1ヶ月後――佐嶋たちが用意した嫁入り準備は豪勢なものだった。
初めて着る金糸に飾られた着物は、桜や鞠などが美しく描かれている。
新しい門出を祝い、物事を丸く収め、という願いが込められているのがわかる。
「お荷物は最小限で大丈夫ですよ。あちらで花嫁のために用意してくれているそうですから」
佐嶋に言われ、寧々子は身の回りのものをまとめた。
もともと、貧乏暮らしで大した持ち物などない。
装飾品などの金目のものは全部売り払った。
寧々子が大事に持ってきたのは、手ずから作った和菓子だった。
再会を祝して、そして思い出のイチゴの入った大福。
昨日、店の厨房で作ってみたのだ。初めてだったが、わりとうまくできたと思う。
(蘇芳も覚えてくれているといいな……)
そう思って持ってきたのだが、渡すタイミングなどなかった。
寧々子は白い小箱に目を落とした。
これは異界のバランスを取るための政略結婚だ。
手放しの歓待は期待していなかった。
だが、こちらを見もせず、会話すらままならないとは思わなかった。
自分は形ばかりの花嫁なのだと痛感する。
「あの、部屋に案内します」
蒼火が荷物の風呂敷を抱えてくれる。
「あ、ありがとうございます、蒼火様」
「蘇芳様から頼まれていますので。それに私は侍従にすぎません。様は不要です」
「はい……」
長い廊下の奥に寧々子の部屋は用意されていた。
ゆったりした室内には真新しい箪笥や書き物机、鏡台などが置かれている。
「着物は箪笥に、お洋服は押し入れに吊してあります。鏡台にはお化粧品などが一揃えありますが、お好みのものは町で揃えられます」
蒼火がすらすらと説明してくれる。
「とても素敵なお部屋ですね。ありがとうございます」
寧々子がそう言うと、蒼火が安心したように微笑んだ。
「では、私はこれで。夕飯になりましたら、お呼びしますので」
「あ、あの、私は何をすれば――」
「お部屋でおくつろぎください。屋敷内でしたら、散歩されても構いません。中庭が綺麗ですよ。それでは」
蒼火が部屋から出ると、寧々子はしんとした部屋に一人残された。
持ってきた荷物は少ないので、あっという間に片付いてしまう。
夕飯までまだ三時間以上ありそうだ。
(屋敷内でしたら、って言っていた……。逃げ帰るのではないかと思われているのかな……)
部屋で一人になると、飾りがたくさんついている豪奢な着物が重苦しく感じる。
くつろげるよう、簡素な浴衣に着替えると眠気が襲ってきた。
(昨日、よく眠れなかったから……)
異界に嫁入りすると聞いた両親は驚いたが、佐嶋から借金返済の話を聞くと途端に相好を崩した。
感謝の言葉を述べられたが、こちらを気遣う言葉はなかった。
店も家も失い、借金取りに追われる生活を恐れていたにしても、それはあまり冷たく感じられた。
(お父様もお母様も、私に興味がないのね……)
俊之との縁談が持ち込まれたときから、便利な道具としか見られていないのでは、と薄々勘づいていた。
(みんな、私を見ていない……)
家のための道具、俊之からは自分の店の発展のための道具としか見られていない。
(蘇芳は……私を見もしなかった……)
ぽろりと涙がこぼれ落ち、寧々子はゆっくり目を閉じた。
初めて着る金糸に飾られた着物は、桜や鞠などが美しく描かれている。
新しい門出を祝い、物事を丸く収め、という願いが込められているのがわかる。
「お荷物は最小限で大丈夫ですよ。あちらで花嫁のために用意してくれているそうですから」
佐嶋に言われ、寧々子は身の回りのものをまとめた。
もともと、貧乏暮らしで大した持ち物などない。
装飾品などの金目のものは全部売り払った。
寧々子が大事に持ってきたのは、手ずから作った和菓子だった。
再会を祝して、そして思い出のイチゴの入った大福。
昨日、店の厨房で作ってみたのだ。初めてだったが、わりとうまくできたと思う。
(蘇芳も覚えてくれているといいな……)
そう思って持ってきたのだが、渡すタイミングなどなかった。
寧々子は白い小箱に目を落とした。
これは異界のバランスを取るための政略結婚だ。
手放しの歓待は期待していなかった。
だが、こちらを見もせず、会話すらままならないとは思わなかった。
自分は形ばかりの花嫁なのだと痛感する。
「あの、部屋に案内します」
蒼火が荷物の風呂敷を抱えてくれる。
「あ、ありがとうございます、蒼火様」
「蘇芳様から頼まれていますので。それに私は侍従にすぎません。様は不要です」
「はい……」
長い廊下の奥に寧々子の部屋は用意されていた。
ゆったりした室内には真新しい箪笥や書き物机、鏡台などが置かれている。
「着物は箪笥に、お洋服は押し入れに吊してあります。鏡台にはお化粧品などが一揃えありますが、お好みのものは町で揃えられます」
蒼火がすらすらと説明してくれる。
「とても素敵なお部屋ですね。ありがとうございます」
寧々子がそう言うと、蒼火が安心したように微笑んだ。
「では、私はこれで。夕飯になりましたら、お呼びしますので」
「あ、あの、私は何をすれば――」
「お部屋でおくつろぎください。屋敷内でしたら、散歩されても構いません。中庭が綺麗ですよ。それでは」
蒼火が部屋から出ると、寧々子はしんとした部屋に一人残された。
持ってきた荷物は少ないので、あっという間に片付いてしまう。
夕飯までまだ三時間以上ありそうだ。
(屋敷内でしたら、って言っていた……。逃げ帰るのではないかと思われているのかな……)
部屋で一人になると、飾りがたくさんついている豪奢な着物が重苦しく感じる。
くつろげるよう、簡素な浴衣に着替えると眠気が襲ってきた。
(昨日、よく眠れなかったから……)
異界に嫁入りすると聞いた両親は驚いたが、佐嶋から借金返済の話を聞くと途端に相好を崩した。
感謝の言葉を述べられたが、こちらを気遣う言葉はなかった。
店も家も失い、借金取りに追われる生活を恐れていたにしても、それはあまり冷たく感じられた。
(お父様もお母様も、私に興味がないのね……)
俊之との縁談が持ち込まれたときから、便利な道具としか見られていないのでは、と薄々勘づいていた。
(みんな、私を見ていない……)
家のための道具、俊之からは自分の店の発展のための道具としか見られていない。
(蘇芳は……私を見もしなかった……)
ぽろりと涙がこぼれ落ち、寧々子はゆっくり目を閉じた。