女も、寧々子と目を合わせない。
「あ、あの、私、寧々子です。これからよろしくお願いいたします」
「女中の珠洲です。私が寧々子様付きになります」
「そ、そうなの! よろしく、珠洲さん」
「……どうぞ、こちらへ」
珠洲は素っ気なく言うと、廊下をそそこさと歩いていく。
よく見ると動きがぎこちない。緊張しているのかもしれない。
寧々子は慌てて後を追った。
(この人もあやかしなのかしら……?)
(佐嶋様の言うとおり、人間にしか見えない)
強いて言うなら、髪の色が明るい茶色なのが目立つくらいだ。
すたすた歩く珠洲のあとを必死で追いかけた寧々子はつんのめった。
「あっ!」
前を歩く珠洲に思わず手をかけてしまう。
「チュン!!」
小鳥のような声を出した珠洲の体が、すっと細くなる。
「えっ!?」
驚いて手を放すと、珠洲は元のサイズに戻った。
「あ、あの、ごめんなさい。つまずいてしまって……」
「いえ」
何事もなかったかのように、珠洲が歩き出す。
だが、その足取りは先程と違ってぎこちなく、ぴょんぴょんと小さく跳ねるようだ。
(雀が歩いているみたい……)
(鳥って驚くと木の枝に擬態して細くなるって聞いたことがあるけど……)
ここは朱雀の屋敷。
働いているあやかしたちも、鳥に関係する者が多いのかもしれない。
(可愛いな……珠洲さんは雀のあやかしなのかしら)
(聞いたら失礼になるのかな……)
廊下の突き当たりの座敷の前で珠洲が足を止めた。
「こちらの座敷に夕食をご用意してあります」
「あ、はい」
蘇芳が待っている姿を想像すると、寧々子は胸がドキドキしてきた。
開けられたふすまの向こうには、十畳ほどの部屋が広がっていた。
お膳が向かい合わせに二つ用意されている。
(蘇芳様はまだ来ていないのね……)
少し落胆しつつ、背筋を伸ばして座布団に座る。
ようやく蘇芳とちゃんと顔を合わせることができると思うと、期待に胸が膨らんだ。
(何を話そう……)
(いきなり10年前のことを話しても驚くだけよね)
だが、いくら待っても蘇芳は来ない。
「失礼します」
男性の声がし、がらっとふすまが開けられる。
寧々子は居住まいを正した。
「蒼火さん……」
顔を出したのは、蘇芳ではなく蒼火だった。
「寧々子さん、お待たせしてすいません。申し訳ないですが、蘇芳様は多忙のため夕食をご一緒できないようです。帰りはかなり遅くなるようなので、先に食べていてほしい、と」
「そうですか……」
蒼火が下がり、また寧々子はひとりぼっちになった。
仕方なく、箸を取る。
贅をこらしたお膳だったが、あまり味がよくわからなかった。
夕食を食べ終え、寧々子は部屋に戻った。
ふすまを閉めると、涙がぽたぽたこぼれ落ちる。
(嫁入りって……異界のバランスを取るためだけの、本当の形だけの結婚なの?)
(顔も合わせないなんて……)
少しでも浮かれた自分が馬鹿みたいだ。
机の上に置いておいた白い箱を開ける。
嫁入りの挨拶代わりにと、拙いながらも一生懸命作ったイチゴ大福が入っている。
(……結局渡せなかったな)
寧々子は仕方なく大福を口にした。日持ちのしない菓子なのだ。
「しょっぱい……」
涙がまじった大福は切ない味がした。